最大震度7の激震が襲った熊本地震。未曽有の揺れは、歴史ある建物や人々の平穏な日常を一瞬にして奪い去った。

熊本県八代市では、道路に大きな亀裂が入り、歪んでいた。倒壊して屋根が崩れ落ちた家屋や、鏡川にかかる入江橋付近では川沿いに建っていた古い建物が複数、川へと崩れ落ちるなど、各地ですさまじい被害が広がっていた。

(MBS報道記者 井守裕太)

「帰ってきたら本堂がない」西南戦争の本陣にもなった歴史ある寺が一瞬で全壊

「もうダメかなと…」熊本地震で1階が全壊した実家 「助けてく...の画像はこちら >>

被害の大きかった八代市鏡町にある「教法寺」。この寺は、明治時代の西南戦争の際に本陣として使われ、その際に焼失して以降、再建されたと伝えられている。台風や10年前の熊本地震も乗り越えてきた歴史ある寺だったが、今回の激しい揺れによって完全に崩れ落ち、下敷きとなった2台の車がひしゃげていた。

地震発生当時、たまたま車で外出中だった住職の髙陽尚人さん(69)は、間一髪で難を逃れた恐怖をこう語る。

「もうあと5、6分でお寺に着くというところにいました。そのときに道路が揺れて、もう帰ってきたら、本堂がない。この中にいたら、もしかしたら助かってないかもしれない」

留守番をしていたペットの犬の行方も分からず心配を募らせる髙陽さん。変わり果てた本堂を前に、やり場のない思いを吐露した。

「なんでまた大地震が起こって、10年後になんでまたこういう目にあわないかんのかなと」

「助けてくれ」崩れ落ちた家から聞こえた父の声 姿が見えぬ母…チェーンソーを手にした近所の人々

「もうダメかなと…」熊本地震で1階が全壊した実家 「助けてくれ」絶望のなか聞こえた父の声…地域住民がチェーンソーを手に繰り広げた“2時間の救出劇”
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家の倒壊という直接的な被害に直面した人たちもまた、想像を絶する事態に直面していた。

完全に1階部分が押しつぶされてしまった実家の前に立つ1人の男性。激しい揺れが収まって外に出た男性が目にしたのは、両親がいるはずの実家が跡形もなくつぶれている光景だった。

男性は当時の絶望感を明かす。

「最初は『もうダメかな』と正直思いました」

無我夢中でがれきに向かって声をかける男性。すると、倒壊した建物の中から父親の「助けてくれ」という声が響いた。近所の人たちも次々と駆けつけ、協力して救出活動を開始。発生から約30分後、傷だらけの父親を救出することに成功した。

しかし、母親からの返事は聞こえてこなかった。

「母親を何回も呼んで、そしたらやっと声が聞こえた。ただ母親もどこにいるかわかんなかったんですよね」

どこに閉じ込められているかも分からない緊迫した状況の中、近所の住民が協力してくれた。

「近所の人がチェーンソー持ってきてくれて、チェーンソーで床を切って、天井も切って」

近所の住民たちがチェーンソーを手に取り、床や天井を切り裂いた。すると、倒れたタンスと天井の間にできた小さな空間に、母親の姿があった。奇跡的に無傷の状態だった。地震発生からおよそ2時間、地域の一身に結束した連携によって、間一髪で両親の命が繋ぎ止められたのだった。

絶望の中で光る地域の温かい絆 「小学生が下敷きにならなくてよかった」

「もうダメかなと…」熊本地震で1階が全壊した実家 「助けてくれ」絶望のなか聞こえた父の声…地域住民がチェーンソーを手に繰り広げた“2時間の救出劇”
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命こそ助かったものの、被災者を今なお悩ませているのはインフラの途絶、特に「水」の問題だ。

両親を救出した男性は切実な現状を訴える。

「電気は来たんですけども、水道ですね。水道が全然めどが立ってないというところで」
 「やっぱり生活用水。そこがですね一番足りないところですね」

それでも、近所から井戸水を分けてもらったり、知人が駆けつけてくれたりと、被災現場では地域の助け合いが続いている。

男性は向かいにある崩れ落ちた壁を見つめながら、安堵の表情を見せた。

「ここは通学路なんです。やっぱりこの壁が倒れた。小学生が通るので、この下敷きにならなくてよかった」

壮絶な被害の中でも、互いを思いやり支え合う被災者たちの強く温かい姿がある。一刻も早い生活再建へ向け、本格的な支援が求められている。

(MBS報道記者 井守裕太)

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