※本稿は、橋本真里子『感情の作法』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■イラッするのは「馬の脳」のせい
どんなふうに安定した感情を身につけるかを知るためには、なぜ私たちがイラッとしてしまうのかを知ることが近道です。
イラッとしてしまう理由は、脳の仕組みにあります。
人間の脳は、大きく3つの部分から成り立っているといわれています。
中心にある脳幹は、呼吸や体温調節など、生きていく上で最低限必要な機能を担っています。より原始に近いことから「爬虫類の脳」ともいわれます。
脳の一番外側にある大脳皮質は「人の脳」といわれ、言語や記憶、思考を司っています。物事を理論的に考えたり、感情をコントロールしたりするのは、この中の前頭前野の役割です。
そして喜怒哀楽の感情を司るのは、真ん中にある大脳辺縁系という部分で、「馬の脳」ともいわれます。とりわけ怒りや不安、恐怖などを感じた時、この中にある扁桃体という部分が強く反応します。
■怒りは本能的なものでコントロール不可
脅威を感じると、私たちは怒りや恐怖でいっぱいになり、理性はどこかに吹き飛ぶようにできています。
なぜなら、野山で熊やライオンに出くわしたら、理性的に考えているヒマはありません。まず非常態勢に入って、戦うか逃げるかしなければならない。そのため「馬の脳」をフルに活動させて、恐怖や不安などの「指令」を全身に発する。そうすることで生き延びてきたからです。
その名残りで、今でも私たちは、脅威を感じると、扁桃体が過剰反応して、理性的な判断をする前に怒りや恐怖に支配されます。これを「扁桃体ハイジャック」といいます。
嫌なことを言われた時カッとなってしまうのは、攻撃を受けたと感じて扁桃体が反応するからです。
感情のコントロールが難しい理由は、ここにあります。
怒りや恐怖などの感情は本能的なものです。
意志の力でコントロールできるものではないのです。
だからこそ、「イラッとするのはいい、ただバレないようにする」という感情の作法が大事になるのです。
■最善策は「相手から離れる」だが…
脳の仕組みを理解すると、イラッとした時は、まず「一歩引いてみる」ことが大切だとわかります。
目の前に敵がいると、扁桃体が暴走して怒りを感じてしまう。ということは、嫌な相手から離れれば戦闘モードは解除されるということです。
一番いいのは、相手から物理的に距離を置くことです。
たとえば上司から怒られた時、相手の姿が見えず、声も聞こえないところに移動すれば、イライラは少し収まるはずです。
でも、なかなかそんなわけにはいきませんよね。叱られている最中にいきなり席を外すのは現実的ではありません。
では、どうすればいいのか。
おすすめしたいのは、イライラした感情から距離を取ることです。
イラッとした時、私たちは扁桃体ハイジャックのせいで、イライラした感情から目を離せなくなります。
その衝動の通りに、強い言葉でやり込めれば、一時的にすっきりするかもしれません。でも相手は、さらにカッとなって言い返してくる可能性が高い。売り言葉に買い言葉で、エスカレートしていく一方です。
■いまの自分を俯瞰して観察・分析する
そこで、自分の気持ちを「外から眺めてみる」のです。
よく、マンガなどで、将軍が腕を組んで高所から戦闘を見下ろしている場面がありますよね。あのイメージです。
戦場の只中にいると、どこから槍が飛んでくるかわかりませんし、全体を俯瞰することもできません。
なので、まずは戦場から退却して、安全地帯に避難する。そうすれば戦況を冷静に分析して、有利にことを進められます。
イラッとした時、その気持ちを味わいつづけているのは、いわば「感情のリング(ボクシングなどのリング、戦闘場です)」に上がっているようなものです。
相手と同じリングに立ちつづけるからイライラが持続するし、ダメージも大きい。そんなことを続けても自分が傷つくだけです。
まずは、いったんリングから降りてみることで、安定した態度を取ることができるようになります。
では、どうすれば上手にイライラした感情から距離を取れるのか。
具体的なやり方をお伝えします。
■「受け止め言葉」より「かわし言葉」
仕事で、誰かからきつい言葉を投げかけられたとします。
イラッとした時、私たちは心の中で、反射的にこんな言葉をつぶやいているのではないでしょうか。
「ハア?」
「何それ?」
「何を言っているの?」
「意味がわからない」
ある物事に対して、心の中で最初につぶやく言葉を、ここでは「受け止め言葉」と呼びます。
この「受け止め言葉」を「かわし言葉」にすることで、一気に怒りの感情から距離を取ることができるようになります。
心の中でどんな言葉を使うかによって、その後の感情の動き方は大きく変わります。
たとえ口に出さなくても、起こった嫌な出来事を受け止めて、「ハア?」「何それ?」と思うと、私たちの心は自動的にファイティングポーズを取ってしまいます。
すると、心の中では、こんな攻撃的な言葉が続くはずです。
「ふざけないでよ」
「ちょっと、おかしいんじゃない?」
「いいかげんにしてよね」
こうなると、リングに上がって、どこから攻撃されてもいいように身構えた状態。イライラした感情にフォーカスしつづけてしまいます。
■心の中で「ワオ!」とつぶやく絶大な効果
ここで、「受け止め言葉」を「かわし言葉」に変えてみましょう。
イラッとした時、「ハア?」「何それ?」という言葉に代えて、心の中でこんな「かわし言葉」を使ってみてください。
「なんと!」
「そうきたか~」
「ワオ!」
「オッケーオッケー」
怒りを受け止めるのではなく、さらりと身をかわすイメージです。
たとえばボクシングなどでパンチを受け止めるのは力がいりますが、するりと身をかわしてパンチを受けないようにするイメージです。
私は「ワオ!」をよく使います。心の中で、ちょっと大袈裟にリアクションを取るのです。
何かを言われた時、とりあえず心の中で「ワオ!」とつぶやいてみる。するとイライラの気持ちを正面から受け止めずに、物事を客観視する方向に変えていくことができます。
ふざけているように思われるかもしれませんが、効果は絶大です。
心の中で大袈裟に「ワオ!」と思うだけで、この状況をおもしろがる気持ちすら生まれてきます。
■被害者モード、攻撃モードが和らぐ
これは心理学で「リフレーミング(認知の再構成)」と呼ばれる方法です。
リフレーミングとは、物事の見方や意味づけを変えることで、感情の受け止め方を変える技術です。
「ワオ!」とあえて大げさに思うことで、脳はその出来事を「深刻なもの」ではなく「ちょっとしたハプニング」としてリフレーミングしてくれます。すると、怒りの感情が和らぎ、ではどうすればいいかなどの前向きなことを考えやすくなります。
また、イライラしている時は、頭の中が「なんでこんなことに……」という被害者モードや攻撃モードになっていますが、「ワオ!」と思うことでその状況をユーモアでリフレーミングすることもできます。
「なんでこんなことになったの⁉」「最悪だ!」という状況を「なんかマンガみたいな展開だな」とか「もはやネタだな」という目線で捉え直すのです。
すると、視点が「主観」から「観察者」側に移ります。この視点の切り替えが、怒りの熱をふっと冷ますスイッチになるのです。
■イラッとしたことが周囲にバレない
ここでポイントとなるのは、たとえ最初に「ハァ?」と「受け止め言葉」を使ってしまったとしても、その後「ワオ!」と思い直せばいいということ。一度イライラしてしまったとしても、イライラを受け流すことができて、心の中の風景がガラリと変わるのです。
実は、心の中でつぶやく言葉とは、方向指示器のようなもの。この次にくる言葉がどんな方向になるのかは、最初の言葉が決めるのです。
不思議なもので、「ワオ!」の後に「ふざけないでよ」「いいかげんにしてよね」などの怒りは続かないのです。
その代わり、こんな言葉が続くはずです。
「びっくりしたなあ、どうしようかな」
「ちょっと予想以上だなあ」
「ナナメ上すぎない?」
など、イラッとした気持ちとは違う方向に心が動いていく。
言葉を発するのは、その後です。すると、怒りの態度ではなく、「なんでそんなことが起きたんですかねぇ」と質問するなど、安定した態度を取ることができます。
ポイントは、心の中の言葉を変えると、その後に怒らない気持ちがついてくるという順番です。
先に感情を変えようとしても、それは難しいもの。
だから、先に「心の中の言葉を変える」。すると「自然とその後の気持ちが変わってくる」という方法です。
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橋本 真里子(はしもと・まりこ)
起業家
1981年三重県生まれ。トランスコスモス、USEN、ミクシィ、GMOインターネットなど、複数の上場企業にて受付として勤務。11年間で、のべ120万人以上の来訪者対応を経験する中で、現場の非効率に課題を感じ、2016年にディライテッド株式会社(現・株式会社RECEPTIONIST)を設立。来客対応のデジタル化を推進するクラウド受付システム「RECEPTIONIST」は、現在では年間400万人が利用。業界売上シェアNo.1を獲得し、導入企業を拡大している。
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(起業家 橋本 真里子)