■「高偏差値」「上位クラス」が目的になると本末転倒
各地で講演会を行っていると、終わった後に、保護者の皆さんから次のような質問を受けることがあります。
「塾の模試対策として、過去問をメルカリなどで購入する親がいると聞きますが、どう思いますか?」
「過去問を購入した家庭の子どもと一緒に模試を受けたら、うちの子が不利になるのではないですか?」
「志望校」の過去問ではなく、「塾の模試」の過去問を買う意味はあるのか、という質問です。信じられないと感じる方もいらっしゃると思いますが、メルカリなどで実際に過去問がそこそこ良い値段で売られていたりするので、数は少ないとは思いますが事実です。Xを見ても、塾の模試や入塾テスト、組分けテストなどの“過去問”について触れている投稿があります。
確かに、過去のテスト問題を解いておくことで点数が取りやすくなるケースもあります。まれに前年と同じような出題だった場合は、偏差値は跳ね上がります。そのような質問にこられる親御さんの目的は、ほとんどが「わが子に少しでも高い偏差値を取ってもらうため」「わが子を、塾でレベルの高いクラスに入れるため」であると見ています。
しかし、よく考えてみれば本末転倒です。たまたま取った高い偏差値は本来の実力が反映されているとは限りません。
■“模試の成績”で評価される構造もある
また、同じようなケースとして「塾の○○先生のほうが、模試対策をしてくるので助かる。その先生のクラスに入りたい」という相談も受けます。
ちなみに塾講師は、教え子の模試の結果で会社から評価されがちです。加えて、そのクラスや教室の模試成績が良くないと保護者からのクレームも来てしまいます。本来ならば、もう少しゆっくりと学力の定着を図りたいと思っても、模試対策に力を入れてしまうという構造的な理由があることもおさえておきます。
話は戻りますが、そもそも、中学受験の目的は志望校に合格することです。模試結果をあげ、上位クラスに上がれば最終目的を達成する、ということは絶対にないでしょう。冷静に考えれば分かるはずですが、なぜこんなことが起きてしまうのでしょうか。
それは、受験生の親をめぐる不安が増大していることも関係していると見ています。
■「一部の成功例」や「極端な例」が溢れている
いま、中学受験はやや熱を帯びているように感じますが、SNSなどに情報が溢れているのです。たとえば以下のようなものです(以下は筆者がこれまで見聞きしたものをまとめたもの)。
「小1から塾に通わせないと、もうその塾には入れない」
「◯◯塾の最上位クラスじゃないと、○○中学への合格は難しい」
「小4の時の偏差値は、小6になっても大きく変わることはない」
「まぐれで難関中に入学できても、成績下位(深海魚と呼ぶそうです)で苦労するので、無理しない方が良い」
「親が綿密な学習計画を立ててあげるのは、当たり前のこと」
「習いごとをやっていては、中学受験なんて無理」
投稿者や発言している人は、中学受験真っ最中の方、すでに入学された方など混在しています。ネット上ではお子さんの個人情報を守るためもあり、実名投稿はほとんどないように見受けます。いずれも真偽不明の内容だったり、当てはまるのはその家庭だけで“よその家庭”には当てはまらなかったり……n数=1の意見も散見されるのが現状です。
塾の立場からすれば、こうした内容は、たとえ善意のものであっても、一部の成功例や極端な例を発信していると感じます。
■“付け焼き刃”では合格が遠のいてしまう
SNSによっては、一度でも読んでしまうと「興味がある」と判断されて同じような投稿が次々に表示されることがあります。そのような情報ばかりに触れてしまうことで、「何か対策が必要なのか」という焦りにつながっているのではないかと考えています。
その不安を解消する行動の一つとして、「塾の模試過去問を買う」があるのではないでしょうか。これは一見、成績アップに効果的に見えても、結局は親主導の「やらされ学習」に陥りやすくなります。このような付け焼き刃的な勉強方法で結果が出れば、「次も直前で模試対策をすれば、何とかなるんだな」という悪い学習習慣がついてしまいかねません。
「とりあえず、試験に出そうなところだけを付け焼き刃でもいいから、やっておけば得点が取れるんでしょ」という姿勢は、全く意味がありません。
本来、模試の狙いの一つは、「どこが出来ていないのか?」弱点を把握することです。長年の経験上、中学受験の模試の場合には平均点が5~6割ぐらいに設定されているところが多く、絶対に出来ないところがあるものなのです。復習を目的にせず、ただ点数をあげること自体が目的になっていては意味がありません。
■模試は「学習計画」と「得意・苦手の把握」のためにある
また、仮に結果が良くて上位クラスに入れたとしても、模試の結果と実際の学力に差があれば意味がありません。入塾前は「正しい学習習慣をつけたいんです」「勉強のやり方を身につけたいんです」という保護者の声は実に多いのですが、いったん塾に入ってしまうと、「○○君には負けられない」「後から塾に入ってきた○○さんに負けるなんて」といつの間にか周りの生徒との競争になってしまうのはあるあるです。目的を見失ってはなりません。
では、親はどういう姿勢で向き合うべきなのでしょうか。まず、模試の役割を2つに絞っておくと、地に足のついた対応ができると思います。
【①模試があることによって、学習計画が立てやすい】
模試は日程とともに範囲も公表されているはずです。「この日までに何をやれば良いのか?」と計画を立てられるのは大きなメリットです。ただし、苦手単元が多い回や学校行事で忙しい時期など、計画通りにできないことも想定しておくと良いでしょう。
【②得意単元と苦手単元の把握】
どこができていて、どこができていないかを把握するのが模試の意味です。あまりにも順位や偏差値を気にされる方には、英検や数検を例に説明することがあります。それらは基準点が取れれば他人の成績にかかわらず合格となります。模試自体を、入試本番に合格点を取るための情報の宝庫として捉えると良いでしょう。
■「本番で合格最低点を取れば良い」と割り切る
例えば、塾に途中入学した生徒が、それまでに出題されていた単元を確認するため、または模試に慣れていないために購入するためなど、狙いが明確であれば過去問購入を否定はしません。ただし、「合格する」という目的と「模試の成績を上げる」という手段を混同しないことが最も大切です。
“どんな手段を取っても良いから子どもに良い成績を取ってほしい”という焦りが生じることは理解できますが、方法によっては諸刃の剣になる可能性があります。成績向上に裏技は存在しません。(それが難しいのですが)結局はやるべきことをやるしかない、と割り切ることが成功の秘訣だと思います。
私が相談された際に伝えているのは、「親は管理監督者ではない、応援団長だ」というスタンスです。模試結果に敏感になって細かく口出しし始めると、お子さんは「やらされている」と感じます。必要なのは「やる気」を求めることではなく、勉強を習慣化する心がけです。
実際に私が過去に教えた生徒の中にも「親を喜ばせたい」「親から怒られたくない」という気持ちが強くなり、親の目を第一に気にしている子がいました。これでは前向きに取り組んでもらう姿勢につながりにくくなります。
■「成績の悪い友人」を馬鹿にしたら厳しく叱る
そのためには、親自身の見直しも必要です。今回のケースで言えば、SNSなどの情報を鵜呑みにしないことです。極端な事例ばかり見ていると、不安ばかり大きくなっていきます。疑問や不安を感じたら、まずは遠慮なくお通いの塾の講師か家庭教師などに相談、尋ねるほうが確実かもしれません。
そして、お子さんへの接し方にも工夫が必要になります。私は子どもの体調やメンタルを最優先に考えるべきだと考えていますが、「成績が良くない友人を馬鹿にするような言動は厳しく叱ってください」と伝えています。お子さんは親の価値観に影響されやすいからです。
親のスタンスを示しておけば、「偏差値をあげる」が目的になるのを防ぐだけでなく、塾友との人間関係の悪化も防げます。勉強ができる生徒が良くて、そうでない生徒はダメという一面的な見方を伝えてしまうのは、将来的にもおすすめできません。
■「スマホの画面」を見ているだけではわからない
ぜひ一度、保護者の皆様も模擬試験でどんな問題を解いているのか眺めてみる、時間が許せば試しに解いてみることをオススメします。「こんな難しいものをやっているのか?」という気づきを得るはずです。これがお子さんへの優しさにつながり、「こんな難しい問題、よくできたね!」と本心から言えるようになりますから、自然と子どもの笑顔とやる気につながっていくでしょう。
塾で教えていて感じることですが、実際のところ、大半のお子さんは真剣に模試を受けています。学習は「インプットとアウトプットの両方が大切だ」と言われますが、授業でインプットしたことを模試でアウトプットすることで学力がつくという効果を実感しています。特に知識の定着には大きな威力を発揮します。模試自体に意味はあると考えます。
「過去問を買ってでも成績をあげたい」という気持ちはお子さんの合格を思うがゆえかと思います。しかし、難関校に合格した○○さんの事例などは、その子にしか当てはまらない一つのパターンに過ぎません。深入りするほど、「同じ学校に合格した○○さんと比べてうちの子はこれができていないんです」「成績が上がった生徒と比べると、うちの子はまだまだで、どうしたら良いでしょうか」という不安や不満が、どんどん積みあがっていく可能性があります。
「大事なことは、スマホの画面ではなく、子どもの表情にある」
受験の主人公は親ではなく、あくまで子どもです。これが、中学受験、はては子どもと向きあうときの鉄則なのではないでしょうか。
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渋田 隆之(しぶた・たかゆき)
国語専門塾・中学受験PREX代表
教育コンサルタント・学習アドバイザー。神奈川大手学習塾で中学受験部門を立ち上げ、責任者として20年携わる。毎年、塾に通う生徒全員と直接面談を実施。保護者向けにも、ガイダンス、進路面談、カウンセリングを担当し、これまで関わった人数は2万人以上にのぼる。日々の思いを綴るブログ「中学受験熱血応援談」は年間100万件以上のアクセスを獲得している。2022年7月に中学受験PREXを立ち上げ、現在も継続して中学受験の最前線に立ち続ける。国内最大の受験人数を誇る首都圏模試センターの中学受験サポーターも歴任し、中学校と受験生の橋渡しとなる情報提供を日々行っている。一番大切にしていることは、ご縁があり指導することになった子どもたちとご家族のために、誠心誠意、ベストを尽くすこと。著書に『中学受験 合格できる子の習慣 できない子の習慣』(KADOKAWA)、『2万人の受験生親子を合格に導いたプロ講師の 後悔しない中学受験100』(かんき出版)、『親の声掛けひとつで合否が決まる! 中学受験で合格に導く魔法のことば77』(KADOKAWA)がある。
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(国語専門塾・中学受験PREX代表 渋田 隆之)