日々長足の進歩を遂げるトップ・オブ・トップのフットボール。その進化をより深く理解するには理論を知ると同時に、試合において立ち現れる実践にも目を向けなければならない。
今回は、実に17年ぶりとなるスコアレスドロー決着となったエル・クラシコのピッチ上で何が起こっていたのか。『ポジショナルプレーのすべて』(小社刊)を上梓した結城康平氏に分析してもらった。
文 結城康平
独立派が勢いを増し、街頭デモが頻発するバルセロナ。カタルーニャ州の象徴であるFCバルセロナが、最大のライバルであるレアル・マドリーを迎え撃つ“エル・クラシコ”は、人々の感情を否応なしに刺激する。当初クラシコが開催されるはずだった10月26日には、独立派住民による大規模なデモが予定されていたこともあり、延期が決定。最高のイベントを1カ月近く待ち望んでいたはずのサポーターも、息苦しい緊張感に包まれたスタジアムに呑まれているようだった。
一方で、重々しい空気の中でも魅力的なプレーを披露した両チームの選手たちは、「世界最高峰」のフットボーラーとしての矜持を貫いた。敵地に乗り込んだジネディーヌ・ジダン監督は、リオネル・メッシという世界最強レベルの戦術兵器を有するバルセロナを相手に、大胆な戦術を選択することになる。

戦況を見つめるジダン監督
大役を託されたバルベルデ
報道によれば、セルヒオ・ブスケッツは発熱によりベンチ外に。要を欠いたバルセロナの中盤はイバン・ラキティッチ、セルジ・ロベルト、フレンキー・デ・ヨンクの3枚。この中でジダンが最も警戒したのが、今季アヤックスから加入し主力を張るデ・ヨンクだった。パスワークに参加するだけでなく自らボールを運べる若きドリブルの名手を機能不全に追い込めば、前線と中盤を分断したいレアル・マドリーの術中となる。
そこで、ジダンが大役を与えたのがウルグアイ代表のフェデリコ・バルベルデだ。

サッカーのデータを扱う「Whoscored」によれば、デ・ヨンクはこの試合でドリブルを1回しか記録していない。常に足を止めずにスペースを消すバルベルデの献身性は、バルセロナの左ハーフスペースからの攻撃を軽減することに繋がった。バルセロナが創出したチャンスの多くは、メッシからオーバーラップしたジョルディ・アルバに展開するパターンだったが、そこにデ・ヨンクが走り込む動きを加えることでDFが的を絞りにくい局面を作り出しており、バルベルデの起用はそのようなオフ・ザ・ボールの動きを抑える意図も含まれていた。

カゼミロとともにレアル・マドリーの中盤に不可欠な選手となっているバルベルデ。この試合でも重要な役割を果たした
「メッシを捨てる」大胆な手法
アントワーヌ・グリーズマンとルイス・スアレスという2人の受け手がラインの背後を狙いながら、右ワイドのメッシが中央のスペースを蹂躙する――バルセロナの描いた攻撃の理想形に対し、ジダンは大胆にもDFライン前のスペースに固執することなく「メッシの最も得意とするエリアを捨てる」という策に出る。バルベルデ、イスコ、ベンゼマの“1列目”は果敢にハイプレスを仕掛け、両SBはベイルとフェルラン・メンディがマンツーマン。トニ・クロースもボールサイドではプレッシングに参加する一方で、メッシの特定のマークをつけるわけでも中央のスペースの監視役を置くわけでもなく、一見無謀なギャンブルを挑む。

バルベルデの役割とも関連するジダンのこの采配の狙いは、「波状攻撃を避ける」という1点にあった。エリア内に複数の選手が走り込み、セカンドボールを回収されてしまうような展開を避けるという目的を果たすために、前線数枚での速攻を仕掛けられるリスクを許容したのである。また、同時に中央のスペースを狙うスアレスとグリーズマンの動きを見越し、内側に絞ったカルバハルと最終ラインに下がったカゼミロが枚数を確保。3トップのカウンターにもできる限り4枚で対処しようと試みた。
レアル・マドリーのハイプレスですら涼しい顔で突破してしまうGKマルク・アンドレ・テア・シュテーゲンの縦パスは流石だったが、人事を尽くしたレアル・マドリーは“最強の矛”を封じることに成功する。
クロースによる「アンバランス化の加速」
時計の針を想起させるように正確なリズムを刻むクロースは、バルセロナの守備システムを崩す鍵となっていた。グリーズマンが下がることで[4-4-2]ブロックを形成しようとするバルセロナだが、攻撃時に3センターの一員となるセルジ・ロベルトが中央へと寄り過ぎてしまう傾向があった。そこで、クロースはセルジ・ロベルトを誘い出すように、セルジ・ロベルトが追いかけたくなるエリアを周遊。シンプルにボールを動かしながら、徐々にバルセロナのブロックにズレを生じさせていく。

ラキティッチとマッチアップするクロース
レアル・マドリーはチーム全体がクロースの意思に呼応し、例えば「左寄りに下がったクロースを囮」として使い、「左SBのメンディに飛ばすようなパス」を仕掛けていく。セルジ・ロベルトがクロースに寄せようとすればするほど、メンディには広いスペースと余裕が生まれる。同時にクロースは、前に重心を置きたがるグリーズマンも意識。撒き餌のような横パスでグリーズマンが飛び出してきたところから、擬似カウンターに繋げる場面もあった。

こうした中盤での駆け引きに伴い生じた、バルセロナのアンバランスな陣形を突くレアル・マドリーの攻撃の鍵になったのがメンディだ。スピードと果敢な仕掛けを武器にする左SBによるアイソレーションが、突破口として機能。クロースがセルジ・ロベルトを誘い出し、中央でのパス交換からメンディに展開する流れは効果的で、左サイドに流れたイスコやベンゼマが絡むことで数的優位を創出し、バルセロナを嫌がらせた。

自身初のクラシコで堂々たるプレーを披露したメンディ
また、レアル・マドリーはメンディを囮に左ハーフスペースに入り込んだイスコを狙うパターンも披露。最終的にはシュートに繋がっている。バルセロナを率いるエルネスト・バルベルデも中央に寄ってしまうセルジ・ロベルトのスペースが狙われていることに気づき、アルトゥーロ・ビダルを投入。サイドの守備強化をタスクとして与えられそれを実現したビダルの働きで、ゲームは膠着状態となる。
ケガ人が続出しているレアル・マドリーに、崩しのカードが不足していたのは事実だ。どちらかと言えば守備に重きを置かなければならなかったベイル、好調のベンゼマにボールを届けられなかったイスコにとっては、悔しいゲームとなったことだろう。ベンゼマはボールタッチの感覚が際立っていることを象徴するような正確なダイレクトと、エリア内での狡猾な動き出しで存在感を放ったが、彼のところにまでボールを届ける手段は要検討だ。それでもバルセロナの破壊力を軽減したパフォーマンスは、チーム全体としてポジティブなものだろう。
一方のバルセロナは、ブスケッツ不在時のビルドアップに苦しみ、打開策を発見することができなかった。
このクラシコの90分間で最も印象的だった場面として、左サイドから執拗にオーバーラップするメンディを抑えようと、メッシが下がってマークするシーンがあった。普段は「獲物を狙う鳥のように前線を漂う怪物」が自陣に下がらなければならなかった場面は、バルセロナにとって苦しい展開が続いていたことを象徴していた。
ラ・リーガ第10節 バルセロナ vs レアル・マドリー DAZNで徹底レビュー配信中!
https://twitter.com/DAZN_JPN/status/1208553012576366592
Photos: Getty Images