■市場規模は6兆円、年収数億円の作家も
国内を越えて海外で市場を拡大させるのが、韓国が得意とするビジネススタイルだ。「ウェブトゥーン」と言われる韓国が生んだタテ読みフルカラーの電子マンガも、国際市場で持つ影響力は大きい。市場規模は日本円にすると、今や約6兆円に上る。
NAVERやカカオなど韓国トップクラスのIT企業がウェブトゥーンプラットフォームを世界市場で拡大させてきたことで、“稼げる作家”も生んだ。市場が急成長した2021年~2022年には連載枠を持つウェブトゥーン作家の平均年収は1000万円を超えていた。新人作家でも一攫千金を狙えるのは海外にも市場が広がっているからだ。現在でも年収数億円レベルの個人作家が多数いる状態という。
グローバルの累計閲覧数64億回を記録する大ヒット作品『女神降臨』の作家、ヤオンイ氏もその1人だ。「まるで漫画の主人公そのもの。美人すぎる」と言われるほどの美貌を持つ。
■ディズニーでさえウェブトゥーン作家を頼りに
財力の象徴として約4億ウォン(約4000万円)で購入したとされる赤色のフェラーリをSNS上で公開したこともある。
巨大メディアのウォルト・ディズニーでさえもウェブトゥーン作家を頼りにする。現在、シーズン2が制作中のディズニープラスのドラマ「ムービング」はウェブトゥーン黎明期から活動を続けるカンプル氏の原作になる。
特殊能力を持つ親子の物語を軸にサスペンスとアクションを盛り込んだ内容が人気を得て、2023年に配信された前作(シーズン1)はディズニープラスのローカルオリジナル作品の中でグローバル1位となり、数々の賞レースを席巻した。
2024年に最も視聴されたディズニープラス韓国オリジナルドラマの中で最も試聴されたミステリードラマ「照明店の客人たち」もカンフル氏の原作だ。「ムービング」と同様にカンフル氏自らドラマの脚本も手掛けている。
■「Sweet Home」が米国NetflixのTOP10入り
スター作家のカンプル氏にとってもディズニープラスでの展開は意義深いようだ。2024年11月にシンガポールで開催された「ディズニー・コンテンツ・ショーケースAPAC」に登壇した際、本人が「この20年間、漫画を描いているが、ウェブトゥーンがドラマ化される流れは必然的だと思う。ディズニーが求めているのは創造性のある新しい物語。ウェブトゥーンはまさにそこにハマった」と語っていた。
ウェブトゥーン作家の存在価値は、グローバルでもヒットするローカル発ストーリーの担い手としても広がっているのだ。
独自のストーリーやキャラクターが売りのウェブトゥーン原作をドラマ化する動きにNetflixも積極的な姿勢を示し、早い段階からこの分野に力を入れてきた。2020年12月に配信されたサバイバルホラー「Sweet Home -俺と世界の絶望-」はその1つで、この作品が韓国ドラマ史上初めて米国NetflixのTOP10に入ったことで拍車をかけた。
2021年11月配信のホラージャンル「地獄が呼んでいる」(シーズン1)と2022年1月配信の「今、私たちの学校は…」は共に公開わずか1日で非英語テレビ部門の全世界ランキング1位を記録し、ウェブトゥーン原作ドラマの実力を示した。
■海外からの事業撤退が相次ぐ中、日本では…
これらの動きを受けて、韓国のNetflixコンテンツディレクター、ケオ・リー氏は2023年12月開催のプレス向けNetflix新作発表会「APACショーケース」で、ウェブトゥーンは韓国発IPのジャンルの幅を広げていることを強調した。
「ウェブトゥーンの特徴はロマンス系から暴力性のあるストーリーまで揃っていることにある。独自性のあるキャラクターも強みだ。そんな新しいコンテンツを求める視聴者がいるからこそウェブトゥーン原作のドラマ化を進めている」
一方で、拡大し続けていた市場の成長率がここにきて鈍化する傾向が見られる。韓国から海外に広げていた地域からの事業撤退も相次ぎ、日本や北米に事業を集中させる方針に切り替える韓国IT企業が目立つ。comicoを運営するNHNは日本以外の事業から手を引くことを発表し、カカオはすでに欧州、台湾、インドネシアから撤退した。
では、なぜ日本での事業を継続させているのか。日本の漫画市場の中でウェブトゥーンの売り上げが占める割合は数%程度に過ぎず、従来の横読み漫画人気のほうが根強いが、日本市場は成長基調にある。日本のウェブトゥーン売り上げが2024年に初めて韓国のそれを抜き、「韓国よりも日本で売れる」という認識があるからだ。
■「今ヒットしている作品」の二番煎じばかり
ウェブトゥーン事業全般が採算性により重きを置くビジネス戦略にシフトしていることも背景として大きい。そもそもエンタメビジネスはユーザーの好みやトレンドが常に変化するためヒット予測が難しいものだが、IT企業が主体の韓国のウェブトゥーン事業は数字に厳しい。15本に1本の割合でヒットしなければ、失敗とみなされてしまうという。
その弊害として人気ジャンルに作品が偏りがちにもなっている。例えば、「ロマンスファンタジー」と呼ばれるジャンルでは架空の西洋の世界を舞台にした王侯貴族の恋愛ものに人気が集中し、転生やタイムスリップ設定の物語があふれている状態だ。RPG系のゲームの世界に入り込んだような「ゲームファンタジー」作品も乱立している。
作家がプラットフォームに企画を持ち込むと、「今ヒットしているものと同じようなものを作ってほしい」と言われることが多いのだとか。トレンドと外れた作品が作られても、ユーザーの目に留まりにくい現実もある。
■日韓が手を組んだ異色の制作スタジオ
そんななか、ウェブトゥーンのIPとしての可能性に着目したウェブトゥーン制作スタジオがある。ソウルを拠点にするStudio TooNだ。日本のテレビ局のTBSと日本初のウェブトゥーン専門制作会社SHINE Partners、そして韓国NAVERグループのNAVER WEBTOONが3社合弁で約3年前に立ち上げたスタジオである。
ウェブトゥーン事業に力を入れてきた韓国最大手のIT企業NAVERと日本の既存メディアのTBSが手を組んだ成り立ちそのものが異色のウェブトゥーン制作スタジオだが、方針も異色と言える。
つまり、マーケティング重視の韓国のやり方と、独自のクリエイティビティを発揮する作品を大事にする日本的な考えを組み合わせた。アニメやドラマといった映像化を見据えたIP展開を実現するために2つの要素が鍵となると考えた。
制作体制は社内で制作するインハウス方式を採用し、社員として雇った作家を17人抱えている。作家にとっては、独立系のスター作家のような生活は送れないものの、安定した収入を得ながら、実力を磨くことができる体制と言える。
■TBS「初恋DOGs」はインハウス作家の企画案
これまで7作品を韓国と日本でリリースし、そのうちラブコメディの「この結婚、一線を越えてます!」は韓国と日本のほか、アメリカ、フランス、インドネシアの計5カ国で連載実績を持つ。世界でプラットフォームを展開するNAVERの強みに乗っかる巧みさと言えるかもしれない。「自社IPを世界に広げることが、TBSが資本参加する狙いにある」と片山氏は話す。
インハウス作家の企画案をTBSでドラマ化に繋げる事例も作り出した。7月クールに放送されたTBSドラマ「初恋DOGs」がそれだ。開発中の段階でTBSのドラマ部に話を持ち込み、ラブコメの内容が「火曜ドラマ」枠の編成方針と一致し、成立したという。さらに韓国の人気ケーブルテレビチャンネルtvNでの放送も決定し、現在放送中だ。
日本の資本が入ったウェブトゥーン制作スタジオが業界の常識を変えるような存在になりうるかどうかはまだ未知数だが、エンタメ市場全体に影響を与えているウェブトゥーン原作の価値の底上げは求められているに違いない。成長期から早くも成熟期に入った今、IP戦略の重要性は一層増しているように思う。
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長谷川 朋子(はせがわ・ともこ)
テレビ業界ジャーナリスト
コラムニスト、放送ジャーナル社取締役、Tokyo Docs理事。1975年生まれ。ドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、国内外の映像コンテンツビジネスの仕組みなどの分野で記事を執筆。東洋経済オンラインやForbesなどで連載をもつ。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、番組審査員や業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に『NETFLIX 戦略と流儀』(中公新書ラクレ)などがある。
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(テレビ業界ジャーナリスト 長谷川 朋子)