※本稿は、平松類『それってホントに老化のせい?』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■近くのものが見えづらいと感じたら
近くのものが見えにくくなると、いよいよかと年齢を感じます。
また、朝は比較的見えやすいのだけれど、夕方になると急に見えにくくなって困るという人がいます。一日で年を取るわけでもないのに不思議な現象です。
目のピントを合わせるためには、物を見るためのレンズである「水晶体」の厚みを変化させる必要があります。水晶体の厚みは、毛様体筋という筋肉によって変化します。
具体的には、近くを見る時に、筋肉がギューッと縮むことで水晶体が厚くなります。すると手元にピントが合い、筋肉が緩んで伸びると水晶体は薄くなって、遠くが見えるようになるのです。
つまり、筋肉がちょうどよく働いてくれれば、いつでもピントが合うわけです。
朝は眠っていたことで目の筋肉の緊張が緩んでいるからピントが合いやすく、夜は筋肉が疲労しているのでピントが合わせにくくなる。だから、朝と夜では見え方が違ってくるのです。
もちろん、朝と夕方の違いだけではなく、年齢を重ねると目の筋肉にも影響が及び、近くのものにピントを合わせるのが難しくなってくるのは事実です。しかし、この筋肉は20代から徐々に衰えてきています。
■20代でも老眼が増加した背景に「スマホ老眼」
とくに最近は、「スマホ老眼」と言って、かなり若いうちからピント調整が難しくなる人が増えていて、20代でも老眼と呼べる状態の人が多くなっています。
スマートフォンを手元で長時間見ているために、目の筋肉の緊張を無理に続けているからです。
同じ姿勢を続けていると肩こりが起こるように、ピント合わせのための筋肉の緊張が続くと痙攣が起こります。結果としてピントを合わせる機能が落ちてしまい、20~30代で老眼鏡をかける人が増えているのです。
20~30代の人に「老眼鏡をかけましょう」と言うと「私はまだ老眼の年齢ではありません」と言われます。確かに「老」という年齢ではありませんから、当たり前の感情で、要は老眼という名前が悪いわけです。ピントの調整力が低下しているだけで、年齢は一つの要素でしかないのに「老」という字のために勘違いを生んでいるのです。
とはいえ、見えにくいものをそのままにしておくと、仕事はもちろん、読書やスマホの操作など、日常生活に支障をきたします。
■抵抗がある人こそ、早めにメガネを作るべき
でも老眼鏡には抵抗がある、という人もたくさんいらっしゃるでしょう。その気持ちは理解できます。
早めにメガネをかけ始めないと、いずれ日常生活のさまざまなシーンで、メガネをかけたり外したりしなければいけなくなるのです。
メガネをおでこの上に乗せておくとか、近くのものを見るたびにメガネをかけ直すというのは、年齢を感じさせる仕草です。あれをしないためには、手元が見づらくなったら、すぐメガネを作ることが有効なのです。
老眼鏡というのは手元を見るためのメガネです。
普段の視力が良い人は、手元を見る時にだけ老眼鏡をかけるかもしれません。しかし、もともと近視のある人はもちろん、もともと目の良かった人も、年齢を重ねて通常の視力が悪くなってくると、遠近両用のメガネを使用する必要が出てきます。
昔の遠近両用メガネは2枚のレンズを重ねた仕様になっていて、遠近両用のメガネをかけていることが誰の目にも明らかでしたが、今の遠近両用は性能が良くなっています。遠近のレンズの境目がわからず、遠くから近くまでばっちり見えるのです。
■「見えなくなるぎりぎりまで我慢」は絶対ダメ
ただし、ここには落とし穴があります。「手元用のメガネは、まだかけたくない。
かけた瞬間はクラクラ、時間が経っても慣れなくて「遠近両用はかけられない!」と拒否することになってしまいます。
すると手元は手元用のメガネ、遠くは遠く用のメガネと、2種類をかけ分けるしかなくなります。
結果として、手元の本を読む時にメガネをかけ替えるようになり、老眼鏡をかけていることが、はたから見てバレバレになってしまうのです。
しかし、早い段階で弱い遠近両用のメガネをかけておけば度数がきつくなっても徐々に慣れることができますから、無理なくかけられます。メガネをしたまま遠くも近くも見えているので、周囲からも手元が見えにくくなっているとは気づかれません。
周囲に気づかれなくても「メガネはどうしても嫌」という場合は、遠近両用のコンタクトレンズもありますが、これも早いうちから使わないと、視力を合わせるのが難しくなり、思うように使えなくなってしまいます。
「老眼になったと思われたくない」人こそ、逆に早めにメガネやコンタクトをしたほうがいいのです。
■視界にゴミがみえたらどうするか
もう一つ、よくある目の症状についてです。
物を見ている時に、黒っぽい虫のようなもの、紐のようなもの、雲のようなものが視界に見える。目を動かすと、見えているものも同じ方向に揺れるので、まるで蚊が飛んでいるように視界のなかを横切るために、こうした症状を飛蚊症と呼んでいます。
「でも私は黒くなくて、透明でカエルの卵みたいだから飛蚊症ではないのでは?」と質問される人もいますが、見え方は人それぞれで、いずれも飛蚊症の症状です。
とくに白い壁や、明るい電灯のもとや、空を見上げた時などに気づくことが多いと思います。
年齢によって飛蚊症の症状は少なからず出てくるものではあるのですが、若い人でも見える人は見えます。
10代で見える人もいます。とくに近視の人はなりやすい傾向が高いようです。
では、なぜ、余計なものが見えてしまうのでしょうか。
眼球のなかには、硝子体という透明のゼリー状のものが詰まっています。成分はほとんどが水分で、そこに少しだけ線維が含まれています。この線維が水分と分離してふわふわと浮遊し、その影が視界に入るのが飛蚊症の正体です。
飛蚊症の人のうち数%ですが、目の奥の出血や穴が開いているなどの病気が予測されるので、一度は眼科でチェックを受けてください。
それで、大きな問題がなければ、基本的には、気にしなくていいのです。というのも、飛蚊症の症状は、気にするほど気になってしまうものだからです。
■ちょっとした体の変化や不便さを「気にしない力」を
よく患者さんにも説明するのですが、金網やネット越しに野球を見ていたり、網戸を通して外の景色を見ている時のことを想像してみてください。
「邪魔だな」という気持ちが優先して、脳が近くにある邪魔なものにばかり気を取られてしまうからです。でも、一度気にしなくなると、金網やネットを気にせずに普通に野球を見ることができますし、外の景色が目に入ってくるようになります。
ですから、眼科で検査して悪いものではないことがわかったら、放っておくのが一番です。もちろん手術で治すこともできますが、かなり危険度も高く、手術するような悪いものではありません。
明るく前向きに生活するためには、「気にしない力」が大切です。
「適応力」とも言えますが、それよりも、ちょっとした体の変化や不便さを気にしない。そうすると、案外、うまく受け流すことができます。
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平松 類(ひらまつ・るい)
眼科医 医学博士
愛知県田原市生まれ。二本松眼科病院副院長。「あさイチ」、「ジョブチューン」、「バイキング」、「林修の今でしょ! 講座」、「主治医が見つかる診療所」、「生島ヒロシのおはよう一直線」、「読売新聞」、「日本経済新聞」、「毎日新聞」、「週刊文春」、「週刊現代」、「文藝春秋」、「女性セブン」などでコメント・出演・執筆等を行う。Yahoo!ニュースの眼科医としては唯一の公式コメンテーター。
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(眼科医 医学博士 平松 類)