春斗、瞬太、潤平、里穂子、つむぎ 『コントが始まる』の登場人物たちは人生を軽やかに謳歌しない
イラスト/おうか

※本文にはネタバレがあります

気の利いたセリフを交わし合わない『コントが始まる』第7話

『コントが始まる』(日本テレビ系 土曜よる10時〜)第7話のはじまりはマクベスの3人が金髪になったコント『無人島』。「大富豪は本当に暇だな」というセリフが筆者は好きだったが、ここで重要なのは無人島にひとつ持っていくものとして瞬太(神木隆之介)が選ぶ「国語辞典」である。

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そのコントをつむぎ(古川琴音)がノートPCで観ている。
初期の頃は興味なく、むしろ小バカにしていたように思うが、いまではまんざらではないような表情をしているように見える。

姉・中浜里穂子(有村架純)との共同生活を終わらせようとしているつむぎ。自立を目指す妹の姿を横目に、里穂子は自分の進路に迷っている。せっかくのファミレスの中途採用の件も断る。断ったあとで店長(明日海りお)に人生相談しようとしたものの、店長の波乱万丈の人生の話を聞かされるはめになる。まったく里穂子は不器用な人だ。一方、つむぎも瞬太との関係が煮えきらないでいた。

悩む里穂子を前にしてつい自分語りをしてしまう店長ではあるが、彼女なりに里穂子を心配し、麻雀しながら「道を示してあげることだけよ。それぞれのやり方でね」と言う。それを聞いて、潤平(仲野太賀)春斗(菅田将暉)は知り合いに求人はないか聞いてみることにする。それぞれ身近な人に聞く程度のささやかな行為ではあるが、それでも十分である。

『コントが始まる』の主人公たちはとてもささやかだ。
例えば、春斗が職場の社長が砂糖入りの缶コーヒーとおにぎりを一緒に食べることに疑問を呈すると、社長は「合わねえけど、仕方なく飲んでるんだよ。人生ってそういうもんだろ」と答え、春斗は「絶妙にピンとこないですね」と返す。

波乱万丈の人生を送るファミレスの店長やこの社長など、主人公たちの職場の先輩たちは悪い人たちではないが、若者たちと少しズレている。そのズレがこのドラマの寂しさのメロディになる。ぽろりぽろりとギターを鳴らすような。

だが、彼らは先輩世代に激しい反発はしない。むしろ共生しようとしている。ケンカをしかけたりせず、静かにあきらめている。いや、それぞれのやり方を受け入れようとしているのだろう。

「人生ってそういうもんだろ」『コントが始まる』の登場人物たちは人生を軽やかに謳歌しない。マクベスの3人は里穂子のことを一度は「里穂子」と呼んだものの(第6話)、また「中浜さん」に戻っていた。人生、そんなに屈託なく下の名前を呼ぶような関係にはなれず、どこか遠慮が生じてしまう。
いや、良く言えば礼儀正しいのである。

『コントが始まる』は90年代頃のトレンディドラマとはまるで違う。あの頃のドラマは主人公たちが下の名前で呼び合って、毎夜、派手に飲み食いして、おしゃれな固有名詞が飛び交い、気の利いたセリフを交わし合っていた。上の世代は熱く主人公たちの力になってくれるか、逆にハラスメント的な人か、いずれにしても極端な人物が多かった。

その名残があるのが、現在、放送中の『大豆田とわ子と三人の元夫』(フジテレビ系)である。主人公たちはアッパークラスで、集まり方はおしゃれ。気の利いた話と自分語りが多い。ただし、名残がありつつ、価値観や心の描写を現代的にアップデートしているので古びず、むしろ支持されている。

『大豆田〜』と同じ坂元裕二脚本で大ヒットした映画『花束みたいな恋をした』の菅田将暉と有村架純は気の利いた固有名詞を軽妙に交わし合っているが、『コントがはじまる』の菅田将暉と有村架純の演じる役は、住む部屋も行きつけの店も質素で、会話ももう少しおとなしめ。

話題の中心は架空の売れないコントグループ“マクベス”のこと、あるいは自分たちの生活に関することで、視聴者が共通言語としてわかる固有名詞は「ぷよぷよ」くらいである。先輩世代のすきあらば自分語りや気の利いた名セリフふうなものも少なく、相手のことを慮(おもんぱか)りながら、おずおずと会話している。相手を尊重し楽しまそうと気を遣っている。


第6話で里穂子と春斗が気まずくなった後、地方ライブに里穂子が観に来た時、春斗は、コントのネタになった国語辞典を使って「深酒」とその前にある単語をつなげて人生を表現した。

職場の社長の「合わねえけど、仕方なく飲んでるんだよ。人生ってそういうもんだろ」にはピンとこない春斗なりのピンと来る良い話で、里穂子との気まずさを取り除こうとする。でもそのときの春斗の表情がドヤ顔でなくうつろである。里穂子は、文字に書いたような生真面目な口調でコントの感想を述べる。

瞬太のサプライズ

瞬太とつむぎはなんとなくお互いに好意をもちながら、先に進めない。そんな時、瞬太がつむぎからもらったLINEはドキリとするもので、それを逆さまから読むと正解がわかる仕掛け。でも逆さまの逆さまの本心を読み取った瞬太は「サプライズ」を試みる。ここはちょっと気の利いたラブストーリーみたいになっているが、ふたりは極めて慎重にそのストーリーを紡いでいく。ゆっくりと手探りで。

瞬太が長年使っていた真っ赤な車を売ることになった時、名残惜しんで洗車をしながら春斗と潤平と瞬太が語り合うときの内容は本当に彼らの話でしかない話。固有名詞は「山梨」「ほうとう」「福岡」「豚骨」などしかない。彼らは視聴者がわかるような具体的な芸人やアーティストの名や作品名を引いて語るようなところが全然ないのである。


彼らの話はいわゆる内輪受け。この内輪の話を心地よいと思うか、そうでないかでドラマの評価が変わるだろう。マクベスの3人はその会話を実に楽しく、本当に体験したことのように語り笑い合う。話の内容よりも、その話を楽しんでいる彼らを見ることに重きが置かれている。

これは、中古の車を買ってくれる人はその車の価値をわかった人だということと重なるのではないだろうか。有名な固有名詞という共通言語は知っている者の記憶に働きかけて親近感や好意をもたせる力がある。

春斗、瞬太、潤平、里穂子、つむぎ 『コントが始まる』の登場人物たちは人生を軽やかに謳歌しない
第8話は6月5日放送。画像は番組サイトより

でもたとえ意味がわからなくても楽しさや尊さがわかることがある。前述した『大豆田〜』(第7回)で、主人公がわからない数学の話をする人に「自分の好きなことを話す人の話はわからなくても面白いです」と言っていたことで、好きなことや知ってることのみに価値を見出すのではなく、相手が何を思い何を大事にしているか、本質に目を向けることを描くことが令和的なのではないだろうか。

洗車のホースの水を浴びてずぶ濡れになりながら、「この車の中に、マクベスの歴史全部詰まってるんだぞ」「こいつ4人目のマクベスだったんだな」と泣き出す春斗。「4人目のマクベス」は気の利いたセリフかもしれないが、車が売りに出された金額は28万円。

いよいよ就職活動をはじめた里穂子。潤平に頼まれてなつみ(芳根京子)が里穂子に転職エージェントを紹介したのだ。
リクルートスーツを試着した里穂子の瞳にはたくさん光が映っている。彼女の中に少しずつ生命力が燃え始めている。

受付では活けてある花に目をやる里穂子。華道部にいた彼女はこの花の名前もわかったのだろう。彼女固有のきっかけが彼女に力を与える。でもそこをさらりとしか描かない(花なんて手前でボケている)。そこがこのドラマらしい。

マクベスの3人も里穂子もつむぎも少しずつ動き出している。ラストシーンのコントで、瞬太が辞書の単語を引いて語る人生の発見はおそらく4人目のマクベスの存在に気づいたときのことを言っているのだと思うけれど、マクベス3人と中浜姉妹たちのことを物語っているような気もしないではない。

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※第8話のレビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターにてお知らせします

番組情報

日本テレビ系
『コントが始まる』
毎週土曜よる10時〜

出演:菅田将暉 有村架純 仲野太賀 古川琴音 神木隆之介
芳根京子 伊武雅刀 鈴木浩介 松田ゆう姫 明日海りお 小野莉奈 米倉れいあ

脚本:金子茂樹
音楽:松本晃彦
主題歌:あいみょん「愛を知るまでは」(unBORDE / Warner Music Japan)
チーフプロデューサー:池田健司
プロデューサー:福井雄太 松山雅則(トータルメディアコミュニケーション)
演出:猪股隆一 金井 紘(storyboard)

制作協力:トータルメディアコミュニケーション
制作著作:日本テレビ

番組サイト:https://www.ntv.co.jp/conpaji/


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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