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今回、『ある日どこかで』という曲ができたのも、CDジャケットの絵を自分で描こうと思ったのも、形として残ったものがきっかけなんです。
たまたまなんですけど今年、父の実家にある遺品を処分するというお話があって取りに行ったんですけど、ビックリするぐらい、たくさん父の描いた絵や詞が出てきたんです。
きっといろいろなものが遺っているだろうなとは思っていたんですけど、それまでは見るのが怖かったんです。いざ目の当たりにすると、画用紙などに肉筆でスケッチとか色を塗った跡とかがあって、絵だけじゃなくて歌詞や言葉も書いてあったんです。それが段ボール数箱分出てきたんです。
最近、私は絵をデジタルで描いていたんですけど、それを見て、やっぱり形として生きた証を残すのって大切だなって思ったんです。それで私も原画を残したくて、今回はジャケットの絵を紙に描きましたし、CDも形として残るのでうれしいんです。完全生産限定盤『赤盤』の特典に付く描きおろしの絵本とトートバッグもコレクションアイテムとして愛おしいものになったと思いますし、手元に置いて頂けるものになったらいいですね。
ジャケットは『緑盤』が幼少期、『赤盤』が思春期、『青盤』が現在・未来を描きました。
幼少期、思春期の写真って、ほぼほぼ手元になかったんですけど、幼少期の写真はたくさん父の実家にあったんです。子どもだったので覚えてないんですけど、父と一緒に手を繋いで旅行している写真もたくさん出てきました。
無邪気に絵を描いていたことや、周りにあったものが、すべて宝石のように尊いなって思いました。他の人から見たらガラクタかもしれないけど、自分にとっては宝物ってそれぞれありますよね。そういうものをいっぱい描いてみたんです。
左から緑盤(初回生産限定盤)、赤盤(完全生産限定盤)、青盤(通常盤)
幼少期と思春期の背景には、好きなことに真っすぐ行ってほしいってメッセージを込めています。今年8月に『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』という書籍を出させて頂いたんですけど、それをきっかけに番組やSNSで中学生や高校生と繋がる機会が多くて、実際に会って話すこともあるんです。
すごく悩んでいる子、思い切り青春を謳歌している子、いろんな子がいます。私自身はだいぶ陰にこじらせるタイプだったので、すごく思春期に悩んでいたんです。
二十代前半まではなくしたい記憶だと思っていたんですけど、この頃に見つけたものが今の糧になっているし、後に自分を助けてくれたんです。そう考えると、大変だったかもしれないけど、あの時代があって良かったなって思います。そして生きていて良かったなと。
『赤盤』の背景にある遊園地は、今は壊されて存在しない場所を記憶とYouTubeを元に描きました。
『緑盤』で私が右手に持っているのは綿毛です。アルバム名にもなった『RGB』という曲は自分で作詞したんですけど、「綿毛と一緒に 風に乗った」という一節があります。先ほどお話した、父の遺品から出てきた写真を見て、綿毛を集めていたなと思い出したので詞にしたんですけど、絵にも描きました。
父は歌を歌ったり、当時としては珍しくアニメの声優もやったり、お芝居もやったり。だいぶマルチにやっていたところも私に似てるなって思います。今でも「お父さんと会ったことがあります」「お父さんとお仕事したことがあります」って声をかけて頂くことが毎月のようにあって、足跡を探しているような気持ちでいます。
ディズニーの映画『リメンバー・ミー』のように、肉体がなくなっても時を超えて、気持ちって一緒にいるんだろうなって思うんです。それで、今回見つかった父の書いた歌詞の断片を見ているうちに、何かできないかなと思ったんです。
歌詞にある「この思いよ 風にのれ」という言葉は父の墓碑にもなっていて、亡くなる前に、色紙に書いて大切な人に贈っていたんです。その直筆も出てきて、子どもの頃から聞いていた言葉だけど、何かメロディーを付けられないかなと。それで二十代で今を代表するクリエイターのウォルピスカーターさんにメロディーを付けてもらったら、ものすごく大好きな曲になりました。
この曲に出会えただけでも、5年間待った甲斐があったなって思います。この詞を父が書いてから30年ぐらい経っていると思うんですけど、その言葉が時を超えて、私の声で風に乗って、いろんな方に届く。さらに次の世代だったり、いつかは自分の子どもだったりに、この曲に乗せた思いを届けたいですし、ぜひ大事な人を思い浮かべて聴いてほしいですね。
父の遺した歌詞も写真も見きれてないぐらいいっぱいあるんです。今の小さな夢として、絵を描くことは一生ハマれる好きなことなので、いつか父の絵と一緒に個展をやれたらいいなって思います。それにはやっぱりデジタルじゃなくて、原画として残るものを、もっと描き溜めたいですね。
実は初めて自分でライブをするまで、ずっと父のことが嫌いだったんです。
あと本当かウソか分からない父の噂をネットで読んで、当時はネット黎明期というのもあって全部本当なんだって思ってショックを受けたんです。それで父とは関係ないって思いながらお仕事をしていたんですけど、初めてのライブが偶然、父が歌ったことのある場所で。ステージの光を見ていたら、氷が溶けだしたのが分かったんです。
会場は渋谷公会堂で、父はそこでライブできたのがうれしくて、テンションが上がって1曲目で客席にダイブをしたんです。それで固い椅子にぶつかって肋骨を骨折して病院に運ばれ、ライブが中止になったらしいです(笑)。
今は父のいろんなことが血の中に入っていて、そのおかげで歌い続けたいって夢に繋がっているので感謝しています。父が、もしも空の上で『ある日どこかで』を聴いてくれたらいいなって思います。この曲は天国にいる、もう亡くなってしまった人からの愛のメッセージの歌ですから。
▽中川翔子5thアルバム『RGB ~True Color~』
12月4日に発売された、しょこたん約5年ぶり5枚目のオリジナルアルバム。アニメ『ポケットモンスターXY』エンディングテーマ『ドリドリ』など、この5年で携わってきた多数のタイアップ楽曲が収録されており、細野晴臣や小林幸子、ヒャダインやでんぱ組.inc 、YouTuberのスカイピース、ボカロPのみきとPなど、様々なアーティストやクリエイターがコラボレーションで参加している。