TBS系のドラマ・日曜劇場「19番目のカルテ」の視聴率が堅調だ。医療ジャーナリストの木原洋美さんは「主演の松本潤さんが総合診療医を演じている。
患者に寄り添う姿が印象的だが、このドラマにはもっと重要な意味がある」という――。
■松潤が演じる「総合診療医」
「嵐」の松本潤が「総合診療医」を演じるTBSのドラマ・日曜劇場「19番目のカルテ」(毎週日曜午後9時放送)は、日本の現代医療に不満や不安を感じる全ての人に観てほしいドラマだ。
というのも、筆者も含め多くの日本人は「我が国の医療は、技術の高度さ専門性ともに世界トップクラスにある」との誇りを持っているが、一方で、いざ自分や家族が体に不調をきたし、病院を受診しようとする時、内科、整形外科、婦人科、循環器科、呼吸器内科、消化器内科など極めて細かく診療科が分かれているため、「何科を受診すればいいのか分からない」と迷った経験を有する人は少なくない。
さらに、実際に病院を受診してみたが不調は一向に改善せず「どこの病院で診てもらっても診断がつかない」あるいは「何をやっても治らない。私は本当に○○病なのか」など、“謎の病気”に苦しんだり、諦めたりしている人は驚くほど多いのだ。
そうした中、登場したのが「総合診療医」だ。診療科の枠を超えたスキルを持ち、特定の臓器にとらわれず、患者の“人となり”や生活背景も含めた全体を診る「全人的医療」を担う。制度上の「専門医」が18の基本診療領域に分類されていた2018年、新たに19番目の領域として加わった。
だが、制度が始まってから7年目を迎える現在も、全国の専門医数は未だ1000人未満と少なく、都道府県によっては、医療圏ごとにすら配置されていない現状がある。
■病名を突きとめ、適正な医療へとつなぐ
7月13日に放映された第1話でも、松本演じる総合診療医・徳重(とくしげ)晃(あきら)は赴任早々、周囲から「総合診療医? 何それ」「他科の診療に口出しするなよ」的な扱いを受けるが、まったくめげることなく飄々(ひょうひょう)と診察にあたり、原因不明の全身痛に苦しむ黒岩百々(仲里依紗)の病名を突きとめ、適正な医療へとつなぐ。
黒岩の“謎の病気”の正体は「線維筋痛症」だ。
線維筋痛症は、全身に激しい痛みが起こる全身的慢性疼痛疾患で、人口の1.66%、約200万人の患者がいると推定されている。
原因は不明で、画像診断などでは異常がなく、検査法も確立されていないことから診断が非常に難しいため、患者は診断がつくまで、何年にもわたり何カ所もの医療機関を渡り歩いているケースが多い。
第1話の患者・黒岩百々もそうだった。
■ドラマ制作に協力した患者の実話
デザイナーの黒岩は、上司の過剰な欲求や期待にボロボロになりながらも、大好きな仕事に打ち込んできた。しかしある日、原因不明の全身痛に襲われる。いくつもの病院や診療科をめぐり診察を受けるが、検査をしても異常は見つからない。
処方される薬も全然効かないし、休養に努めても何も変わらない。座っているだけでも痛い、体が震えるほどのつらさを医師に訴えても「ストレス」「気のせい」と片付けられ、会社では「ずる休み」「本当は陰で転職活動をしているのでは」と疑いの目を向けられる始末。
追い詰められ、トイレでうずくまり、嗚咽する。
そんな中、徳重の丁寧な問診と鋭い観察眼により、黒岩の症状が「線維筋痛症」であることが判明する。「やっと病気だって言える」と涙を流す百々に、徳重は「頑張られたんですね」「僕は信じています」と優しく声をかけた。
仲里依紗の迫真の演技に、SNS上では、「線維筋痛症」患者を始め、原因不明の病に苦しむ人たちから、「仲里依紗さんが自分と重なって涙が止まらなかった」「トイレで泣く姿は自分を見ているようだった」「何年間もドクターショッピングして、どの病院でもどの医者にも原因不明と言われた」「生きているだけで全身が痛いのに誰にも分かってもらえなかった」など共感と称賛の声があふれた。
■「気のせい」とあしらわれ、同僚から理解されなかった
実は4月、筆者は本作で監修を務める生坂政臣氏の依頼を受け、制作陣に線維筋痛症の患者を紹介した。
生坂氏は千葉大学医学部附属病院の総合診療科を立ち上げ、現在は一般社団法人日本専門医機構で総合診療領域の担当委員長として制度運営にも関わっている。
線維筋痛症とはどのような病気なのか、発症時から現在まで、つらい経験を包み隠さず明かしてくれたYさん(40代)は、かつて金融機関に勤めていた。きっちりと膝を揃えて座り、目を見て、言葉を選びながら静かな声で話す様子からは、真面目で誠実な人柄がうかがえた。
始まりは、風邪のような発熱だった。寝込んだ後、全身を針で刺されるような激痛に襲われる。一体、自分の身体で何が起きているのか。病院を回り、さまざまな検査を受けたが異常は見つからない。痛み止めも全く効かない。だが見た目は健康、検査も異常なし。医師たちからは「気のせい」と冷たくあしらわれ、職場からも「病気じゃないんだよね」と理解されない。
退職に追い込まれ、不安に押しつぶされそうになっていた中、慢性痛治療に専門的に取り組む「集学的痛みセンター」*を紹介され、3週間入院。治療を受けたところ症状が好転し、以前より興味があった仕事をパートタイマーとして始めてみた。
現在、痛みはほぼなくなり、新たな仕事に就き、充実した毎日を送っている。
リアリティ溢れるには、過去のYさんが反映されている。
*集学的治療とは、医師、看護師、公認心理士、作業療法士、理学療法士、薬剤師、鍼灸師など、さまざまな専門家がチームを組んで行う治療を指す。
■慢性的な痛みで苦しんでいる人は推計2315万人
筆者がYさんと出会ったのは2021年。近畿地区(大阪府、兵庫県、京都府、奈良県、滋賀県、和歌山県)の慢性痛患者の診療に携わる医療者グループからの依頼で、動画「“痛み沼”にハマった6人~専門的な治療に出会うまでのビフォーアフター~」を制作するためだった。
なかなか周知が進まないが、慢性的な痛みで苦しんでいる人の数は20歳以上の日本人の22.5%、約2315万人と推計されている。多くは、黒岩百々同様原因不明と放置されるか、誤った診断にもとづく効果のない治療を受け続けるなど、つらい思いをしている。耐え難い苦痛に苛まれていることを周囲(医師を含む)から理解されず、心を深く傷つけられている人も少なくない。絶望から死を考える人もいる。
「痛み沼~」は、そのような痛みを抱え、苦悩した末にようやく専門的な治療が受けられる「集学的痛みセンター」にたどり着き、適切な治療を受け、日常生活を取り戻した患者6人と専門医の短いインタビューで構成されている。
■診断がつくのは治療のスタートライン
6人が共通して口にしたのは「慢性痛にかんする正しい情報が少なすぎる」ということだった。未だに2000万人以上もの人が痛みで苦しんでいる事実に社会の目が向かないのは、「慢性痛と急性痛は全くの別物で、原因も治し方も違う」ということを、あまりにも多くの医師が知ろうとしないからに他ならない。

たとえばドラマの中で黒岩は、画像診断や血液検査を繰り返し受けるが、これは急性痛を生じさせている組織の損傷や炎症を探り、原因となるケガや病気を診断するための検査だ。
慢性痛は、原因となるケガや病気が治っても続く痛みなので、これらの検査を受けても異常はみつからない。意味があるとしたら、「痛みの原因はケガや病気ではない(急性痛ではない)」と、見極めることぐらいだ。(ただし、診察の初期段階では、生命にかかわる疾患の有無を判断しなくてはならないので、この見極めは重要だ)
黒岩は、徳重のお陰で、自分の痛みに線維筋痛症の診断名がつき「やっと病気だって言える」と喜ぶ。診断がつけば、ちゃんとした治療が受けられるし、周囲からも病人として扱ってもらえると安堵した気持ちは、痛いほど分かる。
しかし現実には、診断がつくのは治療のスタートラインに立っただけに過ぎない。
■急性痛用の治療は効果がない、難治化のリスクも
慢性痛の名医で知られるペインクリニック内科医の北原雅樹氏は、「診断名がつくことは、たいして重要ではない」と言う。
「なぜなら、線維筋痛症は『原因不明の全身に広がる慢性の痛み』と定義されています。病名が分かっても、病気の原因が分かったわけではありません。こういう病気は実は少なくない。がんの多くも原因不明です。でも治療法や対処法はある」
こう聞くと、「でも正しい診断ができなければ、治療できないってよく言いますよ」と異論を唱えたくなるが。

「診断名が重要なのは急性痛です。診断名が異なると、治療方針も大きく違ってくるからです。でも慢性痛は違います。診断名が異なっても、治療方針はほとんど変わりません。複雑な要因が絡み合って生じているので、集学的に対処していくことが大切なのです」
つまり、線維筋痛症だろうが何だろうが、重要なのは、慢性痛だと判明したら集学的な治療をしてくれる「集学的痛みセンター」のような医療機関にかかること。痛み止め、筋弛緩剤、湿布、電気、手術といった急性痛用の治療は、効果がないばかりか、慢性痛がこじれて難治化してしまう要因になる。
■「日本の痛み治療は20年遅れている」と嘆く医師
実際、北原氏の外来には、「原因不明」あるいは「腰部脊柱管狭窄症」「腰椎椎間板ヘルニア」「変形性膝関節症」「変形性股関節症」等々の診断名のもと、それに応じた治療を受けたがいっこうによくならない、むしろ悪化してしまった患者が次から次とやってくる。
不必要な薬の投与や手術を受け、心身がボロボロな状態になった人も多いという。
以前の取材で筆者が衝撃を受けた症例では、「腰痛を改善したいと大学病院を受診したプロアスリートが、重度でも何でもない側弯症が痛みの原因と診断されて手術を受けたところ、体をねじる動作ができなくなるなどの後遺症となり、競技を引退。自死してしまった」というのもあった。
検査で異常が見つからないのもつらいが、痛みとは関係ない異常を見つけて不要な手術をされるのはもっと怖い。
「日本の痛み治療は、欧米に比べて20年遅れているのが実情です」と北原氏は嘆いている。

■「集学的痛みセンター」の知名度が高まれば…
しかも、線維筋痛症の診断は難しい。事実、原作コミック『19番目のカルテ 徳重晃の問診』(ゼノンコミックス)にも、首をかしげてしまうような情報が複数カ所見受けられた。
監修の生坂氏に問い合わせたところ「原作は総合診療の本質を突いた普遍的な魅力を持つ作品ですが、医学は日進月歩であり、現時点での正しい情報を伝えるために、原作のコンセプトを損なわない範囲でアップデートに努めています」と語っている。
たとえばコミックでは、線維筋痛症と診断した徳重が「膠原(こうげん)病科へコンサルトに出し」「線維筋痛症の治療経験を持つ医師に預けた」とある。確かに以前は膠原病科が積極的に診ていた時期もあったが、現在は、膠原病科は関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患を診察・治療する内科なので、線維筋痛症は専門外ということになっている。
ドラマでは、「徳重が提示した治療方針にもとづき、自宅近くのクリニックで治療を受けることになった」と変えられていた。だいぶ改善されたとは思うが、本来は、集学的痛みセンターに託さなければ、満足の行く治療を受けることはできない。
この件について生坂氏は、「原作に基づいた脚本部分は修正困難なこともありますので、その辺りはご容赦いただききたく思いますが、影響力の大きいドラマになりそうですので、全身痛の患者はすべからくリウマチ・膠原病科で薬物療法を受けるべきと誤解されないよう、とりあえず総合診療科を中心に集学的に診るような流れに作り直しました」とのことだった。
集学的痛みセンターは、大学病院を中心に全国で十数カ所しかなく、知名度も低いので、テレビドラマでは、これが限界なのかもしれない。
■総合診療医をめざすのは全体の3%
残念ながら現在、毎年1万人の医学部卒業生のうち総合診療医をめざすのはわずか3%、300人しかいない。社会的認知度が低い上に、他の診療科から「所詮各診療科のつなぎ役」「幅が広いだけの器用貧乏」などと揶揄されるせいもあるのだろうが、「原因不明の疾患」のゲートキーパーでもある総合診療医が増えないことには、適切な慢性痛医療にアクセスできる患者も増えそうにない。
「19番目のカルテ」で理解度や注目度が高まり、総合診療科を志す若手が増えることを期待している。

監修:

生坂政臣(一般社団法人 日本専門医機構・総合診療専門医検討委員会・委員長)

北原雅樹(横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック内科部長・診療教授)

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木原 洋美(きはら・ひろみ)

医療ジャーナリスト/コピーライター

コピーライターとして、ファッション、流通、環境保全から医療まで、幅広い分野のPRに関わった後、医療に軸足を移す。ダイヤモンド社、講談社、プレジデント社などの雑誌やWEBサイトに記事を執筆。近年は医療系のホームページ、動画の企画・制作も手掛けている。著書に『「がん」が生活習慣病になる日 遺伝子から線虫まで 早期発見時代はもう始まっている』(ダイヤモンド社)などがある。

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(医療ジャーナリスト/コピーライター 木原 洋美)

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