愛知県豊明市が打ち出した条例案に注目が集まっている。全市民に向けて「仕事や学習以外でスマートフォンを使うのは1日2時間以内を目安に」と促す内容だからだ。
成蹊大学客員教授の高橋暁子さんは「自治体が個人の領域に踏み込んでいるため、反発を集めるのも当然だ。しかし、これをきっかけに適切なスマホの利用時間はどれくらいなのか議論することには意義がある」という――。
■学生のネット利用は1日平均7.8時間
モバイル社会研究所の「2024年一般向けモバイル動向調査」によると、15~59歳のインターネット利用時間は1日平均5.3時間(仕事・学校1.9時間、私用等3.4時間)、学生に限定するとなんと平均7.8時間(仕事・学校2.8時間、私用等5.0時間)に上る。
1日8時間睡眠とすると、学生は日中起きている時間の半分近くをネットに費やしていることになる。
こうしたネットの長時間利用、とくにゲームやSNS、動画視聴の「過度な使用」が生活リズムや親子関係・家庭環境に悪影響を与えるとして、豊明市は8月25日、独自の対策を盛り込んだ「スマートフォン等の適正使用の推進に関する条例案」を9月定例議会に提出した。市議会で可決・成立されれば、10月に施行となる。
■子どもも大人も対象にした条例は全国初
条例では、小学生以下は午後9時以降、中学生以上は午後10時以降の利用は控えるという「時間制限」も明記されている。保護者に子どものスマホの使用の管理やルール作りの努力義務を課す一方、罰則はない。
同種の条例には、2020年4月に施行した「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」がある。こちらは18歳未満の子どもが対象である一方、豊明市の条例案はすべての市民(市内の学校に通う18歳未満も含む)を対象にしており、全国初の試みとなる。
市には、8月21日から25日の正午までに電話で83件、メールで44件の意見が寄せられた。約8割は反対意見だが、賛同の声もあるという。

■そもそも「1日2時間以内」の根拠は?
「そもそも自治体が口を出すことではない。自由の侵害だ」「スマホは勉強や仕事にも使うのに」「なぜ大人まで制限されなければならないのか」「2時間の根拠は?」――。
条例案の発表後、ネット上はさまざまな反対意見で紛糾した。
自治体が口を出すことではない。それは、多くの人が感じたことだろう。これに対しては、あくまで自治体がその基本方針や町作りの方向性などを示すための条例、つまり「理念条例」と説明されている。
理念条例には、ほかに「歯を大事にしよう」などの例があるという。理念条例自体、理念や方向性を示すのみで実効性には乏しいといわれている。
豊明市は「ネット上で誤った記述が散見される」として、公式HPに「正しい情報」を掲載している。
■豊明市は「余暇時間」のみが対象と説明
1日2時間以内とする対象は、生活、仕事、家事、学校、学習時間等を除いた市民一人ひとりが自由に使える「余暇時間」のみ。通勤・通学時間や、料理や運動時、オンライン学習、eスポーツ大会練習などは含まれない。
2時間という目安は、厚生労働省の「睡眠ガイド2023」を根拠としているという。
「小・中・高校生は1日当たり60分以上からだを動かし、スクリーンタイムは2時間以下にすることが推奨されています」とされている。
2時間以内というのもあくまで目安であり、支障がないのであれば、3時間、4時間でも問題ないとのこと。使い過ぎていないかどうか考え直してもらいたいという考えだという。
全体に言えることは、指摘が的外れであり、自治体が個人の行動に対して口出しをしてくる不快さが強く感じられることだ。
スマホの利用は公私にまたがるものだ。その利用を一方的に制限されたように見えることで、自治体に個人の領域に踏み込まれた感が強いことが、反発を生んでいる。
対象となる「余暇時間」と、対象外となる「生活、仕事、家事、学校、学習時間等」との区別もあいまいだ。
■「ツール」自体を制限しても意味はない
スマホはあくまでツールで、使い道も使い方も人によってばらばらであり、ツールだけ制限しても意味はない。ICT教育を進め、マイナンバーまでスマホで使えるようにしている今の時代に、スマホの制限というのはナンセンスと言われても仕方がないだろう。
それならば、依存が問題視されるゲームやSNSの利用時間のみを制限したほうが、賛同を得られやすかったのではないか。
ネット依存は、日常生活や心身、人間関係などに悪影響が出るからこそ問題とされる。利用時間が長すぎると悪影響につながりやすくなるが、適切な時間の長さは人によってまちまちであり、それを一律に時間で区切ったことも批判の的となった理由だろう。

成人を含めた理由は、すべての人に利用時間の長さについて考えるきっかけとしてほしいと考えたためだろう。「適切な時間の長さについて考えて使う」なら、反発を食らうことも少なかったのではないだろうか。
■効果がなかった香川県ゲーム規制条例
先ほど触れた、香川県の「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」も当時、大いに反発を集めた条例だ。
条例では、18歳未満の子どもにスマートフォン等を利用させる際、家庭内でルール作りを行う、コンピュータゲームの使用は1日60分(休日は90分)を上限とし、スマホの使用は午後9時までなどとする、保護者はこのルールを守らせるよう努めなければならない等と明記。今回同様、「なぜ自治体にここまで踏み込まれなければならないのか」という反対の声は多かった。
香川県教育委員会は、子どものスマホ利用状況やゲームへの依存傾向の調査を2014年から3年ごとに実施している。2021年4月にも、条例施行後の2020年9~10月に小学4年から高校3年を対象に行った調査結果を発表ししている。
それによると、スマホなどの1日当たりの利用時間について、3年前の調査と比べて「3時間以上」の長時間利用者が小中高すべてで減少し、「1~3時間」が増加。条例後、ネットの利用時間は短くなったといえる。
一方で、ネット・ゲームの依存傾向を調べた設問では、8項目中の5つ以上に該当して注意が必要とされる生徒の割合が、前回調査より中学生は3.4%から6.3%に、高校生は2.9%が4.6%に増加しており、依存傾向が強まっていたのだ。条例施行にはあまり効果がなかったということになる。
■「自力で制限できない人」もいるのが現状
未成年におけるゲームやSNSなどの長時間利用は、睡眠時間の減少や昼夜逆転などにつながり、その結果、不登校状態に陥ることがある。
そのようなトラブルを減らすことは大切だが、条例で決めることではない。まして、類似の条例に効果が見られなかった以上、あえて新規の条例を制定する意味はあるのか。
あえて条例に意味を見出すとすれば、指摘こそ的外れではあったが、スマホの適切な利用時間について、国民に考えさせるきっかけとなったことだろう。子どもではなく全年齢を対象とした条例だったため、すべての国民が自分事としてとらえたのではないか。
条例に対して寄せられた意見のうち、2割ほどは賛成するものだったという。「スマホを使いすぎてしまい、自力では制限できない」という人がいるからこそ、このような条例が制定されることになったのだろう。
すべての人に他人事ではなく、さまざまな疑問や議論を投げかけるこの条例の行方について、見守っていきたい。制定されるのであれば、ぜひ効果測定の発表を待ちたいところだ。

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高橋 暁子(たかはし・あきこ)

成蹊大学客員教授

ITジャーナリスト。書籍、雑誌、webメディアなどの記事の執筆、講演などを手掛ける。SNSや情報リテラシー、ICT教育などに詳しい。著書に『若者はLINEに「。」をつけない 大人のためのSNS講義』(講談社+α文庫)ほか多数。
「あさイチ」「クローズアップ現代+」などテレビ出演多数。元小学校教員。

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(成蹊大学客員教授 高橋 暁子)
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