今年4月1日、ソニー株式会社の新たな代表取締役社長 CEOに田中健二氏が就任しました。ソニーグループ株式会社のビジネスCEOとして、エンタテインメント・テクノロジー&サービス事業も統括する田中氏は、これからのソニー株式会社が果たすべき役割について、次のように語りました。
「ソニーという会社が果たすべき役割は『感動をつくる』ことにあると考えています。それは、創業者の時代から現在のソニーへと受け継がれてきた、いわばDNAのようなもの。私自身も、ソニーが強みとしてきたテクノロジーの知見を活かしながら、『感動をつくる』ことを経営の中心に据え、会社のさらなる成長に力を尽くしていきたいと考えています」
私たちがテレビで映画を見て、オーディオ機器で音楽を楽しむためのテクノロジーを提供するだけでなく、それらを創り出すクリエイターを支えながら「感動をつくる会社」へと、ソニーはビジネスの領域を拡大しています。
「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というグループ全体のパーパスに対して、ソニー株式会社はどのように貢献していくのでしょうか? 田中社長が今後の展望を語り、記者からの質問に答える機会がありました。カメラ、テレビなどディスプレイ、オーディオの未来についてもコメントしています。
ソニーは「いつも何か面白いことをやっている会社」
ソニーグループは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパスを掲げています。そのなかで、ソニー株式会社(以下、企業を指す略称をSECとします)は、カメラ、パーソナルオーディオ、スマートフォンなど、エレクトロニクス製品を中心とするエンタテインメント・テクノロジー&サービス事業を担っています。
一般的に、ソニーには「ものづくり」の会社、またはブランドというイメージが強くあります。しかし田中氏は、これからのソニーを考えるうえで、ハードウェアとコンテンツを切り離して捉えるべきではないと強調します。
「多くのお客様は“ハードウェアのソニー”と、映画や音楽、ゲームなどを手がける“コンテンツのソニー”を分けて見ていないと思うからです。感動をつくることに対して、ソニーがいつも何か面白いことをやっている会社だと思っていただければ本望です」
SECは、ソニーグループ全体が生み出すエンターテインメント体験を、テクノロジーとハードウェアの力で最大化する役割を担う会社だといえます。
田中氏は、1989年に当時のソニー株式会社へ入社しました。
2021年に執行役員へ就任してからは、カメラ事業だけでなく、Xperiaなどのモバイルコミュニケーション端末、テレビを中心とするホームエンタテインメント、パーソナルオーディオ、さらにライフサイエンスまで幅広い領域を管轄してきました。
田中氏がいま重視しているのは「現場感」です。映像や音楽制作に関わるアーティスト、スポーツ競技で活躍するアスリートなど、広義のクリエイターとの接点をより深めることが、これからのソニーにとって重要になるといいます。自由闊達というソニーの文化を大切にしながら、現場の社員を起点とするボトムアップの挑戦や、社外パートナーとの共創も後押ししていく考えです。
AIと現実世界が結びつく「フィジカルAI」に活路がある
田中氏が掲げる今後の大きなテーマは、ソニーが持つテクノロジーをクリエーションの領域でさらに研ぎ澄ませることです。
近年のIT業界では、生成AIに代表されるデジタル空間の中で展開する技術が大きな注目を集めてきました。一方で田中氏は、AIがロボティクスやIoTなど、現実世界のデバイスや設備と結び付く「フィジカルAI」の領域にも大きな可能性があると見ています。
「これからは、フィジカルAIの時代になると考えています。現実世界から仮想社会へ、そして仮想社会から現実世界へと情報を組み替えるノウハウは、ソニーが得意としてきた領域であり、独自の強みを発揮できるところです。人々の関心がフィジカルAIに集まるようになれば、ソニーのテクノロジーが持つ存在感は、再びより強いものになっていくはずです」
ソニーは長年、カメラやセンサーを通じて現実世界を高精細にデジタル化する技術を磨いてきました。
カメラ事業についても、田中氏はスマートフォンでは実現しにくい領域を広げていく考えを示しました。スマートフォンのカメラ性能が向上し、日常の撮影がスマホで完結するようになった現在でも、ソニーはミラーレス一眼やプロフェッショナル向けシネマカメラで独自のポジションを築いています。
「今後は、AIを活用して撮影者や被写体をより深く理解し、スマートフォンとは異なる価値を提供していく」のだと、田中氏は被写体認識などのAI技術を活かしながら、カメラの新しい可能性を切り拓く方針を示しました。
パーソナルオーディオはソニーとして挑戦すべき領域
ソニーの事業体制にも大きな変化があります。テレビなどのホームエンタテインメント事業とホームオーディオ事業は、中国TCLとの合弁会社であるBRAVIA株式会社へ移管されます。BRAVIA株式会社は現在、2027年4月の事業開始に向けて準備を進めています。
一方で、ヘッドホンやイヤホンを含むパーソナルオーディオ事業は、引き続きSECに残ります。この切り分けについて田中氏は「サウンド+αが残っているもの、未来に対してより変化を起こせる領域については、引き続きソニーが行うべき」と説明します。
つまり、単なる音響機器ではなく、ユーザーの生活や体験を変える可能性を持つ領域は、ソニー自身が担い続けるということ。従来型のヘッドホンやイヤホンにとどまらず、将来的にはスマートグラスや立体音響、AIとの連携によって、まったく新しいオーディオ体験が生まれる可能性もあります。
それは、従来のヘッドホンやイヤホンのようなアイテムかもしれませんし、まったく新しいライフスタイルを生み出す「未来のオーディオ」かもしれません。
例えばグーグルは先日、Android XRのプラットフォームにGeminiが載って連動する新世代のスマートグラスを発表しました。この分野において、ソニーがグーグルとタッグを組み、スマートグラスの音質を高めたり、立体音響技術を活かして没入感のある体験を磨き上げたりする可能性もあるのではないかと、筆者は“思わぬ展開”に期待しています。
ディスプレイそのものではなく、そこから生まれる体験をソニーがつくる
業務用の高画質LEDディスプレイ「Crystal LED」も、SECからBRAVIA株式会社に移管されます。一見すると、コンテンツ制作に不可欠な技術をソニーが手放すようにも見えます。しかし田中氏は、その理由を次のように説明します。
「ソニーの注力領域は、もはやディスプレイというデバイスそのものよりも、その上に何を表現するかという方向へ移ってきているからです」
ディスプレイの技術革新そのものは合弁会社に委ね、ソニーはその上にどのような三次元空間やデジタルツインの映像表現をつくるのかに集中する。これは、デバイスの会社から体験を創出する会社へと、ソニーが軸足を移す中での戦略的な選択でもあります。
ソニーセミコンと一緒にデジタルイメージングの成長を追いかける
ソニーの強みであるイメージセンサーを担うソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)との連携も、今後さらに重要になります。田中氏は、エンジニア時代からデジタルイメージングの半導体チームと密接に関わり、デジタルカメラ事業の立ち上げを牽引してきました。
「SSSは現在、IoTや産業分野に向けたイメージセンサーにも力を入れています。今後注目が高まるであろうフィジカルAIの領域は、ソニーのハードウェアととても相性が良いと考えています。この分野に貢献するセンサーや、カメラの新たなイノベーションを生み出すことも視野に入れています」
センシング技術とハードウェアを掛け合わせ、新しい価値を生み出すこと。
空間コンテンツ制作にもさらに注力する
もうひとつの成長領域が、2D映像の枠を超えた「空間コンテンツ制作」です。ソニーはこれを新しい「ニューコンテンツクリエイション事業」と位置付けています。
近年、ソニーグループは高精細な映像・音響技術を活用し、テーマパークや展示イベントなどで独自の体験を提供するロケーションベースエンターテインメントの開拓を進めてきました。制作プロセスそのものが空間化するなかで、ソニーは得意とする映像と音響、センシング、そしてXRによる没入体験などを組み合わせた新しいエンターテインメント環境の構築を目指しています。
ニューコンテンツクリエイション事業は、映画制作用カメラシステムを扱う「シネマライン部門」、空間コンテンツ制作ソリューション「XYN」を担う「XR部門」、バーチャルプロダクションを手がける「Visual Creation部門」、そして空間演出を担うグループ会社のソニーPCLが築いてきたノウハウとの連携によって構成されます。
田中氏は、今後も良質な空間コンテンツを生み出すには、SECが技術的なプラットフォームを提供するだけでは不十分だと考えています。重要なのは、制作現場の実態を深く理解すること、つまり社員の一人ひとりが「現場感」を育むことです。クリエイターが直面する課題やニーズを正確に把握し、現場と直接対話できる環境をつくることが、競争力を獲得することにも直結するからです。
田中氏が語る「感動」は、映画や音楽に限られたものではありません。「日常生活のなかで人が心を動かされるさまざまな体験にまで、エンターテインメントの価値を広げていく」という視点こそが、これから先の5年、10年にまでSECの、あるいはソニー全体の成長を支える軸になるはずです。
筆者は、今後もソニーの「ものづくり」にも大きな期待を寄せています。
著者 : 山本敦 やまもとあつし ジャーナリスト兼ライター。オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。独ベルリンで開催されるエレクトロニクスショー「IFA」を毎年取材してきたことから、特に欧州のスマート家電やIoT関連の最新事情に精通。オーディオ・ビジュアル分野にも造詣が深く、ハイレゾから音楽配信、4KやVODまで幅広くカバー。堪能な英語と仏語を生かし、国内から海外までイベントの取材、開発者へのインタビューを数多くこなす。 この著者の記事一覧はこちら











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