国宝臼杵石仏で知られる大分県臼杵市は、病院、介護施設、消防署などで利用者のデータを共有する「うすき石仏ねっと」を構築している。シームレスな医療・介護サービスを提供することで市民の健康寿命を延伸し、「住み心地一番のまち」を目指す臼杵市の取り組みについて、中野五郎市長に話を伺った。
【ビジョナリー・中野五郎】
- 「うすき石仏ねっと」で市民の健康を守りやすく
- 安心して生活できる「住み心地一番のまちづくり」
- ユネスコ創造都市ネットワーク(食文化)認定。土づくりに注力
「うすき石仏ねっと」で市民の健康を守りやすく
「まずは『うすき石仏ねっと(以下石仏ねっと)』についてお話させてください。石仏ねっとを利用する上で必要となる『石仏カード』の発行枚数は、2021年12月末時点で23,711枚です。臼杵市の人口は約36,000人なので、約65%の市民(交流人口を含む)が石仏カードを持っているということになります。使ってみればわかりますが、とにかく便利。おかげさまで利用者は年々増えています。病院にかかる機会の少ない若年層への普及率はまだ高くはないのですが、65歳以上の市民では85%以上の人が所持しています。
もちろん私も持っています。いつ、どんな症状でどこの病院にかかり、どんな薬が処方されたかという情報が病院だけでなく歯科医院や薬局とも共有されているので、自分の病歴やアレルギーの有無などを都度伝えなくてもすみます。
複数の医療機関に通院している場合でも調剤情報が共有されますから、高齢者に起こりがちなポリファーマシー(多くの薬を服用することで起きる副作用などの有害事象)も防ぐことができます。
閉域網(利用者が限定されるネットワーク)で運用しているので、セキュリティ対策も万全です。医療データが共有されるメリットは、普段の生活だけでなく大地震などの災害時にもあります。医療資源が不足がちになりますが、市民の方々の医療データを把握できるので、医療サービスをスムーズに提供できるようになります。
現時点での参加施設はほとんどが市内にあるのですが、隣の大分市も同じようなシステムの導入を検討していると聞いています。
システムが広域化し参加施設が増えれば増えるほど、利用者のメリットは大きくなりますから、ゆくゆくはマイナンバーカードが石仏ねっとの全国版のようなものになればいいと私は思っています。
病院、歯科医院、薬局などがマイナンバーカードでつながれば、利用者を中心とした医療チームが出来上がるわけです。そうなれば、提供される医療の質も上がってきますから、多くの人たちの健康寿命の延伸につながります」
2003年に臼杵市医師会の発案で始まった「うすき石仏ねっと」は診療情報や介護情報の一部をネットワークで共有することで、利用者を中心とした質の高い医療・介護サービスを地域で連携して提供するシステムだ。
高齢化が進み、医療・介護を支える人材が不足することを危惧した臼杵市医師会が、2003年に市内の5つの医療機関において検査データを閲覧するシステムの実証実験を開始した。2008年からは画像データを閲覧できるように整備し運営していた。
2015年からは臼杵市医師会、臼杵市などから構成される「うすき石仏ねっと運営協議会」が運営。臼杵市内では病院、歯科医院、調剤薬局、介護施設、消防署などの90以上の施設が参加し、市外では由布市の大分大学医学部附属病院、大分市の天心堂へつぎ病院、津久見市の津久見市医師会立津久見中央病院の3つの医療機関が参加している。また、市外のネットワークである高田安心ネットとも連携している。
血液検査の結果や他病院の処方薬など、患者のデータを共有し、医療従事者やケアマネージャーなどがチームでそれぞれの患者に合った医療・介護方法を検討することで、病気の重症化予防や状態の改善ができるようになった。
緊急時には、消防署の指令室からも患者のデータを閲覧できるため、出血傾向やアレルギー、認知症の有無や服薬状況などから、より適切な初期対応を救急隊員に指示することも可能だ。
石仏ねっとは、臼杵市の母子手帳アプリ「ちあほっと」とつなぐことができる。
「子どもの健康状態を母子手帳の記録までさかのぼって確認できるので便利だ」と利用者は年々増えているとのこと。
石仏ねっとは、今後もさまざまな広がりを見せてくれるのだろう。
安心して生活できる「住み心地一番のまちづくり」
「当市は『住み心地一番のまちづくり』を目指し、安心して子育てができ、市民の健康寿命を伸ばして高齢者も生きがいを持って暮らせるまちづくりに注力しています。
石仏ねっとがありますから、医療・介護面での地域のサポートは移住者でも受けやすいですし、高齢者の方には緊急時に備えた『安心生活お守りキット』というものもお配りしています。若い世代に向けては子育て総合支援センター『ちあぽーと』を設置しています。市民のみなさんの暮らしやすさを向上させるため、さまざまな取り組みを行っています。
他にも地域資源を活かした臼杵ならではの施策を打ち出し、移住・定住の促進を図っています。移住者は誘致に注力し始めた当初の2015年度は172人程度でしたが、今では毎年200人を超えるようになりました。おかげさまで、当市は住みたい田舎のベストランキングにも選ばれています」
シニア世代が住みたいまち、ランキング第1位臼杵市は、第10回の『住みたい田舎』ランキング(宝島社)で、シニアが住みたい人口3~5万人のまちとして第1位に選ばれている。住みやすさの理由の一つとして、やはり石仏ねっとの存在があげられている。
地域の情報に詳しくない移住者でも石仏ねっとを利用して、きめ細かな医療サポートを受けられるのは心強く、医療サポートを基点に地域との親交が深まる可能性もあるので利用メリットは大きい。
臼杵市では、65歳以上の高齢者1人につき1つずつ、「安心生活お守りキット」というものを配布している。
さらに共助のネットワークづくりを強化するため、臼杵市では市内を18地区に分けた旧小学校区ごとに「地域振興協議会」を設置。子ども会から老人クラブの活動まで、地域パートナーと呼ばれる市役所職員が地区住民とともに行事に参加し、地域活動を盛り上げている。
臼杵市が移住支援に注力し始めた2015年には172人だったが、2018年度には220人、2019年度には255人、2020年度には231人と毎年200人以上の人が臼杵市に移住している。
シニアだけでなく、全世代に向けた手厚い支援が移住希望者の興味を惹きつけており、特に子育て世代のための支援センター「ちあぽーと」の評判は高い。「ちあぽーと」は妊娠期から18歳までの子どもを対象にしたきめ細かなサポートがワンストップで受けられ、学校給食ではアレルギーがある子どもの場合は、給食センターと連携して、栄養バランスを考えたそれぞれの子どもの体質に合わせた専用のメニューが給食として提供されている。
また、子育て世代を包括的に支援する「ちあぽーと」があることにより、親の職場を変えることなく子どもによりよい生活環境を与えることができると、近隣の市町から臼杵市へ移住する人も増えていると聞く。
ユネスコ創造都市ネットワーク(食文化)認定。土づくりに注力
「本市は山形県鶴岡市に次ぐ国内2例目として、2021年11月よりユネスコ創造都市ネットワークの食文化部門に加盟が認められ、国内外のさまざまな都市と交流しながら活性化をより進めることができるようになりました。
これは、臼杵のまちに住む人々が大切に培ってきた発酵・醸造文化や、有機農業に注力してきた取り組みが世界的にも評価を受けたものだと思っています。
人間のエネルギーの源となる食物は土から作られています。
育った土によって作物の味、出来が変わり、よい土で育った作物は味わい深くなります。人間も同じです。住んでいる環境によって変わるのです。臼杵という土地に住んだ人が味のある奥深い人間になるためには、住み心地のよい土壌、つまりまちが必要なのです。物理的な土ではなく、人が生活する環境としての土づくり、まちづくりにもこれからいっそう注力していかなければなりません。
決して派手派手しいまちではないけれど、健康的な生活を送れて、どこか落ち着いてほっとできる、そういった臼杵のよさを次の世代につないでいきたい。あえて区画整理を行わず、昔のままの町並みとして保存した地区が市内にはありますが、そういった歴史ある伝統・文化は未来に継承すべき大切な財産です。
ありきたりの日常とか言いますけど、日常生活を普通に過ごせることはすごく幸せなことではないでしょうか。臼杵はそんなありきたりの日常生活の素晴らしさを満喫できるまちでありたいのです。子どもたちが、自分の育った臼杵というまちに愛着を感じ、次の世代にも同じようにまちを愛する心を育てていってほしいと思っています」
臼杵市長・中野五郞(なかの ごろう)氏1946年臼杵市生まれ。好きな作家は山本周五郎と藤沢周平。
白壁の建物が並ぶ二王座地区を歩いた。城下町の風情を今に残す一画は、現代に似つかわしくないほどの静寂が漂う。
市長が大切にしている「燈々無尽(とうとうむじん)」という言葉は「1本のろうそくは燃え尽きてしまえばそこで消えてしまうが、その炎を次のろうそくへと移し続けることにより、ともしびは永遠に灯り続ける」という意味だそうだ。
初夏の夕暮れに子供たちの駆ける音が響く。
「命をリレーしていくことによって、私たちは何を次の世代につなげていけるのだろうか」。過去が息づく臼杵の町並みはそんなことを問いかけているようだった。
※2022年5月16日取材時点の情報です
撮影:林 文乃