■西成は「危ない街テーマパーク」になってしまった
【國友】僕が西成区あいりん地区(以下、西成)に住み込んでいたのは2018年頃ですが、当時はYouTuberなんてほとんど見かけませんでした。それがここ5~6年で爆発的に増え、その結果、西成は「危ない街テーマパーク」になってしまった気がするんです。
【谷頭】それ、めっちゃ思います。面白半分で乗り込んでくるYouTuberたちによって、かつてヨーロッパ人がアフリカ大陸の異文化を珍しい見世物として眺めていたような搾取的な構図が生まれている気がします。ただ、そう思いつつも、自分自身もまた、西成を「消費」しているのではないか、と問い返される感覚はありますね。
【國友】そうなんですよ。僕なんか実際に西成でYouTubeの撮影もしていますし。自分もその一人なんじゃないか、という自問は常にあります。谷頭さんは最近の西成に行かれましたか?
【谷頭】はい。
■ガワだけキレイになり、危なさが失われた
【國友】わかります(笑)。ロビーは綺麗なのに、部屋は何も変わっていない。側(がわ)だけ整えているだけなんです。そして、その「テーマパーク化」がもたらした皮肉な結果として、みんなが「危ないぞ」と騒ぎすぎたために逆に多くの人が訪れ、街が一般化し、本来の「危なさ」が失われてしまったように感じます。でも、街はある日を境に劇的に変わるわけではなく、だんだんと変わっていくものじゃないですか。だから、「この街も変わったな」なんて言いつつ、誰も昔の姿を覚えていない。
【谷頭】『ワイルドサイド漂流記』でも西成の変化に対して抱くそんな寂しさを書かれていましたね。
■都市開発はみな「ファミリー、女性が来やすい場所」をうたう
【谷頭】大阪市が推進している「西成特区構想」の資料を改めて読んでみたんです。そこで重点目標として 「子育て世帯の流入促進」といったスローガンが大きく掲げられているのを見て、正直「え?」と思いました。
【國友】それは再開発の典型的なコンセプトなのでしょうか。
【谷頭】多いです。都市開発でもチェーン店の改装でも、決まり文句のように「若いファミリー層や女性が来やすい場所に」と言うんです。例えば、吉野家がそう。あのピリピリした空気の中で食べる牛丼が魅力だったのに、最近はお洒落な内装でコンセントまで設置されている店舗がある。一体誰が吉野家でリモートワークをするのか、と(笑)。
【國友】僕も一度、壁一面に緑が植えられている吉野家で牛丼を食べたことがありますが、なんだか落ち着かなかったですね(笑)。
【谷頭】西成も、星野リゾートの「OMO7大阪」を誘致したりと、明らかにその方向を向いています。でも、日本全体が人口減少に直面する中で、どこもかしこも同じような「小綺麗な街」を目指して意味があるのか。テーマパーク化して個性を失うと同時に、再開発によって他の街との差異も失われていく。この2つの「均質化」が、今の西成で同時に起こっているように見えます。
■金太郎飴のようなワクワクしない施設ばかりができる理由
【國友】先日タワマンの取材をしているときにある専門家がこんなことを言っていました。「再開発に成功例はない。
【谷頭】僕も半分は共感しますが、半分は「そうも言っていられない」とも思うんです。日本の土地制度は個々の所有者の権利が強く、街全体のグランドデザインを描きにくい。放置すれば空き家が増え、防災上のリスクも高まります。だから、国や大手デベロッパーといった強い主体が再開発を進める必要性も現実問題としてあります。ただ、問題はその結果、金太郎飴のような施設ばかりができてしまうことなんです。
【國友】工事中の段階でどんな風景に変わるのか想像がついてしまって、まったくワクワクしないですよね。
■高層ビルを建てなかった下北沢
【谷頭】だから、僕たちが考えるべきは、さっきの言葉でいうと「失敗しない再開発とは何か」ということです。そのヒントになるのが下北沢の例です。下北沢の再開発は、新しい施設が既存の街にうまく溶け込んでいて、若い人たちが自然発生的にまた集まり始めているんですよ。その最大の理由は、高さ制限です。
【國友】なるほど。
【谷頭】低層の建物が連なると、人は自然と街を歩きたくなるんですよ。下北沢では、小田急電鉄が地元の意見を丁寧に聞き、「チェーン店ではなく尖った個人店を」「高いビルは建てないで」といった声に応えました。その結果、ある種の「余白」が生まれ、街に活気が戻ってきているんです。夜に下北沢へ行くと階段に若い人たちが自由に座って、何をするでもなく時間を過ごしている姿があったりするんです。
■ポテンシャルはあるが、長期的視点が欠ける西成
【國友】その視点で見ると西成には高層ビルがほとんどなく、低層の建物ばかりですよね。つまり、下北沢のように歩いて楽しい街になるポテンシャルはあるような気がしてきました。ただ、今の西成は「チャイナタウン化」がものすごい勢いで進んでいます。今でも3カ月に一度くらいの頻度で西成に行くんですが、そのたびに地上げされた日本人の土地が中国人のものに変わっているんです。
【谷頭】僕が歩いた時も、とにかくカラオケ居酒屋の多さに驚きました。働いているのは中国系の方が多いけれど、お客さんは日本人のおじさんたち、という不思議な光景でした。
【國友】あのカラオケバーは一説によると一帯に約250店舗もあるそうです。でも、最初に西成でこの業態を始めた中国人自身が「こんなにカラオケ居酒屋ばかりあっても意味がない」と嘆いているくらいです。でも、他店の成功を見て集まった同胞たちが、他にビジネスの知恵がないからと次々に同じような店を出し、もはや制御不能になっているんです。
【谷頭】低層の建物があればいいというわけではなく、下北沢のようにいろんな種類の店が入っていることが重要ですよね。現状、低層建築のポテンシャルをまったく活かせていない。
■「街を育てる」という長期的な投資が必要
【國友】でも、大資本が介入しているわけではなく、言ってみれば自然発生的な流れでチャイナタウンになっているわけじゃないですか。タワマン専門家の言葉を借りれば、西成における街の変化は成功なのでしょうか。
【谷頭】これが日本の都市開発が抱えるジレンマなんですよ。東京のいくつかの街は「計画しすぎ」でつまらなくなり、西成は「野放しすぎ」で歪になっている。解決策の一つは、再開発における利益を長期的な視点で捉えることです。デベロッパーは短期的な資金回収を急ぐあまり高層ビルを建てますが、下北沢はすぐには儲からなくても若者が集まる魅力的な街を「育てる」という長期的な投資をしました。
【國友】その「長期的な視点」は、土地への愛着がないと生まれませんよね。
■人が観光地やテーマパークに萎えてしまう理由
【國友】だから、最近の西成に行っても、昔ほど楽しくないんですよ。それはきっと自分が「観光地やテーマパーク」というものに萎えてしまうからかもしれません。目的地を効率的に巡る旅が苦手で、そこへ至る「移動」の過程や、目的もなくフラフラする時間を楽しみたいんです。
【谷頭】わかります。今の観光スタイルとは真逆ですね。今は、より速く、より効率的に、という発想ですから。それは都市の楽しみ方にも通じていて、街を目的もなく「フラフラ楽しむ」という姿勢が失われている気がします。都市の側も、われわれのマインドも、そういう「余白」を失ってしまった。
【國友】でも、そう考えると今の西成にはまだ希望がある気がしてきました。あの街にはこれといった巨大なランドマークや「目玉」がまだないんですよ。だからこそ、目的もなく、ただ街をフラフラと歩き回る楽しみが残されているのかもしれません。
【谷頭】なるほど。面白おかしく消費するYouTuberがいること自体が、逆説的に、まだこの街に「消費され尽くされていない何か」が残っている証拠だ、とも言えますね。
■中が見えるのに入りづらい西成のカラオケ居酒屋
【國友】谷頭さんは、西成のカラオケ居酒屋に怖くて入れなかったそうですが、考えてみれば、日本の昔ながらのスナックのほうが、覗き窓も付いていない分厚い木のドアで中の様子が一切見えず、よっぽど入りづらいはずです。西成のほうはガラス張りで中が見えるのに、なぜか入りづらい。
【谷頭】たしかに。言われてみれば不思議ですね。もしかしたら中が見えることによって、そこにいる常連さんたちの強固なコミュニティが可視化されてしまっているからかもしれません。
【國友】いっそのこと250店舗すべてのドアをスナックのような分厚い木に変えてしまったら街の雰囲気もまったく違うものになるかもしれません。でも、そんなことを先日西成の住人に話したところ、「そんなん中で犯罪し放題やん」と言われて話は終わりましたが(笑)。
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國友 公司(くにとも・こうじ)
ルポライター
1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。キナ臭いアルバイトと東南アジアでの沈没に時間を費やし7年間かけて大学を卒業。編集者を志すも就職活動をわずか3社で放り投げ、そのままフリーライターに。元ヤクザ、覚せい剤中毒者、殺人犯、生活保護受給者など、訳アリな人々との現地での交流を綴った著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて6万部を超えるロングセラーとなっている。そのほかの著書に『ルポ路上生活』(KADOKAWA)『ルポ歌舞伎町』(彩図社)がある。
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谷頭 和希(たにがしら・かずき)
ライター
1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。
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(ルポライター 國友 公司、ライター 谷頭 和希)