公共の場で理不尽に怒鳴り散らす人に遭遇したら、あなたならどうしますか?

 今回は、そんな重たい空気のバスに乗り込んでしまった女性のエピソードをご紹介しましょう。

昼下がりのバスに、突然響いた怒鳴り声

 ある平日の昼下がり、井上菜月さん(仮名・33歳)は、歯医者からの帰りで路線バスに乗っていました。バス内はそこそこの混雑でしたが、買い物客や通院帰りの人たちで、穏やかな空気に包まれていました。


「運転手、遅ぇぞ!」バスで怒鳴る迷惑客に、女性が“京都弁でひ...の画像はこちら >>
「すると『おい運転手! 遅ぇぞ!』と突然、後ろから怒鳴り声が響いて……思わずビクッとしてしまいましたね」

 車内に響き渡る、場違いなほど大きな怒声。驚いて振り返ると、そこには苛立ちを隠そうともしない50代くらいの男性の姿がありました。

 その男性は、いら立ちをぶつけるように手でシートをバンバンと叩き「信号ばっかりで全然進まねぇじゃねぇか!」と吐き捨てるように文句を繰り返していたんだそう。

「運転手さんは何も悪くないのに『申し訳ございません、安全運転で運行しておりますので……』と丁寧に答えていて。私は『何なのこのオヤジ!』と正直ムカつきました」

 運転手はあくまで冷静に、丁寧に対応を続けます。しかしそれを受け止めるどころか、男性はますます声を荒げていきました。

 誰もが迷惑だと感じながらも、関われば余計に面倒なことになる……そんな空気に押し黙るしかなかったその時です。

穏やかな声で割って入った京都弁の女性

「すると『えらい元気なお声やわぁ』と、前の席から穏やかな声が聞こえて。見てみると小柄な京都弁のおばあさんが、上品な着物姿でニコニコと微笑んでいたんですよ」

 男性が眉をひそめて「なんなんだよ」と舌打ちをすると、おばあさんはまるでそれを気にも留めず、ゆったりと口を開いたそう。

「運転手、遅ぇぞ!」バスで怒鳴る迷惑客に、女性が“京都弁でひと言”。次の瞬間、笑いが広がった
バスで口論になった
「『ほんまに立派やわぁ、普通の人やったら、こんなに大きな声出すの恥ずかしゅうてできまへん』そこまで聞いてようやく気がついたんです。おばあさんはきっと遠回しに注意をしているんだと。いいぞいいぞ! と思いました」

 一見すると褒め言葉のようでいて、実は鋭く本質を突いた一言。その場にいた誰もが、言葉の裏に込められた意味を感じ取っていました。


核心をつくひと言で空気が一変

「ですが文句オヤジは、その空気を読み取ることすらできなかったのか、『どういう意味だよ? 文句があるなら言えよ』と、前のめりになりながらおばあさんを威嚇したんですよね」

 ですが、女性は動じなかったそう。

「おばあさんは『しかも運転手さんにまで元気よくお話ししてはって、ほんまに社交的なお方やわぁ』と畳みかけると、文句オヤジの方に向き直って、『そんなにお声が大きいのに、どうして器はこんなに小さいんやろなぁ思て』と笑顔で言い放ったんですよね」

「運転手、遅ぇぞ!」バスで怒鳴る迷惑客に、女性が“京都弁でひと言”。次の瞬間、笑いが広がった
高齢者の女性
 にこやかな表情のままでの、逃げ道を与えないそのひと言に、誰もが息を呑み、その場の空気が一瞬止まったかのように感じました。

「そして次の瞬間、車内のあちこちから『プッ……』『クスクスッ』と笑いがこぼれて。もちろん私もおばあさんの言葉がもっとも過ぎて笑ってしまいましたよ」

 張り詰めていた空気が一気にほどけ、それまで車内を支配していたのは男性の怒声でしたが、今や完全にその女性優勢の空気でした。

逃げるように降りた男性と戻った平穏

「視線を集め、笑われる立場になった文句オヤジは、居心地の悪さを隠せなくなり真っ赤な顔で立ち上がると『チッ!』と大きく舌打ちをして、そのまま次の停留所で逃げるように降りていったんですよね」

 バスが再び走り出すと、ようやく穏やかな空気が戻ったそう。

 菜月さんは女性と目が合うと、胸の前で手を叩くジェスチャーをしながら、ぺこりと頭を下げました。

「そしたらおばあさんが『ほんまは声が大きい人のことを元気やなくて、無粋言いますのや』とにこやかに返してくれて。車内は笑いに包まれたんですよね」

 怒声で支配されていたはずの空間は、気づけば優しさとユーモアに満ちた場所へと変わっていたそう。

「理不尽な振る舞いに対して、声を荒げることなく、でも確実に芯を突く見事な一言に思わずグッときてしまいました。今でもあの光景を思い出すとニヤニヤしちゃうんですよね」と微笑む菜月さんなのでした。

<文・イラスト/鈴木詩子>

【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。
著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop
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