
※本文にはネタバレがあります
「ひとり」のとわ子と謎の男『大豆田とわ子と三人の元夫』第7話
『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系 火曜よる9時〜)第2章のはじまり、第7話は松たか子のパンのCMかと見間違うさわやかさであった。はじまりだけは。【前話レビュー】『大豆田とわ子と三人の元夫』「ひとりで死んじゃったよ」やりきれない、かごめとの突然の別れ
フルーツサンドを食べるとわ子(松たか子)はひとり。
第1章の終わり、ふいにかごめが亡くなって1年が過ぎているとはいえ、観ている側としてはかごめショックは癒えていない。きっととわ子もそうに違いないと思う。でも、かごめについてはなかなか語られない。
とわ子はひとり生活を満喫している。こんな時、なぜか元夫たちも都合よく現れない。その代わりに謎の男X(オダギリジョー)が朝の体操に現れる。体操用の服の感じがなんか似ていることで、Xととわ子は縁がありそうなフラグが立っているように見える。
新たな恋の予感?と思う中、とわ子が社長を務める会社しろくまハウジングに危機が訪れる。しろくまハウジング創始者の息子の城久間(平埜生成)がとわ子に「クロワッサンって、食べかすをこぼせばこぼすほど、運気が逃げるらしいですよ」(シナモンロールも)と言ったとおり、とわ子はパンのかすをこぼし、そのせいなのか運気も悪くなっていく。
売却を狙っている会社には「企業買収の悪魔」がいる。
仕事とプライベートを一緒くたにするセクハラ社長・門谷(谷中敦)との案件は契約解除になって会社が負債を負っていた。松林はそれを許していない。「社長にはもっと頑張ってほしかったんです。ご友人(かごめ)がやり残した分も」とかごめの死もあったと大目に見ようとしながらも、なかなか折り合いがつかないようだ。とわ子からもらったバスオイルを返す松林。
松林「ぽかぽかしちゃだめかと思って」
とわ子「ぽかぽかは別だよ」
綾波レイか!と思う「ぽかぽか」。それはさておき、公私を混同する門谷と松林。仕事と恋愛、仕事とちょっとしたプレゼントをまとめて考えている。
とにかく、松林はとわ子の好意を受け入れがたく感じてしまう。とわ子の好意は門谷の契約を滞りなく行うために私的な付き合いを強要することとは違う。違うはずだが、相手の行為をどこまで許容するか境界は人によってまちまちなのだ。
たとえば、とわ子は松林の話し方を注意し、お母さんについて聞き、バスオイルを贈り、会社でビールを飲みながらふたりきりで話をし、停職を命じる。のちにとわ子は松林から思いがけずパワハラを指摘される。パワハラとそうでないことの境界も曖昧である。その人のことが好きならパワハラじゃないし、好きじゃないとパワハラになる。慎森が、好きな人と飲めば紙コップのワインも美味しいというのと同じである。
とわ子の孤独をまるまる1話分
会社が企業買収の波に飲み込まれようとしているさなか、とわ子の孤独、1年経過しても決して癒えない寂しさに照明がゆっくり当たるようにじわじわと浮き上がってくる。あまりにふいに好きな人が死んだあと、まるまる1話分使って、解決しない哀しみを描くことは、せっかちな今の時代に逆行している。最近のドラマは事件が起こって瞬間的な感情を描いてすぐ次のフェーズに進んでしまうものが多い。
とわ子が楽しそうに日常を過ごしながら誰にも話せないことを抱えていて、時々、なんとも所在ない顔をして、すれ違う女友だち同士のたわいない会話を聞いて浮かない顔になる(ここでもバカ、バカ言ってるが、好きな同士ならバカも傷つかない)。かごめが最後の晩餐に食べたいくらい好きだったコロッケを食べる。親しい人たちの健康をやたら気遣い、睡眠、野菜摂取を勧める。
空元気を続けながら、たまたま出会った謎の男に何も知らない人のほうがむしろ話しやすいと感じたのか、かごめのことを話したら、思いがけず泣いてしまうほどの、お坊さんの説教みたいないい話を聞かされて、救われたような気持ちになったら、その相手が会社の命運を握っていた……その衝撃たるや! ここでのオダギリジョーが話す「死」に関する考え方は、ここには引き写さない。観た人は思い出し、観ていない人はオンデマンドなどでぜひ観てほしい。
謎の男――小鳥遊というなんだか素敵な名前で、仕事のときはメガネをかけて(とわ子の元夫は全員メガネ)いるのだが、淡々と、でも徹底的に社長としてのとわ子を追い詰める。そんなことなかったかのように、体操の時間には話しかけてくる小鳥遊にとわ子は呆然とする。そこにもまた仕事とプライベートとの境界問題が立ちふさがるのである。
松たか子はブラックホールのように光を全部吸収してしまいそうな瞳をしているため、どんな作品に出ても何かやらかしそうに見える。劇作家の野田秀樹が松に当ててセリフを書くときは「つい長台詞を書いてしまう」(『フェイクスピア』パンフレットより)と語っているが、坂元裕二もそうなんじゃないかと思うような長台詞が第7話にはあって、それは魔女の呪文のようにも懺悔のようにも祈りのようにも思えた。
すなわちそれは詩である。いつも他者を巻き込んでいく台風の目のような松たか子が演じるとわ子が、こんなにも儚く頼りなげで、彼女をそんなふうにしてしまうのがオダギリジョーであることの説得力。彼はまるで白鳥の湖のロットバルトに見える。松田龍平では優しすぎるのである。このドラマには出てないけれど阿部サダヲでも。もちろん、岡田将生も東京03角田晃広も。

三人の元夫たちは……
岡田演じる慎森と角田演じる鹿太郎は、焼き肉を食べながら、とわ子とかごめのことを知らなかった自分たちの何もできなさを語り合う。慎森が彼ととわ子の関係を、焼き肉が好きだが、焼き肉は自分が好きじゃないと例えた、その焼き肉を、慎森と角田が向かい合って食べることで、ふたりととわ子のどうにもならなさが伝わってきた。「なんで人間って何歳になっても寂しくなっちゃうんだろうねえ」なんて別れ際に言う鹿太郎。ああ切ない。八作は北へ旅に出ていた(『あまちゃん』かというのはさておく)が戻ってきて、とわ子の寂しさを受け止め、分かち合う。それは最初、唄不在の寂しさで、かごめが獲った漫画賞の佳作の小さなトロフィーを発見し、でもそれについては語らない。
八作「元気?」
八作「ごめんね」
とわ子「ごめんね」
八作「おやすみ」
とわ子「おやすみ」
たわいない言葉だけで互いが思いやっていることが伝わってきた。
【関連レビュー】『大豆田とわ子と三人の元夫』第5話 罪を人のせいにして憎む門谷(谷中敦)のクズっぷりにSNS大騒ぎ
【関連レビュー】『大豆田とわ子と三人の元夫』第4話 30年経っても手をつなぎ合えるとわ子とかごめの尊い関係
【関連レビュー】『大豆田とわ子と三人の元夫』第3話 松たか子の圧倒的な魔性をも凌駕する東京03角田の鍛錬された笑いの強さ
※第8話のレビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターにてお知らせします
番組情報
カンテレ・フジテレビ系『大豆田とわ子と三人の元夫』
毎週火曜よる9時〜
出演:松たか子 岡田将生 角田晃広 松田龍平
市川実日子 高橋メアリージュン 弓削智久 平埜生成 穂志もえか 楽駆 豊嶋花
石橋静河 石橋菜津美 瀧内公美 近藤芳正 岩松了 伊藤沙莉
脚本:坂元裕二
音楽:坂東祐大
演出:中江和仁 池田千尋 瀧悠輔
プロデュース:佐野亜裕美
制作協力:カズモ
制作著作:カンテレ
番組サイト:https://www.ktv.jp/mameo/
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami