■「暑すぎるから」ではない急速な海離れの理由
暑すぎて長すぎる夏の影響なのだろうか。「海が好きだ」という日本人が減っている。日本財団「『海と日本人』に関する意識調査 2024」によれば、2019年に57%だった人数割合が2024年には44%まで急減している。「海は大切な存在である」と答える人はほぼ横ばいの69%なのに対して好意度だけが減っていると同調査は分析している。
「この1年間で一度も海を訪れていない人」は2024年には52%に達した。2019年(33%)比で19ポイントもの増加だ。四方を海に囲まれた日本なのに、多くの日本人が海からどんどん遠ざかっていることがわかる。
なぜ海に行かないのだろうか。筆者の予想である「夏が暑すぎるから」「日焼けしたくない」などは理由の上位に入らなかった。一番の理由は「家から海まで遠いから」、次に「海に行くという発想がそもそもないから」。
■お気に入りの魚屋は海との接点
この調査には希望もある。1つは、高校生などの若い世代。「海が好きだ」「海に行きたい」と答える割合が全世代よりも高く、海水温上昇や海洋ゴミなどの環境問題への認知度や解決行動への参加度も高い。もう1つは、「海が好きだ」と回答した人は44%だが「海の幸を食べることが好きだ」という人は64%にも達すること。同調査では、「食は海が好きな状態になるきっかけとして有効」と提言している。
身近なところで人と海をつなぐ存在が魚屋。海の幸を通じて海の今を教えてくれる。特に、丸魚(丸ごと一匹の魚)を並べていて、その産地や料理方法を親切に教えてくれるお店がいい。何度か通って「こないだのアジはこうして食べたら家族が喜んだ」などと伝えると顔を覚えられて、「今日はこの魚がお値打ちだよ」と教えてくれるだろう。
■ミズカマス1尾100円
「はい、いらっしゃい。今日は夏場に大量に獲れるミズカマス(本名:ヤマトカマス)はどう? 小田原で揚がった新鮮なのがたくさん入っているよ。ミズカマスはホンカマス(本名:アカカマス)に比べるとスレンダーで小さい。脂も少なめ。値段はアカカマスの半値以下だよ。だから、たっぷり食べられる」
ここは鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ(以下、マルカマ)」。マグロやサーモン、ブリ、サバなどの大きくて脂がのった魚だけに人気が集中する傾向に異を唱えるのが、同店のアドバイザーで元水産庁職員の上田勝彦さん。たいていの魚には適切な料理法があり、その個性を味わうのが魚食の真髄なのだと上田さんは語る。合言葉は「魚に貴賎なし」だ。
その名の通り水っぽくて柔らかいのがミズカマス。鮮度が良いものを買ってその日のうちに料理して食べてしまいたい。上田さんがまずおすすめするのがフライだ。筆者はこの日にマルカマで買ったミズカマスは1尾100円。5人で食べる予定なので20匹購入。1人4尾もあれば十分なおかずになるし、懐もさほど傷まない。
「開いて丸ごと揚げて食べるなら、ミズカマスのように肉が薄めの魚がいい。肉厚の魚だと衣と肉のバランスが崩れて、揚げ物ならではの歯触りも悪くなるからね。鱗と頭を取ってから背開き(背ビレ側から開くこと)にして、塩コショウはごく薄く振る。菜箸でかくと谷ができるぐらいのかたさに溶いた薄力粉に馴染ませて、パン粉をつけてあげてごらん。ミズカマスのうまさがよくわかるよ」
魚のフライには卵は使わないのが上田さん流。衣に卵を入れると油や湿気を吸ってしまいやすくなり、魚の味もぼやけてしまうのが理由だ。
■うまみたっぷり、調味料は少な目でOK
フライの次に上田さんがすすめてくれたのが、前回のイトヨリ記事でも実践した酢締め。この魚も皮が酢に当たることによって柔らかくおいしくなるらしい。水っぽいミズカマスは三枚におろして腹骨を切り除いたら、塩をまぶして30分ほど置くと水分が出てほどよく引き締まり、うまみも凝縮する。塩を洗い流したら、昆布と酢を入れたバットに浸してさらに1時間。
「ミズカマスには白身魚のうまみがたくさんある。砂糖やみりんを加える必要はないよ」
浸し終えたらよく拭いて血合い骨を抜く。ワサビ醤油で食べよう。細く切って水にさらした新ショウガも合うという。
3品目は「チシャなます」。チシャとはレタス類の総称だが、この料理にはロメインレタスかサンチュを使うといいらしい。
「肉や魚を細かく刻んで塩と酢で和えたものを“なます”と言うね。
後ほどの実践ではサンチュを使ったが、よく冷やすという上田さんのアドバイスを忘れてしまった。しかも、和えてから30分ほど経過してサンチュはしんなり。それでも十分においしかったので、夏のうちにもう一度試してみたい。干物をほぐしてもいい味の和え物になる気がする。
■「山家焼き」の3段活用で料理は流れるように
ミズカマスの料理実践と試食用に台所を貸してくれたのはやはり前回記事と同じ杉並区在住の友人一家。大学生の長男くんは慣れない台所で悪戦苦闘する筆者を手伝ってくれた。大学では観光学を学んでいる彼は、旅行先などで見知らぬ人から話しかけられることが多いらしい。そういえば、彼の父親(筆者の友人)も若い頃から妙に人に好かれるタイプだ。淡々としているようで気が利いて親切なところが老若男女の心をつかむのかもしれない。
「酢締めはさっぱりと食べられて夏にいいですね。
20歳にして通なコメントをする長男くん。酒の味がわかるようになったら、ぜひ日本酒とも合わせてみてほしい。酢締めを口に含んでから日本酒を飲むと味が変わって面白いよ。
この家庭では揚げ物の調理がNGだったので、フライ用に開いたミズカマスは「たたき」や「なめろう」にすることに。上田さんが「ミズカマスはコラーゲンの多い魚なのでなめろうにも向いている」と教えてくれたのだ。魚を細かく刻んでショウガや大葉、ネギと混ぜる「たたき」、それに味噌を加えて粘りけが出るまで包丁でたたいて作る「なめろう」、なめろうを大葉にのせてフライパンで焼く「山家(さんが)焼き」の3段活用だ。アジやトビウオでも習って実践した料理なので、緊張せずに作れた。
■なめろうは味噌ではなく塩が正解
「味噌と薬味の相性が良くて、日本酒にもご飯にも合いますね。でも、魚よりも味噌が際立ってしまっている気がします。味噌を減らすと味に力強さがなくなるのでしょうか。難しいところですね」
グルメで酒飲みの奥さんが鋭い指摘をしてくれて、上田さんからは「ミズカマスは味噌ではなく塩でなめろうにするといい」と言われていたのを今さら思い出した。アジなどの青魚が持つ独特のにおいを味噌で隠す必要がないのだ。塩だけならばミズカマスの味わいを存分に生かせたのに、今回は忘れものばかりだな……。暑さのせいにしておこう。
■高校生の次男が「うまっ」
なめろうの失敗を挽回してくれたのが山家焼き。加熱することで味噌の香りが和らぎ、ミズカマスがふっくらとなり、そのうまみを香ばしく味わうことができた。
このなめろうを氷水で溶いた「水なます」がヒット! 人見知りだけど魚好きだという高校生の次男くんが「うまっ」とつぶやいたのを筆者は確かに聞いた。何事にもうるさくない友人も「冷たく飲めてすごく美味しい。出汁を感じるけれど臭くない。魚が新鮮なのがポイントなのかな?」と珍しくコメント。よほど気に入ったのだろう。
この水なますは、上田さんの著書『ウエカツの目からウロコの魚料理』(東京書籍)では、水と氷を入れてから混ぜてから味噌を溶いて味をととのえる、と書かれている。でも、なめろうの段階で味噌を入れすぎた場合は不要だろう。味噌を加え忘れたおかげで、ミズカマスのうまみを感じられる上品な味わいの水なますになった。
最後に出したのがチシャなます。和え方が下手だったのか、奥さんは「味にバラつきがある」とまたしても鋭い指摘。ただし、味はしっかりほめてくれた。以下、後日に友人経由で送られて来た感想メッセージである。
■翌朝、おにぎりに変身
焼いた香ばしさに、味噌のコクとサンチュのさっぱり感がよく調和しており、食べやすい一皿でした。ほぐした身は野菜とよく絡み、食感の違いも楽しめました。オリーブオイルを加えると、身がしっとりとしてさらに野菜になじみやすくなり、風味が豊かに!
酢締め、たたき、なめろう、山家焼き、水なます、そしてチシャなます。さすがにお腹いっぱいでチシャなますは少し残った。翌朝、「ワカメご飯の素を少し混ぜたおにぎりした」とLINEで写真が送られて来た。1尾100円のミズカマスたちも大いに成仏したことだろう。
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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター
1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。
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(フリーライター 大宮 冬洋)