女優でモデルの三吉彩花が、背中のタトゥーを公開したことが大きな話題になった。ネット上で賛否が巻き起こっているが、これは彼女に限った話ではない。
あいみょん、宮沢りえ、優里、YOASOBIのAyaseら、芸能人のタトゥーをめぐってはたびたび賛否が起きる。なぜこれほど物議を醸しやすいのか。

【写真】三吉彩花、Instagram(miyoshi.aa)でタトゥーを披露

三吉は4月20日に自身のInstagramを更新し、背中を大胆に露出した衣装をまとい、首の後ろから腰まで入った大きな花のタトゥーを披露。花は三吉の誕生花であるタチアオイで、腰あたりに刻まれた数字は自身の生まれた時刻だという。これに対して、ネット上では「美しすぎる」「すごく似合っていてカッコいい」といった称賛が集まった一方、「こんなに大きいタトゥーを入れるとは…」「女優として大丈夫?」といった戸惑いの声もある。

こうした反応を受けて、三吉は4月22日にInstagramのストーリーズで「想像以上の反響に驚いています。なぜ、このような思いに至ったかInstagramの文面だけではなくこちらの記事にきちんと意味を込めています」と明かし、世界29地域で発行される女性誌『ハーパーズ バザー』(ハースト婦人画報社)のインタビュー記事へのリンクを添えた。

同誌のインタビューでは、三吉がタトゥーを入れた経緯として「タトゥーには賛否両論あることはわかっていたので、所属事務所とは2~3年かけて話し合いました」と説明。30歳という人生の節目を目前にしたタイミングで「刺青が浮かんだ」といい、「"三吉彩花"という名前を背負って、自分自身を生きていく覚悟でもあります」「三吉彩花の生き様を、常に後ろで支えてくれる、もうひとりの自分です」などと、タトゥーに込めた思いを明かしている。

決して安易な気持ちで入れたわけではなく、タトゥーには彼女の強い意志が宿っているようだ。こうした誠実な説明と覚悟の深さは多くの共感を呼んだ一方、日本ではいまだにタトゥーに対する視線が厳しいのも事実だ。

入浴施設やフィットネスジムなどではタトゥーの露出を禁止するルールが依然として根強く、ワンポイントの小さなタトゥーでもシールで隠さなければならない場合が多い。
外国人観光客からも「文化の違い」として戸惑いの声が上がっているが、この慣習の背景には「刺青=反社会的勢力」というイメージが長く染みついている日本社会の歴史がある。

そのイメージはテレビの世界にも影を落としている。有吉弘行は2024年3月のラジオ番組で、テレビにおけるタトゥーの扱いについて証言。芸人のタトゥーをテレビに映すのは難しいとし、「格闘技とかサッカーの選手はOKになっていくけど、見ている人が"ウッ"となるのはダメなんだって。芸人のタトゥーはハードルが相当高いみたいよ」などと語った。

また、2023年のテレビ番組では「昔ヤンチャしてて刺青入れちゃって。今芸人やってて『裸になれないです』ってヤツ、いっぱいいるからね。かわいそうに。でも、ワールドカップ決勝のメッシは(タトゥー)バリバリですよ。なんで芸人はダメなの?」とも問いかけた。

海外のスポーツ選手やアーティストはタトゥーを映してもいいが、国内の芸人や俳優がタトゥーを露出するのはNGになりやすい──是非は別にしても、その非対称な現実がテレビの現場にある。芸人や俳優の場合、イメージを重視するCMやNHKなどへの出演で大きな障壁になる可能性もある。


一方で、時代の空気は変わりつつある。ファッションや自己表現の手段としてのタトゥーが広まった現代においては、「タトゥー=反社」という図式は時代錯誤ではないかという声も増えている。芸能人がタトゥーを公開するたびに賛否が起きるのは、タレント像やタトゥー観のアップデートが追いついていないからとも言える。

芸能人のタトゥー問題の核となるのは、結局のところ「誰のイメージを守るべきか」という問いだ。ファンや世間が期待するイメージか、業界の慣習やコンプライアンスなのか、あるいは本人の自己表現や意思を尊重するのか。

三吉のように事務所との慎重な対話を経て、自身の信念に基づいてタトゥーを入れるという決断は、一概に否定できるものではない。「賛否を呼ぶ」という構造を超えて、タトゥーを入れるという選択に込められた意味や文脈を読み取る許容性を持つべきではないのか。それとも、従来の「タトゥーは見せびらかすものではない」という慣習を守り続けるべきなのか。三吉彩花の背中に咲いた花は、その問いかけでもある。

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