■ミクロで見る街、マクロで見る街
【谷頭】以前から感じていたことですが、お互い街が好きで、街のレポートを生業としているのに、視点がまったく違いますよね。
【國友】そうなんですよ。僕は完全に「ミクロ」で、そこにいる個人の生活に興味があります。逆に谷頭さんは「マクロ」で、都市を構造的に捉えていますよね。自分はマクロ視点を持てないので、今日お話しすることで僕が見てきた「点」と、谷頭さんが見ている「線」が繋がるんじゃないかと期待してきました。
【谷頭】光栄です。僕も逆で、國友さんのようにその街に住み込んだり、自分を投げ打って対象の懐に飛び込んだりするのは苦手なんです。ルポライターという仕事に憧れはあっても、自分にはできないなと。
【國友】僕も谷頭さんのように、物事を俯瞰で分析することは苦手なので、お互いにないものを補い合える関係なのかもしれませんね。
【谷頭】まさに。國友さんの新刊『ワイルドサイド漂流記』(文藝春秋)を拝読して、ミクロ視点の面白さを改めて感じました。今や海外旅行もインスタで行き先を決める時代で、「もう未知の場所なんてない」と言われがちですが、この本を読むと「そんなことはないぞ」と。
【國友】ありがとうございます。私も決してあんな旅をしたくてしているわけではないんですが(笑)。
■渋谷・宮下公園は「ホームレスの聖地」だった
【國友】その「ミクロ」な視点で言うと、僕は路上生活者の方と1対1で話す機会が多いのですが、谷頭さんはどうですか?
【谷頭】僕が取材する際は、第三者的な視点を保つことが多いですね。宮下公園の再開発について書いた時も、当事者の声というよりは、当時のメディアやネット世論がどう反応したか、集めて分析しました。
【國友】そもそも、僕らの世代は宮下公園が「ホームレスの聖地」だった頃をリアルタイムでは知らないですよね。
【谷頭】知らないです。年上の東京在住の人に聞くと、一様に「昔は怖くて近寄れなかった」と言います。90年代の渋谷は街自体が荒れていて、宮下公園は覚醒剤の売人がいるんじゃないかと思われるほど治安の悪い場所だったと。それに加えてホームレスの方たちが小屋を建てて公園を占拠していたので、歴史的に見るとあの場所が本当の意味でパブリックな空間だった時期ってないのかもしれないんですよ。
■「MIYASHITA PARK」は成功したと言えるのか
【國友】おじさんにブルセラを売る女子高生の聖地でしたからね。
【谷頭】僕もそう思います。再開発が始まった当初、SNSでは左派層から「ホームレス排除だ」という批判が巻き起こりましたが、個人的にはすごく違和感がありました。特定の人たちが占領してしまっている場所を、公共の公園として整備するのは行政として当然の役割だろうと。
【國友】ただ、問題はその後ですよね。ホームレス排除までは理解できても、その後の再開発自体が成功しているかというと疑問を感じます。
【谷頭】まさに。「MIYASHITA PARK」が本当に成功だったかは、これから評価が決まると思っています。屋上の公園は開放的ですが、夏は暑すぎて機能していません。1階から3階の商業施設も値段が高く、集客に苦戦しているように見えます。今後、ただ渋谷駅の近くにある「デカいだけの場所」になってしまった時、あの再開発は失敗だったと言われることになるでしょう。
■あらゆる空間がビジネス利用されていることへの閉塞感
【谷頭】「MIYASHITA PARK」に木が少ないのも気になります。これは意図的で、木陰のような「隠れる場所」をつくらないことで、管理しやすくするという思想があるのかもしれません。最近の新しい公園は、どこも視界の開けた芝生広場が主流で、ある種の監視的な視線を感じます。
【國友】それは「排除アート」と同じ発想ですよね。ホームレスが寝られないように突起をつけたベンチは、結局、一般の人にとっても座りづらい。誰のためにもなっていない。
【谷頭】建築史家の五十嵐太郎さんも「排除アートはホームレスだけでなく全人類を排除している」といった旨の指摘をしています。疲れても気軽に座れる場所が、東京の街からどんどん減っているんです。
【國友】東南アジアなどを旅すると、路上に誰が置いたかわからない椅子が並んでいて、そこが自然と地域の人の交流の場になっているんですよ。日本でも地方の施設に行くと、何にも使われていない謎の空間があったりするじゃないですか。東京にはそうした「余白」がまったくない。空いたスペースを見つければ、すぐに商業的な意味を持たせようとする。
【谷頭】わかります。電動キックボードのLUUP(ループ)なども、都市のわずかな隙間を見つけてポートを設置していく。シェアリングエコノミー自体は否定しませんが、都市の余白がどんどんビジネスで埋め尽くされている感覚はありますね。
■ホームレスへの嫌悪は「LUUP嫌悪」に近い
【國友】ホームレスの人たちは、まさにそんな都市にできた「余白」に住み着くわけです。僕も『ルポ路上生活』(彩図社)の取材として行った63日間のホームレス生活で都庁の下や新宿、上野、隅田川、荒川河川敷などを転々としましたが、彼らはそうした場所を見つける天才なんですよ。でも、その余白自体が社会から消えつつあります。
【谷頭】そもそも、なぜ私たちはホームレスの人々にあれほどの憎悪を向けるのか。考えてみると不思議です。
【國友】何がそんなに嫌なのか、僕にもよくわかりません。
【谷頭】僕の仮説ですが、彼らが持つ「定住しない」「ルールから逸脱しながら都市をしなやかに使っている」というあり方そのものが、許されなくなっている気がするんですよね。これはLUUPが過剰に批判される現象と似ているように感じます。
【國友】LUUPですか?
【谷頭】はい。LUUPユーザーのマナーは確かに悪いですし、危険性もある。また、政府による拙速な規制緩和など、非難される理由はよくわかります。一方、LUUPを批判するのであれば、そもそも自転車も同様に危険ですし、数も自転車の方が多い。LUUPに対する異様な叩かれようを見ると、やはりそこにはそうした論理的な批判以上の、どこか感情的なものがあると思います。
それは一体なんなんのだろうと考えたんです。そのとき、あれは、LUUPに乗る人たちが持つ「都市を悠々自適に使いこなす」軽やかさに対する、ある種のルサンチマン(嫉妬や恨み)ではないかと思うんですよね。いや、推測ですけどね(笑)。ホームレスの人々に対する嫌悪も、この構造に近いのかもしれません。都市を自由に使うことへの不寛容さが、社会全体に広がっている気がします。
【國友】都庁の下で暮らすホームレスの中には、東京都の無料wi-fiを使ってYouTubeを見ている人もいます。そういう姿に私は感心したり感動したりするタイプなんですが、たしかに都市を悠々自適に使いこなしていますね。
■公共空間は「自由な場所」から「皆がルールを守るべき場所」になった
【國友】『ワイルドサイド漂流記』に、放置された駐車場に住み着いてゴミだらけにしてしまったホームレスの話を書きました。さすがに「それはダメだろう」と思うのですが、もし彼が公園に住んでいたら、拒否感は僕になかったかもしれない。でも世間的には「公共の場だからホームレスも住んでOK」ではなく、「公共の場だからこそホームレスは住んではいけない」になりそうじゃないですか。
【谷頭】それは「公共」という言葉の捉え方が変化しているからでしょうね。かつてパブリックな空間は「多様な人々が自由にしていい場所」でしたが、今は「誰もがルールをきっちり守るべき場所」という認識が強まっているんですよ。その結果、池袋の公園が再開発で綺麗になると若者やファミリー層は集まるけれど、元々そこにいたおじさんやホームレスは居場所を失ってしまうわけです。
【國友】いわゆる「選択と集中」が行われているわけですね。
【谷頭】そうです。価値観がバラバラになった現代で、すべての人を満足させる公共空間をつくるのは、もはや不可能に近いです。その矛盾の煽りをもっとも受けているのが、ホームレスの人々だと思うんですよね。
■都市から余白と面白さが失われている
【國友】僕自身、もし家を失ったら路上ではなく生活保護を選びます。彼らがなぜ路上での生活を続けるのかは謎ですが、そこまでして選んでいるのなら周りがとやかく言うことではないのかもしれないとも思ってしまいます。ただ、公共の場を勝手に寝床にしているわけなので、行政に「どいてほしい」と言われたらどかないと。別の場所を探せばいいわけで。
【谷頭】SNSの台頭で、誰もが低カロリーで他人にいちゃもんをつけられる「おせっかい」な社会になってしまいました。ホームレスの問題は、彼ら自身の問題であるはずなのに、無関係な人々が自己責任論を振りかざして断罪する。その不寛容さが、都市から「余白」と「面白さ」を奪っているのかもしれません。
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國友 公司(くにとも・こうじ)
ルポライター
1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。キナ臭いアルバイトと東南アジアでの沈没に時間を費やし7年間かけて大学を卒業。編集者を志すも就職活動をわずか3社で放り投げ、そのままフリーライターに。元ヤクザ、覚せい剤中毒者、殺人犯、生活保護受給者など、訳アリな人々との現地での交流を綴った著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて6万部を超えるロングセラーとなっている。そのほかの著書に『ルポ路上生活』(KADOKAWA)『ルポ歌舞伎町』(彩図社)がある。
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谷頭 和希(たにがしら・かずき)
ライター
1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。
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(ルポライター 國友 公司、ライター 谷頭 和希)