観光事業の柱として推進される医療ツーリズム

鹿児島と東京の病院が連携して医療ツーリズムを推進

治療と観光を兼ねた「医療ツーリズム」が今注目を浴びています。

鹿児島県指宿市にある医療法人明正会は、都内の形成外科や大学病院と連携し、都市部の患者を受け入れて手術やリハビリテーションを提供する事業を2017年から行っています。

指宿市は1950年代にリゾート地として発展した経緯があり、近隣にある観光資源とも連携して、地域活性化も目指しています。

鹿児島空港に看板広告を設置して同法人の取り組みをPRし、今後は空港からの送迎車も完備する予定です。

医療と観光をセットにした医療ツーリズムは、都市部の病床不足を補い、人口減少で衰退する地方部を盛り上げる一挙両得の取り組みだといえるでしょう。

コロナ禍前から観光事業の一環として推進

医療ツーリズムは、主に日本国内にある医療施設で外国人を受け入れる事業として、政府を中心に進められてきました。

2009年に「メディカルツーリズム」として新成長戦略のひとつとして盛り込まれ、2012年の観光立国推進基本計画でも重要戦略の一つに位置付けられました。

その取り組みは今も続けられており、2019年時の外国人患者の受け入れ実績は53%に上っています。

5年後には30兆円の市場規模!「医療ツーリズム」を日本がリー...の画像はこちら >>
出典:『令和元年度医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査結果』(厚生労働省)を基に作成 2022年04月25日更新

医療ツーリズム市場をリードするアジア諸国

アジア諸国の戦略と特徴

新型コロナウイルスの世界的な拡大で影響を受けていますが、医療ツーリズムは今後も成長産業として注目されています。

海外のリサーチ会社によると、世界の医療ツーリズム市場は2027年までに約30兆円規模になると推計されています。

市場を牽引しているのはアジア諸国です。

治療費抑制、高水準の医療、待機時間の短縮を目的に、欧米諸国や中東からのニーズが高まっています。

治療費抑制 アメリカなどは、国民皆保険制度などがないため、個人の治療費が割高になります。日本と比べると、自己負担額は2~5倍になるとされています。そのため、治療費が安いタイやマレーシアなどのアジアに人気が集中しているのです。 高水準の医療 アジア諸国では、政府が主導して積極的に医療ツーリズムを推進しています。そのため、専門的な知識を持つ医師を世界中から厚遇で招き、高い医療水準を実現する国もあります。
中でもインドは心臓外科手術などで世界的な名声を得ています。 待機時間の短縮 イギリスやカナダなどは手術などを受けるために3ヵ月以上も待機することがあります。その期間を大きく短縮できるアジア諸国のニーズが高まっているのです。

日本の医療設備は世界でも随一

アジア諸国に対して、日本も医療ツーリズムのニーズを生み出すポテンシャルを秘めています。あまり知られていませんが、日本の医療は世界保健機構(WHO)や経済協力開発機構(OECD)で、世界でも随一だと評価されています。

日本は健康寿命が世界一で、人間ドックの受診率などから予防医療も高いレベルにあります。

こうした医療を実現しているのは、医療設備が豊富に整備されているからです。

例えば、人体をスキャンするCT設備の人口100万人当たりの台数は、OECD平均と比較すると約5倍に達しています。

5年後には30兆円の市場規模!「医療ツーリズム」を日本がリードする可能性
CT台数の国際比較
出典:『第3回医療計画の見直し等に関する検討会』(厚生労働省)を基に作成 2022年04月25日更新

同様に、MRI台数も日本は優位にあります。OECD平均が14.3台なのに対し、日本は46.9台。アメリカの35.5台を抑え、OECDでトップに立っています。

日本の医療の強みは、設備以外にもホスピタリティの高さや再生医療技術などが挙げられます。

こうした長所を活用してアピールできれば、日本の医療ツーリズムは世界でも十分に通用すると考えられます。

日本の医療が抱える課題と今後の展望

9割の病院で受け入れ態勢が整っていない

医療設備に強みがある一方で、日本では医療ツーリズムが十分に浸透しているとはいえません。

厚生労働省では、外国人患者を受け入れるためのマニュアルを公開していますが、その中身を確認している医療機関は34.5%にとどまっています。

受け入れ体制を整備するための方針を定めていない病院は約9割に及び、まだ多くの病院で整備が進んでいないのが現状です。

また、病院での医療ツーリズムを推進するためには医療観光を求める外国人と日本の医療機関をつなげるコーディネーターの存在が重要ですが、配置していると回答した病院は、全体のわずか2.1%にすぎません。

5年後には30兆円の市場規模!「医療ツーリズム」を日本がリードする可能性
コーディネーターを配置している病院の割合
出典:『令和元年度 医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査結果』(厚生労働省)を基に作成 2022年04月25日更新

このように、日本の多くの病院は、まだ医療ツーリズムを推進できる状況にありません。

外国人受け入れだけでなく国内患者のツーリズムにも注目

厚生労働省は、医療ツーリズムを推進する施策のほとんどで、外国人の受け入れに注力しています。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって外国人の入国が不安定な今、先述した鹿児島県の例のように、まずは国内患者の医療ツーリズムから始めても良いのかもしれません。

日本の病床は都市部で不足する傾向が強いため、療養などで受け入れられる病院が地方にあれば、地域活性化にもつながります。

同様に、こうした考え方は介護業界にそのまま当てはめることができます。例えば、特別養護老人ホームなどの高齢者向け施設・住まいを地方で選ぶなどの方法です。

高齢者向け施設・住まいの整備が進んでいる都道府県は、徳島県、鹿児島県、石川県などがあげられます。

医療や介護でのツーリズムが浸透すれば、適切な医療や介護サービスを受けられる機会の拡大にもなります。医療ツーリズムは大きなポテンシャルを秘めているといえるでしょう。