2025年11月末、東京・蒲田の老舗銭湯に、京都から差出人不明の封筒が届きました。中に入っていたのは、店名とは異なる「宮の湯」と刻まれた一枚の古い木札――。
一枚の木札が、場所も業態も異なる二つの「銭湯」を一本の線で結びつけた、現代のSNSが生んだ温かなミステリー。その全貌を関係者に取材しました。
■ 届いた木札には心当たりのない店名。「どうして?」困惑も放っておけなかった理由
蒲田駅から徒歩5分。1920(大正9)年に創業し、100年以上の歴史を誇る「ゆ~シティー蒲田」は、天然の黒湯温泉や演芸を楽しめる大広間を備えた、地域住民に愛される老舗銭湯です。
さまざまな催しが行われる大広間をはじめ、店内にはお店にゆかりのある芸能人や地域の催しなどのポスターがいっぱい。地元の人々に長く愛されているのが伝わってきます。
この店にある日届いたのが、「宮の湯76番」と書かれた木札でした。送り主は不明、消印は京都。「近くに『宮の湯』という銭湯もないし、どうしてウチに? というのが率直な気持ちでしたね」。店主・中村さんの言葉からは、当時の困惑ぶりが伝わってきます。
このご時世、イタズラや不審物として処理されてもおかしくないはず。しかし中村さんは、どうしても放っておくことができなかったといいます。
「年季が入った木札を見て『実在する銭湯のものだったら、いまごろ困っているだろう』と思ったんです。長く銭湯をやっている身として、木札を作ることのコストや大変さは痛いほどわかっていたので、これはどうにか返してあげたいな、と」
中村さんが店舗のX(旧Twitter)アカウントで情報提供を呼びかけたところ、複数のユーザーから「この店のものではないか?」と、とある「銭湯カフェ」の情報が寄せられました。その中には、実際の写真を引用して指摘するポストもありました。
■ 木札の持ち主が判明! 決め手となったフログラファーの「視点」
決め手となったのが、日本髪好き簪好きのカンザシスト、御園マゲ美さんによるポスト。
「こちらのポストのロッカーの鍵、同じデザインではないでしょうか?」というコメントとともに引用されたのは、銭湯を愛し、その姿を記録し続ける「フログラファー」として活動するJun Tainakaさんによる、とある店舗の紹介ポストでした。
Jun Tainakaさんは、2018年から本格的に銭湯の撮影を始め、現在は東京都浴場組合と共同で「銭湯コレクションカード」を展開するなど、銭湯文化の普及に尽力しています。
写真に写っていたのは、東京の下町で営業する、元銭湯を改装したカフェ。そこで使用されている木札が、届いたものと酷似していたのです。
Tainakaさんが撮影していたのは、東京・根津にある元銭湯「宮の湯」を改装したカフェ「MATCHA&ESPRESSO MIYANO-YU」。かつての銭湯の面影を最大限に残した店内には、たしかに木札を使用したロッカーが写っていました。
この写真をきっかけに「ゆ~シティー蒲田」がお店に確認したところ、送られてきた木札が、店内で使用されているものであることが判明。
銭湯を愛するフォトグラファーが心を惹かれ、撮影した一枚の写真が、まったく接点のなかった二つの“銭湯”を一本の線で結びました。当時の状況をTainakaさんにうかがいました。
「閉業した銭湯の営業当時の内装や備品をそのまま活かしていることに興味を持ち、訪れた次第です。番号札の切り欠き部分をカットして、店内の注文札として活用されていて、非常に面白いと感じました」
今回の件とはまったく別のタイミングで撮影した写真が謎を解く鍵になったと聞き、「率直に驚きました!」とTainakaさんは語ります。
「木札の鍵にある“切り欠き”が無いということは、本来の鍵としては使われていないだろう、少なくとも現役の銭湯ではないだろうということは推測できますが。実際にそこに気が付いた方は凄いなと。それぞれのお店は場所も離れていますし、普通はなかなか気づかないと思います」
■ 根津の路地裏、現役時代から70年の歴史を刻む「元銭湯カフェ」
Tainakaさんの情報をもとに繋がった先は、長屋の面影を色濃く残す文京区根津の路地に佇む「MATCHA&ESPRESSO MIYANO-YU」でした。
築70年を超える旧「宮の湯」の建物を活かし、2021年にオープンしたこのカフェは、かつての浴室をそのまま残した空間が特徴です。
タイルやカランも当時のまま残り、銭湯ならではの高い天井も健在。日光が差し込む中、まるで湯船に浸かっているような気分で、自家焙煎のコーヒーとスイーツを楽しむことができます。
かつての脱衣場をそのまま活かした空間には、大きな焙煎機が。昔ながらの銭湯の風景の中に香ばしいコーヒーの香りが満ちる様子は、独特のノスタルジックでスローな雰囲気を醸し出しています。
同店の統括店長、大里恵未さんは、SNSでの反響をお客さんからの連絡で知ったといいます。
「当店ではXをやっていなかったので話題になっていることに気づかなかったのですが、Instagramに『こんなことが話題になっていますよ』とメッセージをいただいて知りました」
寄せられた情報の通り、同店では現役時代に下足鍵として使われていた木札を、店内の注文札として再利用していました。本来は注文の受け渡しの際にカウンターで回収するものの、中には返却されず、そのまま持ち帰られてしまうことも少なくないのだとか。「今回も、お客様が間違えて持ち帰ってしまったのでしょう」と大里さんは話します。
「でも、なぜ『ゆ~シティー蒲田』さんに送られたのか……。日本のお店に慣れていない海外の旅行客の方だったのでしょうか。いろいろな場所を回っているうちに、どのお店のものかわからなくなり、『銭湯』というキーワードから連想した先に送ったのかもしれませんね」
何はともあれ、自店の木札であることを確認した大里さんが「ゆ~シティー蒲田」へ連絡し、騒動は無事に解決を迎えました。
■ 「銭湯愛」が引き寄せた、場所を超えた“あったかい”絆
京都から蒲田、そして根津へと旅し、無事に「帰宅」を果たした一枚の木札。この出来事を経て、二つの店舗の間には新しい交流が生まれました。
「ゆ~シティー蒲田」の中村さんは、今回の騒動を笑顔でこう締めくくります。
「大里さんから直接連絡をいただいて、無事に札をお返しすることができました。僕はてっきり現役の銭湯だと思っていたので、銭湯カフェだったとは意外でしたね。
一方、「MATCHA&ESPRESSO MIYANO-YU」の大里さんも、中村さんの厚意に対する感謝を語ります。
「中村さんが『名前が知られたことで、宣伝効果にはなったかもしれないですね』と仰ってくださって。お互いにとって良い形で解決できたのが嬉しいです。銭湯の内装を活かした唯一無二の空間を、ぜひ多くの方に味わいに来てほしいなと思います」
一枚の古い木札。それは、誰かがうっかり持ち去ってしまった「忘れ物」だったのかもしれません。
しかし、それを「捨ててしまえば終わり」とせず、銭湯を営む者としての敬意を持って向き合った中村さんの思い。それを支えたファンの知識。そして歴史を繋ごうとする大里さんの情熱。蒲田と根津という二つの街が、銭湯という一本の温かな線で結びつきました。
今日も蒲田では黒湯が湧き、根津では銭湯の面影の中でコーヒーが淹れられています。この不思議な縁は、形を変えながらも続いていく銭湯文化の、新たな一ページとして刻まれるに違いありません。
<取材協力>
ゆ~シティー蒲田(@youcity26)
MATCHA&ESPRESSO MIYANO-YU
御園マゲ美さん(@mizonomagemi)
Jun Tainakaさん(@JunTainaka)
(天谷窓大)
Publisher By おたくま経済新聞 | Edited By 天谷窓大 | 記事元URL https://otakuma.net/archives/2026041901.html
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