「今年4月、マイナ保険証によるオンライン資格確認が原則義務化されたので、カードリーダーを導入しました。しかし、当院ではマイナ保険証の利用者の3割に、入力情報の誤りなどがありました。

業務に支障が出るので、医院スタッフも『もう、いいかげんにしてほしい』とぼやいています」

こうあきれるのは、北原医院(大阪府)院長の井上美佐さんだ。

6月2日、24年秋に従来の保険証を廃止するなどとした、改正マイナンバー法が、参議院で賛成多数で成立した。政府はマイナンバーカードに保険証機能を紐づけたマイナ保険証に一本化することを、急ピッチで進めている。

だが、保険証機能を申請していないのに、勝手にマイナンバーカードに紐づけられたり、他人の診察歴や薬歴が閲覧できてしまったり、誤登録によって「該当資格なし」となってしまったり、信じがたいトラブルが続出している。

全国保険医団体連合会の会長・住江憲勇さんが憤る。

「保険料を支払っているのに、保険資格なしとされ、医療費が10割負担となるケースが、私たちの調査では、6月2日時点で545件も報告されています。

こうした事態を受けて、政府はマニュアルを書き換え、マイナカードの年齢情報を基に自己負担分を推定してお支払いいただくよう呼びかけています。しかし後期高齢者は所得によっても負担割合が異なります。間違った場合の請求方法もわからず周知もされていません」

同会が35都道府県の7千208件の医療機関を対象に行ったアンケート調査では、マイナ保険証のオンライン資格確認を導入した医療機関は84.1%。そのうち、導入後にトラブルがあった割合は、全体の64.8%、3千929件にも上ったのだ。

なかでも被保険者の情報が正しく反映されず《無効・該当資格なし》などと表示されるケースがもっとも多く、約65%を占め、カードリーダーやパソコンの不具合でマイナ保険証を読み取れないトラブルが約47%あった。

「トラブルが発生した場合、従来の紙の保険証で確認をとっていますが、来年、それが廃止されると、不備や瑕疵のあるデータベースに頼らざるをえません」(住江さん)

医療現場は混乱続きだったと、前出の井上さんが振り返る。

「カードリーダーの通信状況が悪く、つながりにくかったです。各病院でカードリーダーが使用される時間帯は、通信状況がパンク状態になっていたのではないでしょうか。患者さんの数が少なくなる19時くらいになると、通信状態は改善したからです」

マイナ保険証の運用が本格化されると、これまで以上に“不通”になるおそれがあるのだ。

「細かいトラブルでは誤字もあります。さらにお名前に旧字などを使用していると、●と伏せ字になって表示されることも。1文字くらい伏せ字になっていても、ご本人だと判断することはできますが、伏せ字が2カ所以上になると、確認も難しくなります」

■高齢者や、介護を必要としている人などにはハードルが高い

また、被保険者のライフステージの変化にも、対応していないケースが多いのだという。

「転職によって、社保から国保に切り替えた患者さんがいたのですが、社保のままでした。多少のタイムラグがあるのかなと思いましたが、転職して国保に切り替えたのは、7カ月も前のことだったんです。もう一人の女性の患者さんは、8カ月前に結婚で名字が変わっているのに、旧姓のままでした」

全国保険医団体連合会の調査でも「産婦人科なので、改姓や保険証変更が多い。マイナ保険証の変更に時間がかかることを懸念している。持参した紙の保険証とマイナ保険証が違うことがある。どちらを信頼すべきなのか」という不安の声が寄せられているのだ。

さらに、井上さんが問題だと感じたのは、負担割合の入力ミスだ。

「本来、2割負担の高齢の患者さんがいたのですが、マイナ保険証の情報では1割負担になっていました。病院側にとっては損失につながる事例です。反対に1割負担が2割負担と間違った情報が入力されれば、患者さんが多く医療費を支払うことになります」

入力情報の誤りは、医療事故にもつながる可能性があるというのは、住江さんだ。

「マイナ保険証には薬歴なども記載されますが、これだけ不具合があるシステムだと心配です。誤った情報を基に禁忌薬を処方されると、命や健康の安全が守られません」

マイナ保険証の情報の誤りが見つかれば、健康組合などで確認するが、

「返ってくる答えは『紙の保険証で確認してください』。

24年に廃止したら、確認のしようがありません」(井上さん)

医療現場でのトラブルを未然に防ぐため、デジタル庁では、健康保険証情報が正しく登録されているのかを確認する方法を、WEB上で公開。だが、社会保障に詳しい、関東学院大学経済学部教授の島澤諭さんが指摘する。

「マイナポータルの端末機を使って、ログインして確認することとなっていますが、スマホやパソコンなどデジタル機器に不慣れな高齢者や、介護を必要としている人などにはハードルが高いです。今後、マイナ保険証で不利益を被る人が急増する恐れがあります」

マイナ保険証を持たない人のために、最長1年期限の資格確認書も発行できるがーー。

「1年後に再度申請する必要が出てくる可能性があります。お年寄りや持病がある人などは申請が遅れる場合もあります。

手続き上のミスもあるでしょう。その場合、無保険扱い、つまり医療費が10割負担になってしまう恐れもあるのです」(島澤さん)マイナ保険証によって、国民の健康や命が脅かされるのだーー。