◆田中圭、主演舞台「陽気な幽霊」開幕
本作は、俳優にして作家、演出家、映画監督、作曲家と多彩に活躍したイギリスの才人ノエル・カワードによる戯曲で、1941年の初演時には1997回というロングランを記録、その後2度映画化もされている傑作喜劇。
◆「陽気な幽霊」初日公演レポート
田中圭が主演する舞台『陽気な幽霊』が5月3日(土)、東京・シアタークリエで開幕した。俳優にして作家、演出家、映画監督、作曲家と多彩に活躍したイギリスの才人ノエル・カワードによる戯曲で、1941年の初演時には1997回というロングランを記録、その後2度映画化もされている傑作喜劇。今回は熊林弘高が演出を手掛ける。共演に若村麻由美、門脇麦、高畑淳子ら。
ガラガラと幕が音を立てて開くと、そこは広く品のいい、上流階級の邸宅の居間。だがメイドのエディスがガチャガチャと、あまりこの屋敷に似つかわしくない音を立て動き回っている。エディスと女主人ルースの会話によると、客人が来る予定のようだ。そこへ、白のタキシードでこの家の主人・チャールズが登場。どうやらチャールズは小説家で、小説の取材をしようと霊媒師マダム・アーカティを呼び、降霊会を開く予定らしい。医師ブラッドマン夫妻も呼んで行われた降霊会は大騒ぎの中、マダム・アーカティの能力は嘘っぱちだという結論で終わった……はずだった。
エルヴィラの幽霊に翻弄され混乱するチャールズ、その夫の姿が奇行にしか見えず心配し、次には自分がからかわれているのではないかと苛立つ妻のルース、その2人をおちょくるかのように奔放に振る舞うエルヴィラ。幽霊を挟んだ“すれ違いコント”のような噛み合わない会話に笑っていたはずが、次第に笑いのポイントは、生者死者関係なく男女が意地を張り合い、マウントを取り合う大人げない会話へと変化。いつの世も、嫉妬や癇癪は変わらずあり、愛の前ではそんな感情をコントロールできなくなるのが人間なのだなぁと、笑いながらもしみじみしてしまう。そんな人間のどうしようもなさを、毒っ気をまぶしながらも軽妙に描き出す作品である。
田中圭は、見目良い色男でありながら、わざとかわざとでないのか、女性のプライドを逆なでするような失礼な物言いで小さな地雷を次々と踏むチャールズを、絶妙な無神経さを醸し出しながら演じていく。一方で嫌味の応酬のような会話を妻と交わし客席をヒリつかせたかと思いきや、実はそんな会話を楽しんでいるだけ、といった上流階級の人間らしい余裕もしっかり表現。とはいえ物語では早々にその余裕は剥ぎ取られ、追い詰められていくチャールズもまた可愛らしいので、これから作品を観る方はぜひお楽しみに。
幽霊のエルヴィラは若村麻由美。何と言っても幽霊らしい浮遊感と、圧倒的な美しさが素晴らしく、さらに小悪魔のような奔放さで「魅力的だが頭にくる女性」と称されるエルヴィラを説得力もって体現。チャールズを困らせる迷惑な存在だが、その根底にはチャールズへの愛がしっかりあり、しかしながら好きな男にも媚びないカッコよさも伝わる好演だ。門脇麦は、チャールズに苛立ち常に怒っているようなルースを、ヒステリックではなく自分の主張を正しく通す理知的な女性として構築。
高畑淳子は、心霊オタクのようなミーハーさがユニークな霊媒師マダム・アーカティを賑やかに演じ、舞台上の空気を攪乱、次々と笑いを注入した。ブラッドマン夫妻は実の夫婦でもある佐藤B作とあめくみちこ、テンポの良いやりとりはさすが。融通のきかない田舎者のメイド、エディスを演じる天野はなも、ある種いい加減な人たちの中、杓子定規な存在がユーモラスで、良いスパイスになっている。
熊林演出らしい堅実な、どこか乾いた質感の舞台の中で、愛や嫉妬、意地の張り合いなどの生々しい人間同士の感情がぶつかり、賑やかに繰り広げられる大騒動。楚々と品良く装っていた登場人物たちの人間性が赤裸々になっていくのだが、その剥き出しにされた姿がなんともチャーミングで、人間とはなんと愛らしい生き物なのかと思わずにいられない。そして浮かび上がる、生と死。幕切れは切なく、“孤独”を強調する熊林の演出も相まってやるせないが、それでも見終わった後にどこかロマンチックな甘さも残る。それは、登場人物たちが愛に生きたことがしっかり伝わったからだろう。笑って笑って、ちょっとしみじみもする物語を、芝居巧者揃いのキャストの息の合ったやりとりで魅せていく大人の上質なコメディ。満足度の高い一作だ。
初日公演は万雷の拍手の中で終幕したが、公演を終えた田中は「いくら稽古を重ねても不安が払拭できずに迎えた初日です。
また若村は「初日、エルヴィラとして必死に生きましたが、実際にお客さまの前でこの役を演じることで、今日初めて感じる心情もいくつもありました。夫チャールズをとても愛している妻であるエルヴィラの魅力を、もっともっと発見できそうですので、さらに役を豊かにしていければと思っています。随所にウィットが散りばめられている、大人の楽しいコメディ。
公演は5月29日(木)まで同劇場にて上演。その後、大阪、福岡でも上演される。
(取材・文:平野祥恵)
(modelpress編集部)
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