※本稿は、齋田真司『キーエンス 最強の働き方 新人からベテランまで、最短で成果を最大化するシンプルなルール』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■「相手の課題を把握する」ことが重要
突然ですが質問です。営業とは、何のためにするものでしょうか?
「そんなの、商品を売るために決まってるでしょ」と思われるかもしれませんが、残念ながらその答えは正解とは言えません。私が学んだキーエンス流の営業は、「相手の課題を把握し、それを解決して喜んでもらうこと」と定義されます。
いきなりそんなことを言われてもピンと来ないと思いますので、順を追って説明しましょう。
・手順1 相手の課題を把握する
まずは「相手の課題を把握し」の部分です。営業というと「自社の商品をがんがん売り込む」というイメージがあるかもしれませんが、ニーズがない相手にそんなことをしても意味がありませんよね。
たとえば清流のそばに住む人にミネラルウォーターを力強くアピールしても、きっと買ってはくれません。ですから、まず目指すのは相手のニーズを聞き出すことです。商品説明と問いかけを通じて、どんな商品に興味があるのか、今何に困っているのか、次にやりたいのはどんなことなのかといった相手の意向を探っていくのが最初の、そして必須のステップです。
■商品を売るだけでは不十分
では、面談において通常の営業と、キーエンス流の営業がどう違うのかを疑似体験してみましょう。
あなたは、最新のコピー機(プリンターやファクスの機能も備えた複合機)を販売する営業パーソンです。ある会社の部長から「最近コピー機の調子が悪いので買い替えを考えている」という情報を聞き出し、面談に臨んでいます。このとき、「商品を売る」ことを目的にしていると、こんな流れになります。
営業「実際に採用(ご使用)された場合に懸念されること、ご心配なことはありませんか?」
お客様「サイズはどうなの? うち、場所がないから幅が大きいのは置けないんだよね」
営業「でしたらこちらの商品Aは従来機種比30%小型化しています。価格もお手頃です」
お客様「へぇ、いいね。じゃあ見積もり出してみてくれる?」
営業「ありがとうございます」
問いかけで「サイズが小さいものがほしい」というニーズ(下線)を聞き出し、適切な商品を紹介したことで、うまく見積もりまで進めることはできました。「商品を売る」という意味では、これでいいかもしれません。しかし、キーエンス流では残念ながらこれでは不十分。「相手の課題を把握した」ことにはならないからです。
■「なぜですか?」で隠れた課題を掘り起こす
正解と不正解を分ける分岐点は、ここです。
営業「実際に採用(ご使用)された場合に懸念されること、ご心配なことはありませんか?」
お客様「サイズはどうなの? うち、場所がないから幅が大きいのは置けないんだよね」
営業「それはなぜですか?」
「なぜですか?」。これこそ、キーエンス流の営業でカギを握る質問です。
営業「実際に採用(ご使用)された場合に懸念されること、ご心配なことはありませんか?」
お客様「サイズはどうなの? うち、場所がないから幅が大きいのは置けないんだよね」
営業「それはなぜですか?」
お客様「え? あぁ、同じ場所に2台並べて置いてあるから」
営業「2台置いてあるのはなぜですか?」
お客様「営業1課用と2課用の2台が必要だからだよ」
営業「それぞれの課に1台ずつ必要なのはなぜですか?」
お客様「なぜだったかなぁ……。そうだ、昔、二つの部署に届くファクスが混ざったら仕分けが面倒だという声があったんだよ」
いかがでしょう。「なぜですか?」という質問を繰り返したことによって、隠れていた課題(下線)が見えてきました。
■「売る」のではなく「課題を解決する」
この会社では、かつて単機能の「ファクス」を使っていた時代に、社員から「二つの課に届いたファクスが混ざってしまう」という不満があり、その課題を解決するため機械を2台にしていたようです。
つまり、本当の課題は「場所がない」ことではなくて、「二つの課に届くファクスが混ざらないようにしたい」ということだったわけですね。
・手順2 課題を解決して喜んでもらう
技術の進歩はすごくて、現代の複合機の上位モデルは複数の番号への通信を1台で受信することができますし、さらに受信したデータを紙に印刷せず、それぞれの課のメンバーにメール送信することも可能です。
では、この会社の課題を解決してみましょう。
お客様「なぜだったかなぁ……。そうだ、昔、二つの部署に届くファクスが混ざったら仕分けが面倒だという声があったんだよ」
営業「部長、それでしたらこちらの上位機種を使っていただくと1台で解決します。上位機種ですと1台で二つの番号へのファクスを受信できますし、届いたファクス内容を二つの番号別に登録した各課のメンバーにメールで送信することもできますよ」
お客様「本当に? いちいちファクスを確認しに行く必要もなくなるし、めちゃくちゃいいね!」
「なぜですか?」で本当の課題が把握できたからこそ、より高いレベルの解決策を提案でき、お客様に喜んでいただける。
■理想の話す割合は「相手7:自分3」
さらに営業成績や会社の利益を考えても、サイズが小さく安価な機種よりも多機能な上位機種が売れたほうが大きな収益につながります。
これこそが、キーエンス流の営業なのです。
営業とは、「相手の課題を把握し、それを解決して喜んでもらうこと」。私は、この考え方は医者の問診に近いと思っています。名医は「おなかが痛い」という患者さんにいきなり痛み止めを処方したりはせず、患者を観察し、質問を重ねて本当の原因を探るもの。
面談に臨むときも、同じ姿勢を心がけてほしいのです。問診ですから、あなたの役割は「聞くこと」が中心です。話す割合は、相手7に対し自分3ぐらいが理想。商品説明に時間がかかったとしても、5対5ぐらいにおさめるよう心がけましょう。
■回答が「イエス」になる質問を積み重ねるべき
前項で使った「なぜですか?」のように、相手が自由に答えられる質問を「拡大質問(オープンクエスチョン)」といいます。
それに対し、「YESかNOか」、「A、B、Cのどれか」のように決まった答えから選んでもらう質問を「限定質問(クローズドクエスチョン)」といいます。
拡大質問の効果は、先ほどの例で実感していただけましたね。
何を聞いても「そうだね……」とか「いや、別に……」といった返事ばかりで、話が全く弾まない。そんなときに力になってくれるのが、限定質問です。
ここで使うのは、答えやすく、しかも回答が「イエス」になる限定質問。問いかけをどんどん積み重ねることで、「質問する→答える→次の質問をする→答える」というこちらのペースに巻き込んでいきます。
不思議なことに、これを繰り返すうちに相手の口がなめらかになり、拡大質問にも答えてくれるようになることが多いのです。これは「イエスセット」と呼ばれる手法で、催眠療法士で精神科医のミルトン・エリクソン博士が編み出しました(*1)。
脳は自分が発した言葉からも影響を受けるので、「イエス」と答えているうちに、無意識のうちに質問者に共感してしまうんだそう(まさしく「愛されテク」ですね)。理屈はともかく、私も何度もこのやり方に助けられました。コツは、答えやすい質問から始めること。そして、「大きな質問」から徐々に核心に向けて絞り込んでいくことです。
(注)
(*1)『ミルトン・エリクソンの催眠の現実 臨床催眠と間接暗示の手引き』ミルトン・H・エリクソン(著)、アーネスト・L・ロッシ(著)、シーラ・I・ロッシ(著)、横井 勝美(翻訳)、金剛出版、2016年
■「君わかってるね!」を引き出す
大きな質問と言っても「あなたは人間ですか」とか「ここは日本ですか」なんてことを聞いてもしょうがありませんから、相手の会社のこと、仕事内容のことをある程度調べておく必要があるのは大前提です。
営業「国内の新車販売台数が過去最高だそうですね?」
お客様「そうだね」
営業「中でもZ社の新型車がランキング1位ですね?」
お客様「そうだね」
営業「御社の部品がその車に採用されたと業界紙に出てましたよね?」
お客様「出てたね」
営業「部品の注文もたくさん来てますよね?」
お客様「そうだね」
営業「Z社はコストに厳しいから、利益を出すのが大変じゃないですか?」
お客様「そう、そうなんだよ」
営業「生産コストを押し上げるのは、不良品率ですか? それとも稼働率や他の原因ですか?」
お客様「うちでは不良品率の割合が大きいね」
営業「生産ラインの改修で不良品率を下げた他社事例をご紹介してもよろしいですか?」
お客様「ほう、聞いてみたいなぁ」
イエスの数を稼ぐだけでは、効果は限られます。相手の会社や業界についての知識を元に、単なるイエスではなく、「その通り、君わかってるね!」と深く共感するようなイエスを言わせる質問をすることも重要です。心理学とビジネス知識の合わせ技、といえるかもしれません。
■「限定質問」は効果的だがリスクもある
そして、限定質問が役立つのは、なかなかしゃべってくれない相手に対してだけではありません。質問に快く答えてくれている相手であっても、やはり答えにくい質問はあります。
口が重くなったな、と感じたら、限定質問の出番です。たとえば、次のケースは二者択一の限定質問を使っています。
営業「生産ラインの増強はいつ頃の予定ですか?」(拡大質問)
お客様「いやー、まぁ、未定ってことで」
営業「年度内ですか? 来年度以降ですか?」(限定質問)
お客様「年度内はさすがに無理だと思うよ」
営業「生産が逼迫(ひっぱく)しているそうですが、来年度後半で間に合いますか?」(限定質問)
お客様「いや、それじゃ遅すぎるな」
どうやら、ライン増強は来年度の前半を予定しているようですね。このように拡大質問と限定質問を使い分けることで、相手のニーズに、そして本当の課題に迫っていくことができます。
ぜひ身につけていただきたい技ではあるのですが、一方で、上の例のような限定質問を使いすぎることには危険も。
■「本当の課題」に気づくことで、深い質問が活きる
たとえば先ほど疑似体験していただいた複合機の面談。
「営業1課用と2課用の2台が必要だから」という答えに対して、「それはなぜですか?」と拡大質問したことで、面談相手自身が「かつて機械を2台にした理由=本当の課題」に気付きましたね。
では、もしも「営業1課用と2課用の2台が必要だから」と言われた時点で、「こちらの機種なら、2台置かなくても1台で大丈夫なので、これ1台でいいと思いませんか?」と限定質問を繰り出していたらどうでしょうか。
一気に「イエス」と言わせることができる可能性もありますが、担当者はまだ、「かつてなぜ2台に分けたのか」という本当の課題に向き合えていません。課題が解決できて感謝するどころか、あなたの限定質問を「高い機種を売りつけられている」と感じてしまう可能性すらあります。営業は医者の問診に似ている、とお伝えしました。
患者はどこかに不調を抱えていると自覚しているからこそ、医者の言葉を受け入れるもの。相手がまだ課題に気付いていないのにこちらから商品を押しつけてしまったら、こちらの提案を受け入れてもらうことは難しくなります。
限定質問を繰り出すときは、特に相手の反応をよく観察すること。そして、結論はあくまでも相手に決めてもらうことを心がけてください。それが、長く太くあなたと付き合いたいと思ってもらえる一助になるのです。
----------
齋田 真司(さいた・しんじ)
キーレイズ代表取締役
2007年、株式会社キーエンスに新卒入社し13年半在籍。2022年、営業サポート事業を展開する株式会社キーレイズを創業。伴走支援先・研修指導先は多岐にわたり、大手から中堅中小まで、のべ3,000名を超える。著書に『キーエンス 最強の働き方 新人からベテランまで、最短で成果を最大化するシンプルなルール』(PHP研究所)がある。
----------
(キーレイズ代表取締役 齋田 真司)