【前編はこちら】SKE48青木詩織のレフェリーにプロレスファン拍手、荒井優希とプロレスが生んだ化学変化
【写真】荒井優希とアジャコングとの一騎討ち【38点】
ちょっと時間は経ってしまったが、3月18日に有明コロシアムにて東京女子プロレス 春のビッグイベント『GRAND PRINCESS‘23』が開催された。
目玉は3大タイトルマッチだが、それと並ぶスペシャルシングルマッチとして組まれたのが荒井優希とアジャコングの一騎討ちだった。
現役アイドルとレジェンドレスラーの激突。おそらくアジャは現役女子プロレスラーでもっとも知名度が高い存在だ。昭和のクラッシュギャルズブームも、平成の対抗戦ブームも体感してきた貴重な生き字引でもある。
「もう37年もプロレスをやってきたけど、まだプロレスの正解がわからない。きっと正解なんてないんだろうね。私の方が強いとか私の方がすごいことをやっている、なんてアピールするのはナンセンスでしょ? それはお客さまが決めることだから。
ただね、プロレスには正解がないかもしれないけど、プロには正解があるんですよ。それはたくさんのお客さまを集めること。だから、こうやって有明コロシアムでビッグマッチを開催できる東京女子プロレスのやっていることは正解なんだよ」
20数年ぶりに有明コロシアムにやってきたというアジャは、試合前、だだっぴろいバックステージでそう語ってくれた。
その大舞台で組まれた荒井優希とのシングルマッチ。昭和の感覚だとスタジオに乱入してきたダンプ松本に怯えて泣き叫ぶおニャン子クラブの図式を想起してしまう組み合わせだが、令和の世にそんなお約束は通じない。
そもそもアジャは荒井優希をアイドルとして見ていない。もちろんSKE48というブランドは認識も評価もしているけれど「リングに上がった以上はプロレスラー。その時点でアイドル扱いはしない」というのがアジャの哲学なのである。
だから一方的に叩き潰す、という闘い方もあったのだが、アジャは荒井優希から、なにかを感じとっていた。ただ者ではない、というなにかを。
もちろん正攻法で挑んでも、まだ荒井優希に勝ち目はない。だから、意表をついた先制攻撃を仕掛けてくるだろう、と思われていたし、いったいなにをやらかしてくれるのかをアジャは警戒もしていた。
ところが、である。
試合は基本中の基本であるがっつり四つに組んでのロックアップからはじまった。そこからもオーソドックスな展開が続く。さすがのアジャもこれには面食らったという。
プロレスラーを兼任するアイドルの闘い方ではない。これはもう本格派のプロレスラーの立ち居振舞いだ。ふと2.21東京ドームのことを思い出した。あの日、荒井優希はアイドル出身の選手たちとチームを組んだのだが、正直、他の選手ほどのインパクトは残せなかった。
そのことがずっとひっかかっていたのだが、なるほど「本格派」の闘いをしたから、そう映ってしまったのか、と合点がいった。こういう試合ができるからこそ、アイドルの同僚である青木詩織をレフェリーに迎えた、いわゆる明るく楽しいプロレスがよりおもしろくなるのだが、荒井優希にとっての“本線”はどうやら明るく楽しいより「激しい」プロレスのようだ。
オーソドックスなレスリングで逆に意表をついてみせた荒井優希は、途中から戦法をチェンジ。ありとあらゆる角度からアジャを蹴りまくってみせた。場外に落ちたアジャの頭部に食らわせた一撃は特に強烈で、あわやリングアウト勝ちか? というシーンまで呼び寄せた。
結局、試合はアジャが力でねじ伏せてみせたが、腕に何発も非情なまでの蹴りを浴びたアジャは一撃必殺の裏拳を繰り出すことができなかった。
試合後、アジャはわざわざ荒井優希のもとに歩みよると「もう1回だ」と再戦を約束した。マイクを握って観客にアピールするのではなく、本人にだけ直接、伝えたあたりになにか深い意味を感じてしまう。
「私の中でいままでにない感情が生まれました」
激闘を終えた荒井優希はキリッとした表情でそう語った。
「それがなんなのかは、いまの私にはわからないんですけど、いつか振り返ったときに、あぁ、あの日の試合がきっかけだったんだってわかるような気がします」
彼女はいまプロレスラーとして、間違いなくひと皮剥けようとしている。覚醒しかけている、といってもいいのかもしれない。この日の試合から感じとった「本格派」への道は、ちょっと面白いものになりそうだ。