※本稿は、マーク・ザオ・サンダーズ著、池村千秋訳『世界のエリートが実践している超生産的時間術 「タイムボクシング」で時間あたりの成果を倍増させる』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■「マルチタスク」は本当にダメなのか
ほとんどの人は、マルチタスクを実行している。一見すると、そうした行動は、タイムボクシングとぶつかり合うものに感じられるかもしれない。タイムボクシングは、一度にひとつのことだけに取り組むアプローチだからだ。しかし、本当に両者は対立する関係にあるのだろうか。
そもそも、マルチタスクとは、どのようなものなのか。この言葉は、いくつかのことを同時並行でおこなおうとすることを意味する。少ない時間でより多くの成果を挙げるために、自分の集中力を複数の課題に振りわけようとするのだ(マルチタスクは、コンピュータの世界で生まれた考え方だ。昔のコンピュータは、一度にひとつのことしかできなかったのである)。
マルチタスクには、悪いイメージがついて回ることが多い。一部の学術研究と最近の膨大な数のネット記事は、マルチタスクに否定的な見解を示している。取り組む課題を頻繁に切り替えることにより、脳の処理能力が大幅に浪費されると主張し、それを理由に、マルチタスクが生産性を低下させることは避けられないと結論づけるものがほとんどだ。
■あなたは動画のゴリラを見つけられるか
こうした主張との関連でよく知られている動画がある。その動画は、注意が散漫になると、見落としをしやすくなることを浮き彫りにしている。数人の人たちがバスケットボールのパス回しをしている動画だ。
その動画を実験参加者に見せて、白いユニフォームを着たプレーヤーたちがおこなうパスの回数を数えるよう指示する。すると、少なくとも半分の人は、動画が始まって数秒後にゴリラが真ん中を横切ったことに気づかなかった。
■会議中にメールチェックをする人の末路
実験以外にも、実際にマルチタスクが失敗する状況はある。友達やパートナーと話しているときに、上の空でソーシャルメディアを見ていたり、自動車を運転しながら、テキストメッセージを打ったり、おしゃべりしながらプログラミングをしたり、2つのことを同時に心配したり、子どもの世話をしながらデータ解析をおこなったりしようとすれば、悪い結果を招くことが多い。
大きな弊害が生じるパターンとしてよくあるのは、会議中に着信メールをチェックして、厳しい内容のメッセージを読んでしまうケースだ。そのメールを読んだ瞬間、さまざまな思考と感情が脳内で渦巻き始める。その結果、会議の議論には貢献できなくなるが、そうかといって、その場ですぐに厄介なメールに対応することもできない。マルチタスクを試みて、救いようのない大失敗に終わった経験は、誰でもあるに違いない。
■マルチタスクがうまくいく組み合わせ
しかし、ときには、問題なくマルチタスクを実践できているように感じられるときもある。
実際、マルチタスクがうまくいく場合はある。ある研究によると、「煎じ詰めれば、マルチタスクを成功させて、時間をより有効に使う秘訣は、互いにあまりぶつかり合わないような課題の組み合わせを見つけること」だ。
それがうまくいくのは、すでに慣れていて、認知機能への負荷が小さく、ほかの課題とぶつかり合う度合いが小さい課題を複数同時におこなう場合だけだという。ただし、言うまでもなく、どのような課題に「慣れて」いるかは人によって異なる。
■軽い運動をしながら会議の出席もOK
下の表は、仕事と仕事以外の課題について、同時並行で実行できる組み合わせ、実行できない組み合わせの例をいくつか挙げたものだ。もっとも毎度の話だが、重要なのは、あなたにとってどのような組み合わせがうまくいくかということだ。
これらの活動を同時並行でうまくおこなうためには、いくらかの想像力が必要になる場合もある。たとえば、会議に出席しながら軽い運動をすることは可能だろうが、運動のメニューはよく考えて選ばなくてはならない。
指の力を鍛えるエクササイズをしたり、バランスボールに乗ったり、自宅でオンライン会議に参加する場合ならウォーキングマシンで歩いたりすることはできるだろう。また、料理をしながら読書をするのは難しいが、オーディオブックを聞くことと料理をすることは同時並行でおこなえるかもしれない。
■あなたに合ったマルチタスクを見つけよう
マルチタスクの成否が個々の状況次第というケースもある。
たとえば、会議中に電子メールを打ち、同僚の発言をきちんと聞かないというのは、つねに避けるべきことなのか。一概には判断できない。もし、会議の内容が自分にほとんど関係がないものだとしたら? 長い会議の途中で、緊急な対応を必要とする電子メールが届いた場合は?
マルチタスクを試みることが妥当かどうかは状況によるのだ。状況をよく考えて、どのような行動が最善かを判断しよう。また、こうした点に関して、あなたが仕事と私生活でどのようなやり方を好むかを、同僚や家族にはっきり示すことも重要だ。
■マルチタスクが認知能力を強化する
図表1に記した以外にも、活動の組み合わせは無限にある。たとえば、別々の問題についてそれぞれ心配と反省を同時におこなうことは難しいかもしれない。実際、この点で苦労している人は多い。
一方、状況によっては、複数の活動を同時におこなうことにより、成果が高まる場合もある。自由連想型の思考を通じて、集中して思考したときには思いつかないようなアイデアに到達できるケースもあるだろう。また、ある課題が簡単すぎて、ほかの課題と並行しておこなわないと、退屈して放り出したくなるケースもあるかもしれない(洋服をたたむだけでは退屈なので、ポッドキャストを聞きながら作業するようなパターンだ)。
ときには、マルチタスクが認知能力を強化する可能性もある。ある実験によると、複数のメディアに同時に触れた実験参加者は、多感覚の統合(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を通じて得られる情報を組み合わせて処理すること)で高い成果を挙げる割合が大きかった。
マルチタスクが有効な場合、そこにタイムボクシングを取り入れることは、妥当だし、効果もある。そのようなケースでは、同時並行で実行しやすい活動を慎重に2つ選び、その両方の活動をおこなうためのタイムボックスを設定して、そのことをスケジュール表に明記し、所定の時間になったら実際に両方の活動を並行しておこなえばいい。円滑に課題が進み、好ましい結果が得られることだろう。
■多くのことを成し遂げられる働き方
人は一般的に、シングルタスクを実践し、一度にひとつの課題に専念したほうが多くのことを成し遂げられる。マルチタスクは、課題の切り替えが必要になるため、シングルタスクに比べて生産性が低い。2001年の論文によると、マルチタスクと課題の切り替えが企業にもたらしている時間的なコストは、生産的な時間の40%に達するという。
また、認知的な負荷が大きく(子どもに数学を教えたり、法律文書を作成したり)、中断したあと再開する際に再び作業が軌道に乗るまでに多くの時間を要するような課題はとりわけ、マルチタスクと中断による弊害が大きい。
もちろん、ごく稀なケースでは、同時並行で遂行しやすい課題もあるにはある。しかし、大多数の活動では、タイムボクシングを徹底して一度にひとつのことに集中するアプローチがマルチタスクよりはるかに好ましい。
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マーク・ザオ・サンダーズ
ビジネスコンサルタント
ラーニング・テクノロジー企業filtered.comのCEO兼共同設立者。
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(ビジネスコンサルタント マーク・ザオ・サンダーズ)