『おかえりモネ』第15週「百音と未知」
第75回〈8月27日(金)放送 作:安達奈緒子、演出:一木正恵〉

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亮(永瀬廉)が東京に来たきり行方不明になった。それには震災で行方不明になった妻・美波(坂井真紀)のことがあると亜哉子(鈴木京香)の電話で知った百音(清原果耶)と未知(蒔田彩珠)は心配で――。
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「なんでいつまでもしんどい想いしないとならないの?」と未知は堰を切ったように百音に問いかける。
5年経っても解決しない気持ちがある。持て余す気持ちを抱えながら土地に残る亮や未知の想いに触れた百音の表情の移り変わり(カメラにも感情があるようにちょっと動いている)には、一言では言い表せない陰影があった。
「美波が死んだって俺が決めるんですか」
亮が東京に来る前に、新次(浅野忠信)と亮と美波の母・横山フミエ(草村礼子)が住職・後藤秀水(千葉哲也)立ち会いのもと会って、震災で行方不明になったままの美波が亡くなったことを認める手続き(死亡届)についての話し合いがもたれた。フミエは自分も年だし、一旦区切りをつけたいと考え、新次は亡くなったと決めたくない。ふたりの気持ちは交わることがない。「美波が死んだって俺が決めるんですか」と問う新次の姿を亮は何も言わずに見つめていた。
その後、新次は止めていた酒を飲んで警察沙汰になるほど大暴れする。このときの耕治(内野聖陽)のふっとばされ方とやりきれない顔で新次を抱えるところが哀しみを増幅させる。亮はそれを目の当たりにしてはいないとはいえ、心配して電話してきた百音に「もう全部やめたいわ」と思わずこぼしてしまうほど捨て鉢な気持ちになってしまう。

「なんでお姉ちゃんなの」
亮が長年ためてきた気持ちを明かすことができるのは百音だった。未知の電話には出ず、百音の電話に出てついに弱音を吐く亮を百音の傍らで聞く未知はいたたまれず、「なんでお姉ちゃんなの」と責める。そのとき東京で買った服を投げつける未知に、亮が自分より百音のほうに親しみを感じていることへの嫉妬ではなく、百音が地元を離れたことへのわだかまりを強烈に感じた。亮と未知は震災を地元で体験し、そのまま地元に残って復興に尽力している。漁師や水産業がものすごく好きだったわけではなく、目の前にある数少ない最善の仕事だったから一生懸命やっている。
一方、百音は震災の時に島にいなくて、くよくよしながら島を出て登米で働き、東京に出た。そして今、テレビに出てキラキラと輝いている。素敵な医者と恋もしている。亮や未知にとってあり得たかもしれない姿なのである。
百音は百音で彼女なりに悩み考えて故郷のために回り回って何かできることを模索している過程であるが、亮や未知にはそれがわからない。ただただ胸が痛むのだろう。だが逆に、亮にとっては地元の人には傷をなめ合うようになるから言えないことを、故郷を離れた百音になら言ってもいいように感じたのではないだろうか。
未知もまた「お姉ちゃん、津波見てないもんね」とか「お姉ちゃんずるい」とか「なんでお姉ちゃんなの」とか、姉をはけ口にするしかない。同じ環境の人には言えないから。

そう考えると百音があの日、島にいなかったことにも理由づけができる。百音は地元の人たちのしんどさを受け入れ癒やす“ヒーラー”的な役割を担っているからではないか。サヤカ(夏木マリ)が森に選ばれた者であるのと同じように、百音は島に選ばれた者なのである。
百音は朝ドラによくあるなんでもうまくいくラッキーヒロインではなく、うまくいけばいくほど残された人たちの負の感情をぶつけられるというサンドバッグのような最もしんどいところを背負わされているのだ。清原果耶のちょっとウィスパー気味な発声も俗世から離れたどこか聖なる者の雰囲気を感じさせると考えるとすべて納得できる。
「何が向こうだよ」「向こうってどこだよ」
人は肉体が消えたときが死ではなく、忘れられたときが死であるというような言葉がある。新次は死亡届に判を押すことで美波の死が決定してしまうことを拒みたい。「何が向こうだよ」「向こうってどこだよ」と「向こう」(あの世)と切り分けて折り合いをつけることはまだ新次にはできない。「諦めたら試合終了」というような言葉もあるが、物理的な時間と人間の脳内の時間は一致しない。10年一区切りと思う人もいれば、10年経過しても何も変わらないと思う人もいる(ドラマでは5年経過した設定)。世間では「逃げていい」と言う声もあるが、逃げたいけど逃げられない人もいる。
当事者の人たちがこのドラマをどう観るのかわからないけれど、がんじがらめな人たちの声に出せない声を百音が受け止めるように、当事者に決してなれない、観ているだけの私たちも受け止めて自分なりに考えをめぐらせたい。
(木俣冬)

番組情報
連続テレビ小説『おかえりモネ』
2021年5月17日(月)~<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
出演:清原果耶
内野聖陽 鈴木京香 蒔田彩珠 藤 竜也 竹下景子 永瀬 廉 恒松祐里 前田航基 高田彪我 浅野忠信 夏木マリ 浜野謙太 でんでん 坂口健太郎 平山祐介 塚本晋也 西島秀俊 今田美桜 清水尋也 森田望智 井上 順 高岡早紀 玉置玲央 阿部純子 マイコ 菅原小春
※登場人物のプロフィールやあらすじなど、詳細はこちら
作:安達奈緒子
演出:一木正恵 梶原登城 桑野智宏
音楽:高木正勝
主演:清原果耶
語り:竹下景子
主題歌:BUMP OF CHICKEN「なないろ」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami