社保審の場で、介護施設の医療体制強化が議論に

介護保険3施設には「義務化」を求める新ルールが提案

2023年11月16日、厚生労働省の第231回社会保障審議会介護給付費分科会の場で、入所系施設の医療体制強化をテーマとして議論が行われました。

会議の場で厚生労働省は、介護保険施設三施設、特定施設、グループホームに対して、以下の新ルールを提案しています。

  • 入居者の体調が急変した場合に、医師または看護職員が夜間休日を含めて相談対応できる体制を確保する。
  • 夜間休日を含めて診療が可能な体制を確保する。
  • 当該施設で療養を行っている入居者が、緊急時に原則として入院可能な体制を確保する。
  • この新ルールの適用について、介護保険三施設(特養、老健、介護医療院)は①~③のすべてを「義務化」、特定施設(介護付き有料老人ホームなど)とグループホームは①と②を「努力義務」としてはどうか、との案が出されたのです。

    さらに年1回以上の頻度で医療機関との緊急時の対応の内容を確認し、医療機関名について指定権者(自治体)に提出すること、入居者の病歴などを医療機関と共有するため、定期的に会議を開催すること、もし入院した場合は、すぐに再入居できるように努めること、なども提案されています。

    会議の場では、参加者から「義務化は早急すぎる」との意見も出されましたが、今後どのように制度化されていくのか、注目が集まっています。

    現行制度における介護保険3施設、特定施設、グループホームの医療機関との連携ルール

    現行の介護保険法においても、各施設において医療機関との連携体制は必要と定められています。現行法をまとめると以下の通りです。

    • 特養(第28条)、老健(第30条)、介護医療院(第34条)・・・「あらかじめ協力病院を定めておかねばならない」「あらかじめ協力歯科医療機関を定めておくように努めなければならない」がそれぞれ規定。
    • 特定施設(第191条)・・・あらかじめ協力医療機関を定めておかねばならない」「あらかじめ協力歯科医療機関を定めておくように努めなければならない」が規定。
    • グループホーム(第105条)・・・「あらかじめ協力病院を定めておかねばならない」「あらかじめ協力歯科医療機関を定めておくように努めなければならない」が規定。さらに「特養、老健、介護医療院、病院等との間の連携・支援の体制を整えなければならない」も規定されています。

    介護保険三施設は「協力病院」、特定施設とグループホームは「協力医療機関」を設定することが義務化されています。また各施設とも協力病院・協力医療機関に加えて、協力歯科医療機関を定めておくことも必要です。

    既存の医療連携ルールにおける問題点とは?

    協力医療機関との連携のありかたが施設によって異なる

    現行の介護保険法においても「協力病院」「協力医療機関」を定めることは義務化されていますが、規定されているのはあくまで「定めておくこと」だけです。どのような連携を行うべきなのかまではルール化されてはいません。

    その結果、協力病院・医療機関との連携内容は施設ごとに異なってしまい、提供するサービスに大きな差が生じる可能性があります。この点は冒頭で紹介した審議会における論点の一つとなりました。

    例えば、「急変時の対応」については、「電話で対応する」「外来で対応する」「医師が往診する」など、対応方法は施設によってまちまちです。どのような協力関係を築くかは各施設の裁量に任されているわけです。

    また休日夜間の対応についても、どのようなサービスを提供しているかを確認した時期について、約半数の施設が設立時と回答した調査結果もあると、厚生労働省の資料では指摘されています。

    定期的なチェックが行われていないわけです。

    アンケート調査で医療対応がまちまちである実態が明らかに

    老人ホームでの医療連携が施設ごとに異なる実態は、アンケート調査によっても明らかにされています。

    PwCコンサルティング合同会社が2022年度に実施したアンケート調査(複数回答可)では、特養における医療連携の内容は「入所者の診療(外来)の受け入れ」が78.8%、「入所者の入院の受け入れ」が60.6%、「緊急の場合の対応(配置医師に代わりオンコール対応)」は17.4%(n=1,148)でした。施設によって内容・質が変わっていることが数値として出ています。

    また、2021年度の調査(複数回答可)では、特定施設における平日の協力医のバックアップ体制は、「電話対応に加えて必要時に駆けつけ対応」をしている施設は日中で84.4%、夜間で71.5%。一方で「電話対応のみ」が日中で19.4%、夜間で27.2%となっていました。特定施設でもサービス内容に差があるのが現状なのです。

    老人ホームと医療機関の連携を強化していく上での課題とは?

    地域によって医療資源が異なる

    老人ホームと医療機関の連携体制を強化していく上での問題の一つは、医療資源が地域によって違うことです。そのもっとも顕著な例として、地域によって医療機関の数が異なる点を挙げられるでしょう。

    厚生労働省の調査(2022年10月)によると、人口10万人あたりの病院数は、高知県は17.8、徳島県が15.1、鹿児島県が14.7であるのに対して、神奈川県は3.6、滋賀県は4.1、愛知県は4.2。都道府県ごとに見ても、かなり差があることがわかります。これをさらに細分化して、市町村ごと、地域ごとに分けて見た場合、かなり大きな差が生じているとも考えられます。

    医療機関数が少ない地域だと、一つの医療機関が多数の老人ホームのサポートを行う必要も出てきて、1施設への対応力に限界が生じます。

    冒頭で紹介した審議会の場では「義務化するのは早急」との意見も出されていましたが、医療機関数の地域差を考えると、一律で義務化すると病院・医療機関が不足している地域では大きな壁にぶつかる恐れもあります。

    医療機関側に協力を促すような仕組みづくりも必要か

    医療連携を強化する場合、老人ホーム側の努力・対応力の強化が求められると同時に、当然ながら医療機関側にも対応の充実化が求められます。

    協力を申請するのは老人ホーム側であるわけですが、医療機関側は「そこまで出来ないので、他の病院をあたってください」と拒否することも可能です。協力体制の強化は病院側にとっても負担増となり、特に医療機関数が少ない地域ではその負担増の割合は高くなります。「これまでの協力体制ならOKだけど、これより忙しくなるなら難しい」として、協力を断られるケースが生じるとも考えられます。

    そのため、老人ホームにおいて病院・医療機関との連携体制を強化するなら、病院・医療機関の側に老人ホームへの協力をしやすくなるような体制作りが別途必要でしょう。この点も検討すべき課題ではないでしょうか。

    今回は老人ホームにおける医療連携強化について考えてきました。制度化される内容によって、老人ホーム側と病院・医療機関側の双方が新たに対応を考える必要も生じます。具体的にどのような形で議論がまとまっていくのか、引き続き注目を集めそうです。