知らない言語が使われている国で、単語の意味を推測するにはどうすればいいのか。言語教育が専門で山口大学教員の山本冴里さんは「単語に隠されたヒントを読み解くことができれば、ドイツ語であってもリトアニア語であっても、簡単な情報であれば推測することができる」という――。

※本稿は、山本冴里『8週間語学の旅 水先案内人はずれっちと様々な言語の海へ』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■ドイツの本屋で「絵本コーナー」を探す方法
多言語が併記されているとヒントが多くて助かりますが、そうでなくても、わかること・わかるときは、多々あります。
こんどはオーストリアからの資料です。ここはウィーンに次ぐオーストリア第2の都市グラーツ(Graz)。図表1は、メインストリートの本屋さんで、入り口近くに置かれていた案内板を模したものです。ここはなかなかの品揃えで建物も大きく、3階建てでした。案内板はドイツ語(オーストリアの公用語はドイツ語です)で書かれています。
みなさんは、親戚の子に「おみやげに絵本を買っていく」ことにしましょうか。さあ、この写真から、見つけだしてください。絵本をさがすためには何階に行けばいいのでしょう?
ヒント
まずは、ドイツ語で「本」はどのように書くかということを推定してください(なお、ヨーロッパの近隣諸国とおなじで、日本式にいう1階=オーストリアでのゼロ階で、日本式にいう2階=オーストリアでの1階、日本式にいう3階=オーストリアでの2階です)。

◆絵本をさがすときには、何階に行けばいいでしょうか。

→2階(日本式にいうならば3階)
■やたらと看板に出てくる「BUCH」に注目
解説
ヒント通り、ドイツ語で「本」は、どのように書くのかということの推定からはじめます。
共通点をさがしましょう。図表2を見てください。
なんども共通して出てくる言葉にマーカーをつけています。そう、“BUCH”です。ここは本屋であることから、“BUCH”は英語でいえば“BOOK”、つまり「本」である、という推定ができます。
では、その次には何をすることが、絵本売り場にたどりつくための鍵になるのでしょうか。
■「BUCH」の前に書籍のテーマが書かれているはず
見つけた“BUCH”は、ほとんどの場合に、「ナニナニBUCH」いうかたちで出ていました。1カ所だけは、“BUCHABHOLUNG”と書かれ、“BUCH”が前にありますが、この1カ所は、もともと看板に書かれているときから線が引いてありましたし、赤字ですので、他とは何かタイプの違ったもの、として理解できます。そこで、これを除外して、他に幾つもある「ナニナニBUCH」を見ていきます。
ここは本屋の入り口の案内板だということを考慮すると、この案内板には、何階にどのような本があるか、ということについて、書かれているはずです。そして、「ナニナニBUCH」は幾つもありますから、どのようなテーマの本か、ということが、「ナニナニ」の部分であるはずです。
そこで、“BUCH”を「本」に置きかえ、一緒に使われている「ナニナニ」を見ていきます。
このなかで、みなさんの知っている英単語に繋がるものはありませんか。
KINDER 本

FACH 本

WORTER 本

SACH 本

TASCHEN 本

HOR 本

GESCHENK 本
■英語の「KINDERGARTEN」を知っていれば推測できる
冒頭の“KINDER”を見てほしいのです。“KINDER”ではじまる英単語を、ご存じないでしょうか。そう、“KINDERGARTEN”です。「キンダーガーテン」とカタカナにすれば、たいていの国語辞書にも載っています。幼稚園のことですね。
“KINDERGARTEN”を、“KINDER”+“GARTEN”(英語なら“GARDEN”=庭)と理解すれば、幼稚園とは、子どもの庭ということになります。英語で、“kindergarden”ではなく「kindergarten」と書くのは、これがドイツ語由来で英語に入った単語だからです。
以上より次の図式が成立し、絵本を買うためには、(絵本は「子どもの本」という扱いになるでしょうから)2階、日本式にいえば3階に行けばいい、ということがわかります。
KINDERGARTEN=KINDER+GARTEN

=子ども+庭
KINDERBUCH=KINDER+BUCH

=子ども+本

■リトアニア語の店の入り口に書かれた謎の数字
リトアニア第2の都市は、カウナス(Kaunas)といいます。日本との繋がりでいえば、戦時中に杉原千畝さんが暮らしていた場所です(現在も、杉原記念館があります)。そのカウナスの大通りや近くの路地には、たくさんの店が軒を連ねていて、散策が楽しいのですが、これは、そのなかで、商品も雰囲気もまったく異なる店の入り口です。

いずれも1階建て、2階建て程度の低い建物でした。「まったく異なる店の入り口」に表示されていた、「低い建物」だったということが、ヒントになりますよ。
◆“DARBO LAIKAS”“Pietūs”とは、それぞれどのような意味だと推定できるでしょうか。

◆このふたつのパネル(図表3)を、日本語に訳してください。

◆“DARBO LAIKAS”“Pietūs”とは、それぞれどのような意味だと推定できるでしょうか。

→「営業時間」と「昼休み」。

◆このふたつのパネルを、日本語に訳してください。

→答えは図表4。
■「営業時間」と「昼休み」を導くプロセス
解説
ふたつの問題に対して、あわせて解説します。
いずれも文字部分はローマ数字で書かれているとはいえ、これはなかなかに手ごわい。どちらのパネルにも日本語や英語でイメージできる言葉はありません。
はじめに書いたように、ヒントになるのは、これが「まったく異なる店の入り口」にあった、いずれも「1階建て、2階建て程度の低い建物」だったという情報です。

まずは、“DARBO LAIKAS”について。どちらのパネルにもでかでかと書かれていますが、ふたつは「まったく異なる店の入り口」にあったので、店名ではありません。
では、ふたつめの看板に書かれた“Pietūs”については? 11.30-12.15という数字は、時間らしく見えますね。ちょうどお昼どきです。
昼休みの時間を出しているとすれば、上の7.30-16.30や、7.30-15.15も時間についてのこと? お店ですから「営業時間」の情報なのでしょうか? 営業時間として、妥当な数字に見えます。でも、もしそうだとすれば、I-IV、Vというのは、何なのでしょう? 低層の建物だったことから、階別の営業時間情報ではありません。
■「時間に関する7つのもの→曜日」と推測
ふたつの看板を比較することで、疑問がぱらぱらとほどけ、氷解していきます。
ひとつめの看板には、I-V、VI、VIIが掲載されています。ふたつめはVまでしかありませんが、これは、ひとつめと重なっている数字で、VIII(8)やらIX(9)やらが出てきているわけではありません。出ているローマ数字は、I(1)からVII(7)までに限定され、時間をあらわしているものとして不自然ではない数字とともに、店の前に掲示されています。
ということは、“DARBO LAIKAS”は、やはり「営業時間」です。看板のローマ数字(I~VII)は曜日を示しているはずです。
また、ひとつめの看板からはさらに、「VIが、I~Vよりも狭い範囲になっていること=おそらくVIは営業時間の短い土曜日であること」「VIIには線が引かれているだけであること=おそらくVIIは日曜日でお店は閉まっていること」、だとすれば「I、II、III、IV、Vは、それぞれ月・火・水・木・金曜日を意味していること」といった一連の読みとりが可能になります。
また、ふたつめの看板について、金曜日であるはずのVの時間が短いのも、休業日なのであろうVI(土曜日)とVII(日曜日)はそもそも書かれてさえいない、ということも納得できます。
■リトアニアでは曜日はローマ数字で表される
また、以上より、私たちは、リトアニア語では、曜日はI~VIIで示すことができる、ということも予想できます。ということは、リトアニア語の曜日は、「1の日」「2の日」「3の日」……というもの、あるいは「1番目の日」「2番目の日」「3番目の日」……のように序数になっているのでしょう。
確認してみましょうか。リトアニア語の曜日、数詞、序数詞を調べてみました(図表5)。
「曜日」の図表のなかで網掛けにした“dienis”の部分は、日本語でいえば「曜日」部分、英語でいえば“day”部分のように共通していますね。それを確認したあとで、次に共通していないパーツを見ていくと、序数詞のほうでビンゴ!でした。VIIは例外ですが(※)、その他はすべて、曜日で「dienis」の前についているものとそっくりです。
(※)ここではVII(7)について「例外」と書きましたが、それはあくまでも、現在の一般的な序数詞が使われているというわけではない、という点での「例外」でした。実際には、日曜日に当たるこの“sekmadienis”も、他の曜日とおなじく、「7番目」を意味する古い言葉(“sekmas”“sekma”)からきているものだそうです。
また、調べる過程で、リトアニア語は性を持つということもわかりました。
「リトアニア語 序数詞」で調べると、女性形はこれ、男性形はこれ、と出てきましたから。とはいえ、日本語、現代英語はともに文法上の性を持たない言語なので、文法上の性というのは初耳というかたも多いかもしれません。
けれども、じつは英語にも、かつては女性、男性、中性の区別があったのです。インド・ヨーロッパ諸語の多くは、現在も文法上の性区分を持っています。ウクライナ語やドイツ語は、女性、男性、中性を区別します。フランス語やイタリア語のように、中性が消え、女性、男性の区別だけが残っている言語もあります。
本書(『8週間語学の旅』)の範囲を超えてしまいますので、文法上の性についてこれ以上は書きませんが、興味を持たれたかたは、ぜひ、目標言語において文法上の性が果たす役割や、その歴史を調べてみてください。そこには、やっかいだけれど興味深い海域が広がっているはずです。

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山本 冴里(やまもと・さえり)

山口大学教員

1979年千葉県生まれ。まだ自分が学んだことのない言語が使われている場所を歩くことが好き。お菓子などの、知らない言葉で書かれたパッケージを解読することも好き。早稲田大学日本語教育研究科で博士号取得後、日本およびフランスの複数の教育機関を経て、現在、山口大学教員。専門は日本語教育・複言語教育で、著書に『戦後の国家と日本語教育』(くろしお出版、2014年)、『世界中で言葉のかけらを 日本語教師の旅と記憶』(筑摩書房、2023年)、編著に『複数の言語で生きて死ぬ』(くろしお出版、2022年)、訳書に欧州評議会言語政策局『言語の多様性から複言語教育へ ヨーロッパ言語教育政策策定ガイド』(くろしお出版、2016年)。

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(山口大学教員 山本 冴里 イラスト=エコーインテック株式会社)
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