■「いま所属する会社」に残るか否かを分けるポイント
大企業のミドルシニア社員を見ると、ポストオフ後の処遇にげんなりしている人は少なくないことがわかる。給与に対する不安、仕事内容の不満、やりがいのある仕事を任されないことも含めて苦しんでいる。
現役時代と変わらぬ働き方を続けたいという意欲ある当事者の観点から、まず判断すべきは、自分の所属している会社が、ミドルシニア社員の貢献に応じた適正な報酬を支払う準備と覚悟があるのかという観点だ。
ミドルシニアの貢献を引き出す適切な人事制度とその運用が行われている会社であって初めて、プレイヤーとしての成果を高めると同時に、適正な評価を勝ち取っていく戦略を取ることができる。逆に、そのような準備が整っていない会社だと判断されるのであれば、残念ながらその会社にはもう見切りをつけなければならない。つまり、転職や独立や副業を前提に動き始める必要があるということだ。
一方、もうひとつ考えなくてはならないのは、自分は本当にこれまでと同じ働き方を続けなければならないのかという点である。
多くの人が定年前後で仕事に対する価値観が大きく変わる。現役時代に重視していた「充分な賃金を得る、良い生活をする」「多くの人から褒められたり、尊敬される」「所属組織に貢献する、組織のために全力を尽くす」といった価値観から、「人の役に立ち、感謝される」「自分が楽しめる、面白いと思える」「職場環境が快適でストレスが少ない」「次の世代のためになると感じられる」といった考え方に変化する。
誰しもこれまでと同じ土俵で戦うことが難しくなるタイミングは、どこかで必ず訪れるからである。そうなれば、これまでとは何か違った形で仕事に意義を見出すことも考える必要があるだろう。
70歳雇用もあり得る時代において、多くの人のキャリアは拡張するだけのものではなくなっている。
■「定年後だから給与減」とは限らない
企業側も同一労働・同一賃金を実現する方向に進み始めている。人事制度さえ整えば、現役世代と同じようなパフォーマンスを出せば、その分しっかり報酬を得ることができるようになるはずである。
60歳を超えてそれをするのは相当な覚悟が必要になるが、ちょっとした勇気があればできることも多い。逆に報酬以外のことに価値を見出すのなら、自分なりのペースで無理なく働くこともできる。
これからの時代、定年後の選択肢は確実に広がっていくだろう。それを自ら選択していくのである。新しいことに挑もうと思うのなら、仕事を通じてリスキリング/アンラーニングをして備える必要もある。
「少し踏み込んでやってみよう」が積み重なっていけば、「そこまでやってくれるなら、これもお願いします」と新しくアサインされる機会も増えていく。一つひとつの小さな階段を上ることを2年くらい続けていくと、実は大きな差になることもある。少し勇気を持って高い目標を掲げることも、前向きに検討してみてほしい。
■転職を考える第一のケース
会社員が中高年に差し掛かるとき、まず検討すべきは、自社内において適切な処遇の下で継続して働く道があるかどうかということである。
転職を考える第一のケースとして挙げられるのは、現役時代と変わらずに活躍したいという意識や覚悟があるにもかかわらず、企業側にはそのような制度が整っていない場合である。
ポストオフ後に適切な処遇が期待できない場合や、あるいはマネジメントを続ける道を探りたい場合である。このようなケースにおいては、現実問題として、大企業は中高年の採用自体を閉ざしていることが多いから、必然的に中堅・中小規模の企業で管理職として働く場がないかを模索することになるだろう。
企業規模が小さい企業に転職する場合も、給与が下がることがほとんどであるという現実は覚悟しなければならない。一方で、今は特に中小企業を中心に若手人材が採れない状況が深刻化しており、マネジメント職も人員不足に陥っている企業が少なくない。こうした企業で活躍する場を模索することは十分に可能である。
規模が小さい会社は、定年制を採らない企業もある。そういう企業では年齢は関係なく、経営者のその時々の判断で役職者の処遇も決定されることがほとんどだ。これまで培ってきたマネジメントスキルを生かしてほしいと願う会社を探せば、管理職として転職することはできるだろう。
■最も報酬が高くなる転職の仕方
一方で、第二のケースとして挙げられるのは、無理なく働きたいケースである。体力や意欲に懸念があるにもかかわらず、社内で短時間勤務など多様な働き方が認められていない場合には、他社でパート・アルバイトなど「地域に根差した小さな仕事」で無理なく働くといった選択もありうる。
報酬水準を考えれば、最も高い水準を期待できるのは、同業他社に専門スキルを生かして転職するという選択肢である。たとえば大手メーカーでエンジニアをしていた人が、外資系メーカーに転職して、これまで蓄積してきたナレッジを生かせば給与は上がる。これが最も報酬が高くなる転職の仕方であるが、この道を模索できる人は少数派だろう。
その次が、企業規模を落としてマネジメント職に就くという方法であり、これは前述の専門スキルを有した人材よりも、より多くの人が実現可能な選択肢だ。
■ゼロからの再出発というリスク
転職を選択するなら、まずはエージェントに登録して様子を見てみよう。最近はミドルシニアの転職を支援しているエージェントも増えて間口が広がっている。
ただし、ゼロからの再出発になるため、無事転職できたとしても、その後が大変だということは覚悟しておかなければならない。多くの人は規模の小さな企業に移るので、その会社に慣れることから始まり、社長との相性も重要になってくる。大手では業務が細分化しているが、中小企業では一人で多くの業務を担うことも多く、これまで気にならなかったことが大きくのしかかってくる。
それなりの年収をもらっていながら、あまり活躍できず期待に応えられなかった場合は、社内での居心地が悪くなってくる。継続雇用より報酬が多くなる場合もあるが、転職は甘くない。
そして、そこからだいぶ差があって、パート・アルバイトなど地域に根差した小さな仕事で無理なく働くという選択肢になる。この選択は多くの人が取りうる現実的な選択肢でもあり、自分のペースで無理なく働けるというメリットも大きい。
また、今後この領域は人手不足による賃金上昇が大きく進んでいくとみられる。しかし、それでも報酬水準が大きく下がるということを念頭に入れておかなければならない。ある程度年齢を重ねた後の選択肢であるとも言える。
■独立・起業で大事なこと
また、これらの選択肢が基本となる一方で、少ないながらも独立・起業というオプションもあるということに触れておきたい。
これには、これまでやってきた業種でのキャリアを生かすというケースが多い。たとえば、メーカーでものづくりをしていた人が、他の人があまりやらない修理を請け負ったりする事業を立ち上げて起業するといったケース、事務の仕事に従事していた人がフリーランスとして独立するといったケースなどが、比較的見受けられる。
人事関係の仕事をしていた人が、社会保険労務士の資格を取り、自分でやってみる。あるいは経理・財務の仕事をしていた人が、業務委託で中小企業の経理業務を引き受ける。またはファイナンシャルプランナーとして独立するといった形である。
今はネットワークが発達しているので、仲間同士で「一緒にやろうよ」という人たちも多い。「営業をパートタイムでできる人いませんか?」などとフリーランス的に仕事を受けることも十分ありうるだろう。
起業のあり方も、独立して猛烈に働く人もいれば、趣味の範囲内でやっている人もいる。
さらに小さく自分の小遣いのためにやっている人もいることから、起業の壁は低くなっている。起業の目的を見失わず貫くことが重要になる。
■「自分で企画書を書いてみなよ」
定年後の選択肢を見つめたら、準備を始めよう。5年あれば、かなりの準備ができる。定年が60歳だとしたら、55歳から始めればどんな準備も十分できるはずである。
まずは、お金のことをきちんと考えることだ。年金や継続雇用後の収入水準、子どもの教育費や住宅ローンの残債などの詳細なシミュレーションも含めて、いったいどのくらい稼げばいいのかをしっかりと考える。
気持ちの整理も大事である。
たとえば、下から上がってきた書類を承認し、判を押すか部下にここを直せと赤入れをするのが仕事であったとしたら、時には自分でゼロから書いてみる。自分でも調べてみる。要は部下がやっていることと同じ仕事をしてみるのだ。それだけでも現場力はつく。
管理だけでなく、現場に近いことを5年間やれば、定年後にできることがかなり変わってくるだろう。少しずつでも、5年積み重ねると大きな違いになる。
筆者も部下の部長たちに「赤入れするだけじゃなく、自分で企画書を書いてみなよ」とずっと伝えてきた。そして、こうした地道な取り組みで実際みんな変わった。彼らが管理職を離れたときに「指示されたときは面倒くさいなと思っていましたけど、今すごく役に立っています」と言う人が多数いる。
5年間あれば、本当にいろいろなことができる。少しずつの努力でいいのだ。それが積み重なれば、どの選択肢も実現可能になってくる。58歳、59歳になってから急に準備しようとしても、手遅れで何もできない。55歳で準備を始めよう。すでに55歳を過ぎている人は、できるだけ急いだほうがいい。
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坂本 貴志(さかもと・たかし)
リクルートワークス研究所研究員/アナリスト
1985年生まれ。一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。著書に『統計で考える働き方の未来 高齢者が働き続ける国へ』(ちくま新書)、『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)、『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)など。
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松雄 茂(まつお・しげる)
コンサルタント
1986年リクルート入社。88年、現リクルートマネジメントソリューションズにおいて人材育成・コンサルティングの営業を行う。東海地区において、自動車メーカー、自動車部品メーカー、インフラ系企業など数多くの大手企業を担当。93年から企業の役員向けコンサルティングなどを行うコミュニケーションエンジニアリング事業を経て、首都圏の3000人超の企業を担当する営業部長、そして営業組織全体を統括する営業統括部長へ。約160名の営業系従業員のトップとして経営会議メンバーとなる。2018年からはポストオフし、営業支援、トレーナのトレーニング品質向上支援、商品開発支援、お客様支援、難度の高いお客様のマネジメント課題に関するソリューションサポートを担う。トップマネジメント伴走支援、ミドルマネジメント育成支援、女性活躍支援、シニア社員活躍支援、事業成果支援、理念浸透など。現在、2025年より独立をし、リクルートマネジメントソリューションズのパートナーとして、企業研修設計、コンサルタントを行う。
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(リクルートワークス研究所研究員/アナリスト 坂本 貴志、コンサルタント 松雄 茂)