博報堂生活総合研究所の調査で、Z世代の約7割が「母親のアドバイスに従う」と回答した。かつて若者が反発の対象としてきた親子の関係は、今やかつてないほど濃密になっている。
なぜZ世代は、母親の言葉を素直に受け入れるのか。『Z家族 データが示す「若者と親」の近すぎる関係』(光文社新書)から、その理由を紹介する――。
■母親が「心のよりどころ」になっている
本稿では『Z家族』というタイトル通り、近年変化した親の姿について分析していきます。
さまざまな人間関係のなかで、家族――特に母親が若者にとって最も信頼できる、心を開ける存在になってきたわけですが、実は母親の役割はそれだけではないこともデータから読み解くことができます。
Z世代は母親を母艦のように「心のよりどころ」とするだけでなく、灯台のように「道しるべ」にもしているのです。
たとえば「母親のアドバイス通りに行動することが多い」に対する数値は、51.5%→68.0%と増加。今や7割近い子どもが母親を頼り、教えてもらったことを素直に行動に移しています。
なぜ、このような母親のポジション変化が起こったのでしょうか。
これは、母親がかつての「家を支えてくれる存在」から「尊敬に値する存在」へと変化してきたことが影響しているようです。
■知識もスキルもある「できるママ」
かつては、母親は大学受験や資格受験を経験していなかったり、就労経験が少なかったりと、父親に比べて社会から遠く、ロールモデルや人生のアドバイザーとしての役割を担いづらい側面もありました。
しかし現在では、女性が男性と同じように学歴社会を歩み、社会のなかで実績を積んでいるケースも増えています。「母親が子どもの勉学やキャリアに関わるようになった」というより、「関わることができるようになった」といえるでしょう。

特にZ世代は、共働き家庭が増えるなかで「働く母の背中」を見て育ってきた世代でもあります。
「末子が15~17歳の母親」の就業状況を見ると、2002年時点ではフルタイムで働く母親は23.8%でしたが、2019年では約5ポイント増加。4人に1人以上がフルタイム勤務となっています。
パートタイム勤務の母親も、以前は3人に1人ほどだったのが45.5%にまで上昇。そしていわゆる専業主婦、区分すると「非就業」の母親の割合は2002年には約3分の1を占めていたのが、2019年では2割を下回る水準にまで減少しています。
母親がさまざまな経験をしているからこそ、具体的かつ説得力のあるアドバイスができる。子どもから見ても、知識もスキルも持ち合わせている、頼れる「できるママ」が増えているのでしょう。
■人生のアドバイザーとしての説得力
言うまでもありませんが、以前の母親が尊敬に値しなかったというわけではありませんし、子育てに専念する姿も尊いものです。
しかし、自分の進む道やキャリアと重ね合わせやすい存在として、あるいは先を歩んでくれる存在として、今、母親がロールモデルや人生のアドバイザーとしての存在感を発揮しやすくなっているのではないでしょうか。
次の画面は、TOEIC試験についてのチャットアプリ上のやりとりです。
フルタイムで働く母親が点数を上げたことでキャリアが広がったというアドバイスをし、息子が「はい」と応じています。TOEICを受け、それがダイレクトにキャリアに影響したという言葉はこの上なく説得力があります。
息子としても、素直に聞くしかないといったところでしょう。
■すかさず的確なアドバイスに「ママすご」
また次の画面は、大学の推薦を得るために、娘が母親に自己PRの添削をお願いしているやりとりです。時間を置かず、すらすらと的確に返答する母親に対し、「ママすご」とストレートにリアクションしています。母親に学歴や社会経験があるからこその対応です。
母親が影響を及ぼすのは、進学やキャリアについてだけではありません。私たちがインタビュー調査の中で出会った大学生男子は双子の兄弟で、二人とも母親の影響で剣道に取り組んでいました。お母さんは剣道六段の実力者で地元の剣道コミュニティで指導者としても活躍しています。そんな母がどんな存在か聞いてみると、自分が進む道の前を歩いている「人生の先輩」で、母親の背中を追っている感覚だと答えてくれました。
兄弟ともに大学受験で浪人を経験しており、そのときもお母さんが自分の大学受験の経験をもとにフルサポートしてくれたのが大きかったそうです。東京の大学の受験時にも三人で上京し、合格を一緒に勝ち取ったそうです。
学歴、仕事、地域コミュニティといったさまざまな側面で社会進出を果たした母親は、ただ優しく見守ってくれるだけの存在ではなくなりました。受験や就活、恋愛などの重要な悩みの相談相手として並走し、自身の経験を活(い)かして一歩先回りして考え、程よく必要なサポートをしてくれる。
そんなメンターとしての役割を果たせるようになっているのです。
■親子の距離を縮めたチャットアプリ
先ほど2組の親子のチャットアプリを見て頂きましたが、こうしたアプリの存在も親子関係に大きく寄与しています。
私たちは2023年から2024年の夏にかけて、母子27組の「チャットアプリ母子やりとり調査」を実施。最長17カ月、総チャット数で12万6420件のデータを提供してもらいました(2025年には、父子16組にも同様の調査を実施)。それらのやりとりを収集・分析することで、Z家族のコミュニケーションの特徴が明らかになりました。
チャットアプリに関する詳細は本書の次章に譲りますが、インパクトのある数字でいうと、たとえばある母子は約1年間に6000件ものチャットをやりとりしていました。性別を「母と娘」に絞ると、1週間に平均約60件、合わせて120件程度のやりとりがなされています。
1週間で60件ということは、1日あたり8~9件。調査対象となった27組のうち25組は同居している母子ですが、一つ屋根の下に暮らしながらやりとりが活発に行われている様子がうかがえます。
■母と息子で週300件以上のチャット
「母と息子」も「母と娘」ほどではありませんが、1週間で平均40件強、1日あたり6件程度と、意外なほど密にコミュニケーションを取っています。なかには、母と息子それぞれが週150件近くチャットを送り合い、合わせて300件以上のやりとりがあるケースも見られました。
念のため記しておくと、これらのやりとりは「双方向」で行われています。
母親が送れば子どもも返すし、それに対して母親もまた返す。一方通行のやりとりは、どの親子でも一切見られませんでした。「親が子どもを心配してメッセージを送り続けている」「それを子どもがわずらわしく思い、スルーしている」といった関係ではないということです。
共働きが増え、一緒にいる時間は減っていたとしても、それだけ頻繁にチャットアプリ上でやりとりを交わしていれば、お互いへの理解や絆は深まります。テクノロジーが進化したことで、共有できる感情も情報も大きく増えたのです。

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博報堂生活総合研究所(はくほうどうせいかつそうごうけんきゅうじょ)

広告会社博報堂の企業哲学「生活者発想」を具現化するために、1981 年に設立されたシンクタンク。人間を単なる消費者ではなく「生活する主体」として捉え、その意識と行動を継続的に研究している。1992 年からの長期時系列調査「生活定点」のほか、さまざまなテーマで独自の調査を行い、生活者視点に立った提言活動を展開。本書は、若者研究チーム(酒井崇匡、髙橋真、伊藤耕太、佐藤るみこ、加藤あおい)による調査・分析をもとに構成されている。

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(博報堂生活総合研究所)
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