元プロサッカー選手の中山雅史氏、元日本代表キャプテン長谷部誠氏などの名サッカー選手の出身地、静岡県藤枝市。市内には2つのシニアサッカーチームがあり、70代以上のメンバーも元気にボールを蹴っている。

サッカーを核にした「蹴球都市ふじえだ」ならではの健康寿命の延伸につながる取り組みを北村正平藤枝市長に伺った。

【ビジョナリー・北村正平】

サッカーは単なるスポーツではなく藤枝文化 保健委員は健康づくりの施策を広めるMF 明るく、楽しく、健康的なアクティブ・ エイジングを実現できる社会に

サッカーは単なるスポーツではなく藤枝文化

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす
北嶋史誉

1924年に藤枝東高(旧制志太中学)で校技がサッカーと定められたことが、藤枝市全体に普及するきっかけになりました。約100年ものサッカーの歴史がある本市では、サッカーは単なるスポーツではなく、もはや文化と呼べるほど市民の生活に根付いています。

本市には2つのシニアサッカークラブがあり、65歳以上の選手が50人以上います。県内にはシニアのリーグ戦もありますので、選手たちはそれぞれの年代に合わせたやり方で練習をしながら、試合を目標にした張り合いのある毎日を送っています。シニア選手の最高齢は88歳ですが、皆元気にグランドを駆け回り、毎日のようにボールを蹴っています。一般的な70~80歳の人たちからは考えられないほど、本市サッカークラブの70歳以上の選手たちは超人的に元気です。

自分が実際にプレーをしていなくても、選手の動きを予測して観戦することが頭の運動になりますので、サッカー観戦は認知症予防にも効果があるのではないかと私は思っています。スタンドからはチーム全体の動きが見られますので、チームの一員になったつもりで、「ここにパスを出して、次にこのポジションの選手がこう動いて」と、次の動きを予測しながら観戦するのはかなり頭を使います。本市ではいたるところで、サッカーの試合が行われていますから、孫の試合や学校対抗の試合観戦などで熱くなる高齢者の方々も多いですね。

シニアサッカークラブ「藤枝FC」と「藤枝東FC」

藤枝市には1976年から活動している「藤枝FC」と、2005年に結成された「藤枝東FC」の2つのシニアサッカークラブがあり、200人近くのメンバーが日々ボールを追いかけている。静岡県ではシニアの試合は40代、50代、60代、70代、75歳以上の5カテゴリーに分けられ、4~12月のリーグ期間中は試合が行われている。

県内には60代リーグは11クラブ、70代リーグは6クラブ、75歳以上リーグは4クラブあり、シニアの選手たちは試合参加を目標に、家族の協力も得て普段からランニングをしたり、体力づくりに励んでいる。

サッカーでは試合時間は通常は90分だが、シニアの試合では60代リーグまでは60分、70代は50分、75歳以上は40分としている。ルールも選手は何度でも交代自由、70代以上のカテゴリーではスライディングやタックルは禁止されている。シニアサッカーでは、勝敗よりもケガをできるだけ防ぎ、年齢を重ねても楽しくサッカーをし続けることを重要視している。

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす
シニアサッカーの試合(藤枝市提供) サッカーを核にしたまちづくり

実際に高齢者がプレイヤーとしてサッカーをプレーし続けるのはかなり難しい。現在シニアでプレーをしているのは、若い頃からサッカー選手としてトレーニングを積んだ人たちばかりだ。

しかし、サッカーの本当の面白さはチームプレーそれ自体にある。

攻撃のFWだけではチームとして機能せず、守備のDF、ゲームメイクのMF、ゴールを守るGK、それぞれの役割を理解し、ゴールに向かってパスをつないでいく。その楽しさに関わりたい、サッカーを通して地域貢献をしたいと、現役を退いた後に子どもへの指導を始める人も多いのだ。サッカーを通してチームとして動くことの面白さを知ることができる、それこそが、サッカーが多くの人を惹きつけてやまない理由だろう。その魅力をどこよりも知る藤枝市では、「蹴球都市ふじえだ」として、サッカーチームのように市民一人ひとりが連携し、暮らしやすいまちづくりに向けて市民の生活を押し上げるさまざま取り組みが行われている。

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす
ジュニア女子を指導するシニアコーチ(藤枝市提供)

保健委員は健康づくりの施策を広めるMF

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす
北嶋史誉

藤枝市民の皆さんは、健康に対する関心が大変高く、特定健診やがん検診をきちんと受診する人の割合が多い。これは各地区にいる保健委員の功績によるところだと感じています。1984年に自治会組織を基盤として保健委員制度が発足し、現在市内には全人口の14万人に対して約1,000人の保健委員を設置しています。

つまり市民140人あたりに一人の保健委員がいることになり、ここまで細かく設置している自治体は、全国的にもあまりないんじゃないでしょうか。

藤枝市には自治会が52あり、保健委員は各自治会の会長と60~80世帯に一人ずつの委員で構成されています。サッカーでいえば、彼らは司令塔のMFです。各地域に合った一番効率的なやり方で、地域住民一人ひとりの健康に対する意識を押し上げて、健康づくりの諸施策を広めてくれています。

総合防災訓練においても令和元年度が約36%と近隣市に比べ本市は高い参加率を誇っています。これも各自治会を組織する住民が各々の役割分担を理解し、一人ひとりがどう動けば被害を最小にできるかを考えて、訓練とはいえ本番さながらの真剣度で行っています。

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす
防災訓練の様子(藤枝市提供) 保健・福祉・防災の分野では地域による共助が必要

藤枝市では、住民一人ひとりの健康に対する意識を高め、地域ぐるみで健康を守るために、現在約1,000人の保健委員が市から委嘱され、活動している。

保健委員は任期の2年中、行政の保健事業の施策を地域住民に広めたり、地区の保健講座の企画や開催など、各種健康診断の受診や生活習慣病予防などを呼びかける。他にも市や県が行う研修に参加し、健康づくりや栄養・食生活、救急処置・家庭介護などに関する最新の知識や技術を習得し、地区の住民に伝えている。

地域の住民の健康意識を高め、健康寿命を延ばすためには、その地域に住んでいる住民同士のつながりが大きな影響を与えるという。保健委員は保健センターの保健師、栄養士らに相談しながら、地域の健康課題を見つけ、その解決に向けた様々な健康情報を啓発する「地域の健康リーダー」である。昔ながらの「隣組」というものがなくなりつつある現代だが、保健・福祉・防災の分野では地域による共助が欠かせない。

藤枝市ではほどよい距離を保った「隣組」組織が機能している。

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす
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保健講座の様子(藤枝市提供) 行政と医師会とスムーズな連携も

市民一人ひとりの健康を守るためには市と保健委員、そして医師会との連携も欠かせない。藤枝市では、保健センターと医師会や歯科医師会、薬剤師会とのしっかりとした関係が構築されており、良い協力体制ができている。

またサッカーがよい潤滑油になっている場合がある。各地域や団体のサッカーチームに入っている医師がいるため、市の職員などとサッカーの試合などで顔を合わせる機会があり、連絡がとりやすい関係になることもあるという。

ちなみに、市職員のサッカーチーム「藤枝市役所サッカー部」は、全国自治体職員サッカー選手権大会で2014年より6連覇を達成している。天皇杯本大会にも3回出場している強豪チームだ。

新型コロナウイルス感染症のワクチン接種においても、藤枝市、志太医師会、市立病院、藤枝薬剤師会、藤枝歯科医師会とのスムーズな連携のおかげで、藤枝市の接種は順調に進んだ。静岡県によれば、2021年11月14日における藤枝市の65歳以上の高齢者のワクチン接種率は93.44%であり、43,295人の65歳以上の市民がいる規模の市としては、抜群に高い接種率になる。

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす
藤枝市役所サッカー部(藤枝市提供)

明るく、楽しく、健康的なアクティブ・エイジングを実現できる社会に

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす

高齢化が加速する現代では、高齢者の健康を維持し健康寿命を延ばす施策が、まちづくりには欠かせません。高齢者がいくつになっても健康で活動的な生活が送れるように、市民が主体的に介護予防活動としてスポーツにふれ、明るく、楽しく、健康的で活力のあるアクティブ・エイジングを実現できる社会にしていかなければならないと思っています。

地域・産業の賑わいづくりの視点まで含めた、市民参加の健康づくりプログラム「めざそう!“健康・予防 日本一”ふじえだプロジェクト」は、「第1回健康寿命をのばそう!アワード 」で自治体部門優良賞を受賞しています。こういった取り組みを進めながら「元気で長寿の健康都市」を目指しています。

2020年には市オリジナルの介護予防体操も完成しましたが、これも本市らしく「藤ロコ体操~藤枝ロコモ蹴っとばし体操~」と名付けられ、ヘディング運動、キーパーの構え運動、リフティング運動、パスカット運動、フェイント運動、などサッカーに関連した運動が組み込まれています。

めざそう!“健康・予防 日本一”ふじえだプロジェクト

藤枝市では、「めざそう!“健康・予防 日本一”ふじえだプロジェクト」と銘打ち、楽しみながら健康を得られる下記3つのユニークな取り組みを市民に提供しており、2013年に行われた厚生労働省主催の「第1回健康寿命をのばそう!アワード」で、自治体部門優良賞を受賞している。

(1)歩いて健康「日本全国バーチャルの旅」

日常生活において毎日歩く歩数を万歩計などで計測し、1万歩または6.5キロ歩くごとに旅の記録用紙を塗りつぶしながら仮想の旅の歩みを進めていく。全長495.5キロの東海道の旅から始まり、「奥の細道」「四国お遍路」「北海道周遊」など、全40コースを用意することで、“歩く”運動を楽しみながら長く続けられる工夫を凝らしている。1万キロ達成者には、モチベーション維持を目的として、市から達成証と記念品が贈呈される。

(2)ふじえだ健康スポット20選

市内外1,200件の応募の中から、「楽」「癒」「美」「食」「鍛」をキーワードに健康維持・増進に繋がる選りすぐりの20箇所をマップにして紹介。各スポットの特長説明のほか、スポットを巡るウォーキングコースの距離や時間、消費カロリーなどを表示している。本年度は、初回選定時から10年目の節目の年を迎えるため、新たな魅力あるスポットを掘り起こすリニューアル事業を実施中。

(3)ふじえだ健康マイレージ  

基本的な生活習慣の改善を図り、健康的な生活習慣の定着とその実践を目指す取り組み。各自で設定する運動や食事などの目標達成に加え、健康診断の受診や禁煙、さらには健康講座やスポーツ教室、ウォーキングイベント、地域行事・ボランティア活動などに参加するとポイント(マイル)を付与。2週間以上チャレンジして一定ポイントを貯めた人に、1年間有効のカードを発行。このカードを協力店に提示すると買い物料金の割引サービスなどが受けられる。

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす
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歩いて健康「日本全国バーチャルの旅」で累計1万キロを歩き表彰される市民(藤枝市提供) 住民が元気で楽しく暮らせる「蹴球都市ふじえだ」

筋力・バランスアップ運動、口腔体操、脳トレなど8つのカテゴリーで構成され、ロコモティブシンドローム(ロコモ)などを防ぐ「藤ロコ体操~藤枝ロコモ蹴っとばし体操~」。サッカーに関係した動きを取り入れたり、藤枝総合運動公園をホームスタジアムとするプロサッカーチーム「藤枝MYFC」のクラブマスコット、「蹴っとばし小僧」も動画に出演するなど、サッカーのまち藤枝市ならではの介護予防体操になっている。

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす
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壇上の「蹴っとばし小僧」と一緒に藤ロコ体操をする市民 (藤枝市提供)

また藤枝市では住民が主体となって運営する高齢者の介護予防を目的とした通いの場「ふじえだアクティブクラブ」事業にも取り組んでおり、藤枝市は、この事業はを始めとする様々な事業に取り組んだことが認められ「第8回健康寿命をのばそう!アワード」で厚生労働省老健局長優良賞を受賞している。「ふじえだアクティブクラブ」では「藤ロコ体操」も活用されており、地域の一員として高齢者と住民ボランティアが一緒に体操をすることで、人と人とのふれあいが生まれた。

「そういったよい事例を生みだすためにも、『ふじえだアクティブクラブ』の周知活動を徹底し、参加者や通いの場が拡大していく地域づくりを継続して進めていかなければなりません。そして『蹴球都市ふじえだ』としてサッカーを核に、住民が元気で楽しく暮らせるための取り組みを考え、今後とも積極的に取り組んでいく予定です」と、北村市長は力強く結んだ。

最高齢選手は88歳。シニアがボールを蹴ってグラウンドを駆けるサッカーを核にしたまちづくりで健康寿命を伸ばす
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「サッカーと時間を刻む」と書かれたJR藤枝駅のパネル(藤枝市提供)

※2021年11月17日取材時点の情報です

撮影:林 文乃