XなどのSNSを見ていると、最近「資産があってもコンビニには行かない」「飲み物は買わずに水筒を持ち歩く」など、いわゆる“億り人の倹約生活”がたびたび話題に上がる。
彼らのこうした振る舞いを、私たちは「ただのケチ」や「強靱な精神力があるから」と片付けてしまうかもしれない。
話題の“億り人の倹約”を入り口に、その背景にある行動の仕組みを、行動神経科学の専門家である板生研一さんに解説してもらった。
億り人がコンビニに行かないのは、節約しているからではない
「資産があるのにコンビニに行かない」「水筒を持ち歩く」と聞けば、大半の人は「さすが億り人、小銭の節約を徹底している」と捉えるだろう。だが、板生氏は、その常識は違うと語る。
「あれは、節約ではありません。そもそもお金が残る人は、日々の出費と戦っていないのです。我慢強いからコンビニに行かないのではなく、買うかどうか“迷う場面”を意図的に減らしていると考えたほうが実態に近いです」
人はつい、日々の小さな出費を抑えることを「節約」と呼び、そこに意志の力を介在させたがる。だが実際には、その“選ぶ”という行為そのものが、脳に負担をかけていると板生氏は言う。
ここで興味深い研究がある。ハーバード大学のダニエル・T・ギルバートらは、選んだものをあとから変更できるかどうかで、満足度にどんな違いが出るかを調べた。
参加者に写真を選ばせ、一方には「あとから変更できる」と伝え、もう一方には「変更できない」と伝えたところ、変更できない条件のほうが満足度は高かったのだそう。
人は、あとから選び直せる状態にあるほど、自分の選択を何度も見返してしまい、かえって満足しにくくなる。
本当に削っているのは、支出ではなかった
ここで一つ、疑問が浮かぶ。なぜそこまでして「迷う場面」を減らす必要があるのか。実はこの点にこそ、お金が貯まる人と貯まらない人の決定的な差がある。
多くの人は、節約とは「支出を減らすこと」だと考えているかもしれない。だが、お金が残る人が本当に減らしているのは、目先の出費そのものではない。削っているのは、意思決定の回数である。
人は一日のなかで、何度も判断を重ねている。仕事で重要な決断を下し、同僚とのやり取りでは言葉を選び、昼食を何にするかでも迷う。そうした細かな選択が積み重なるだけで、脳は少しずつ疲れていく...。
さらに、先の研究が示したように、あとから変えられる選択は、その場で完結しない。選んだあとも「あっちのほうがよかったかもしれない」と頭に残り続け、思考のエネルギーを奪っていく。
「脳が疲れてくると、人はその場でいちばんラクな選択や、すぐ気持ちよくなれる選択に流れやすくなります。仕事帰りにふらっとコンビニに寄って無駄買いをしてしまったり、自炊を諦めて割高なデリバリーを頼んでしまったりするのは、意志が弱いからではありません。脳が疲れているときには、ごく自然に起きることなのです」
つまり浪費は、だらしない性格だから起きるわけではない。判断疲れを起こした脳が、もっとも手軽に満たされる選択肢へ流れていった結果なのだ。
だからこそ、お金を残す人は「その場で買うのを我慢する」ような危うい戦い方はしない。そもそも「迷う余地を与えない仕組み」を日常の中に作っているわけだ。
飲み物はあらかじめ水筒に入れて持参する。昼食はいくつかの候補に固定して、その日の気分で迷わないようにする。帰り道は、コンビニの前を通らない動線を選ぶ。決済手段も、生活費用と娯楽用で完全に分離しておく。
「数百円を惜しむのに、投資には大胆な人」に共通する考え方
この「脳の疲労管理」という観点に立つと、世にあふれる「努力すればお金は貯まる」という常識が、いかに的外れなものかが見えてくる。
「節約が続かない人ほど、自分を責めすぎです。
反省して自分を責める暇があるなら、次に迷わない配置を作ること。それが再現性の高い行動設計だ。
そしてこの考え方は、億り人たちが「数百円を惜しむのに、投資には大胆に大きなお金を使う」という最大の疑問も解き明かしてくれる。
彼らは単に「お金を使わない人」なのではない。脳の疲労を避けるために日常の選択を自動化しているだけで、決して思考を停止しているわけではないのだ。
「お金が残る人は、金額の大小ではなく、“お金の意味”で分けています。日々の曖昧な支出は浪費ですが、投資は言うなれば『将来のための資金移動』のようなもの。この認識が明確に分かれているからこそ、手元から消えていく細かい出費には極めて敏感になる一方で、将来増える可能性のある投資には躊躇なく資金を投じることができるのです」
お金が貯まる人になるために明日からできること
では、なぜかお金が貯まらないと悩む私たちが、明日からできることは何だろうか。それはルールを先に決めて、日常の判断を徹底して自動化するというシンプルな仕組み作りだ。
「コンビニには原則入らない」
「仕事中の飲み物は持参を基本にする」
「投資や貯蓄の額は給料日に先取りで別口座に移す」
「生活費は、使える額だけを特定の口座や決済アプリに入れておく」
こうした実践例は、毎回「どうしようか」と立ち止まる隙を作らない。
しかしそれすらも、「月に一度は少し高いレストランに行く」「休日のカフェ代は気にしない」とあらかじめご褒美の支出としてルール化しておくことで、無駄な葛藤や罪悪感を消し去ることができる。
「節約しようと毎日決意し、そのたびに誘惑と戦い、敗れては反省する。そんな生活、誰だって疲弊してしまいますよ」と板生氏。お金が残る人は、決して鋼の意志を持った特別な人ではない。意志を使わなくて済むように、自分の弱さを認めたうえで、生活の仕組みを先に整えた人である。
削るべきは支出ではなく、選択という名の疲労——そのことに気づいた時、あなたの口座に残る金額は、確実に変わり始めるはずだ。
西脇章太 にしわきしょうた 1992年生まれ。三重県出身。県内の大学を卒業後、証券会社に入社し、営業・FPとして従事。現在はフリーライターの傍ら、YouTubeにてゲーム系のチャンネルを複数運営。専門分野は、金融、不動産、ゲームなど。
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