昨年秋から放送されているNHK朝ドラ『舞いあがれ!』。そのタイトルや序盤のストーリーから、すっかりヒロインがパイロットを目指す物語だと思っていた視聴者も多いだろう。
実際に、福原遥演じるヒロインの岩倉舞は、航空学校にも通っている。ところが、年末年始から少しずつ状況が変わりはじめ、リーマンショックと父親の死をきっかけに実家の工場で働くことになった。いったい、このストーリーの転換にはどのような狙いがあったのだろうか。

【写真】パイロットから町工場へ『舞いあがれ!』場面写真【5点】

「もちろんパイロットになる、空を飛ぶ夢を持つヒロインということでスタートしているんですが、現実には夢ってなかなかそのままの形で実現することって少ないと思うんですよ。むしろ、いろんな紆余曲折を経て、そこでの経験だったり、出会った人だったり、そういうものが活かされる形で最終的に夢につながっていく。それが、この作品の形として描こうとしていることなんです」

こう話してくれたのは、『舞いあがれ!』の制作統括・熊野律時チーフプロデューサーだ。

「思っていたのとは違う方向に進んで行ってしまったと思っても、ある瞬間に自分がやってきたことはムダじゃなかった、今やっていることに全部つながってきているんだなと気がつく。そういうことがあると思うんです。

ですから、ヒロインがいろんなことを経験して、終盤になって違う形かもしれないけれど、また空に向かっていく。紆余曲折を経た中で、ヒロインの中にそのすべてが積み重なって空に向かっていく夢がもっと豊かな、広い意味を持つということを描きたいなと思っています」

そしてヒロイン・舞の“紆余曲折”の理由のひとつになったのが、リーマンショックだ。2008年に起こった世界的な金融危機は、一般庶民にも大きな影響を与えた。内定の取り消しや中小企業の相次ぐ倒産など、記憶に刻まれている視聴者も多いだろう。


ドラマの中でも、ヒロインの舞は内定を得ていた航空会社への入社が1年延期になり、さらに工場を拡大したばかりの「IWAKURA」も経営難にあえぐことになる。誰しも鮮明に覚えている、いわば“辛い記憶”。それを、作中ではかなりリアルに描いているといっていい。そこにはどのような狙いがあったのだろうか。

「こういう皆さんの記憶にもあるできごとを、大事に描く、リアルに描くというのは現代劇をやることの意味だと思っています。視聴者の皆さんが体験していることだからこそ、緩いことはできません。ヒロインの半生を描く中で、町工場の家族にいちばんダイレクトに大きな影響を与えたのは、やっぱりリーマンショックなんですよね。

多くの方が実際にそうであったように、生活を含めて人生がまったく変わってしまう。それをしっかり描くことで、ドラマのテーマでもある向かい風を受けて舞いあがる、立ち上がっていくためにどうするのか。物語の根幹のテーマと直結しているんです。だからこそ、かなり辛い、シビアなシーンもありましたが、そこを含めてていねいにリアリティを持って描くことが必要だと考えました」

いまを生きている多くの視聴者も、リーマンショックなど自らの力ではどうすることもできない事態に翻弄されてきた。それを受けて、どうまた立ち上がって未来に進むのか。
そこに、『舞いあがれ!』のいちばんの見どころが詰まっているのだ。

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