高級寿司店の価格が高騰している。背景には何があるのか。
値決めのコンサルティングサービスを手掛ける「プライシングスタジオ」代表の高橋嘉尋さんは「かつては2~3万円でも『高い』と言われたが、いまや4~5万円が当たり前となっている。背景には、単なる原価上昇ではなく“お金を出しても手に入らない席”という希少性がある」という――。
■銀座「すきやばし次郎」のコースは20分で6万円
寿司といえば銀座──そう思う人も少なくないでしょう。
そんな銀座でトップレベルの評価を受けているのが「鮨あらい」。コースは1人5万5000円(税込)、別途サービス料が加算され、支払いは6万円前後。さらに、アルコールを加えれば、安くても7万円以上になります。それでも、日本屈指の立地で、最高レベルの料理と接客を味わえるのであれば、この価格は妥当だと感じる人も多いはず。
一方、同じ銀座の「すきやばし次郎」のコースは8万8000円~です。しかし「鮨あらい」との決定的な違いは、その所要時間。次郎のコースは、なんと20~30分で終了するのです。「鮨あらい」では、2~3時間かけて提供するのに対し、まさに一瞬の出来事です。
さらに「鮨 銀座 おのでら」。
こちらのお店は、マグロの仲卸で有名な「やま幸グループ」とタッグを組み、マグロの初競りで毎年最高値をつける株式会社ONODERA GROUPが手掛ける店です。ここではコースが2万7500円(税込)、サービス料を含めても3万円前後と、上記の半額ほどになります。この価格差をどう捉えるかは人それぞれですが、「同じ銀座でここまで違うのか」と驚く方も多いでしょう。
■ランチ予約権が「100万円以上」でも売れる
高価なのは銀座だけではありません。北九州・小倉の「天寿し」は、お酒なしの一本勝負で5万5000円です。東京・銀座と比べると地方都市ですが、それでも予約は全く取れず、全国から常連が飛行機で訪れ、連日満席が続きます。交通費や宿泊費を含めれば、上述の「鮨あらい」に2回行ける金額になる計算です。私も何人かお会いしたことがありますが、関東から毎月北九州に通う熱狂的なファン達が存在するのです。
こうした例は決して珍しくなく、近年の高級鮨は立地に関わらず4~5万円が当たり前になりつつあります。
そして、それだけでは終わりません。「食オク」という、飲食店の予約権をオークション形式で販売するサイトがあります。このサイトでは、名店「鮨さいとう」のランチ予約権が100万円を超えて落札されたという事例もあります。
余談ですが、食オク経由で予約した客は“次回予約不可”というルールがあるようです。つまり、たった1回の経験であったとしても、100万円でも構わない──そんな世界が、確かに存在しているのです。
■「予約が取れない店」の真相
高級鮨の価格がここまで上がっても、客足が衰えない理由は明確です。それは「希少性」です。
世間一般で「予約困難店」と聞くと、「予約が1年待ち、2年待ち」というイメージを持つ方が多いでしょう。もちろんそれも人気店の部類に入りますが、本当に予約が取れない店とは、いくら待っても順番が回ってこない店のことをいいます。
そもそも高級鮨のカウンター席は多くても10席程度。1日2~3回転、月20営業日としても、最大で月600人しか来店できません。さらに2~4人での利用や貸切予約も多く、実際に予約できる人数は月100人以下に限られます。しかもこれは「リピート」を考慮していない数字です。もし2カ月に一度の頻度でくる方が100人いた場合、年間で予約できる人はたったの200人ということになります。
有名店ともなれば、200人の常連客なんてあっという間に現れます。
徐々に人気が出て予約が取れなくなってくる頃には、「新規客を選ぶか、常連を選ぶか」という選択を迫られるようになるのです。参考までに、予約困難な国内の飲食店350店舗以上が掲載されている予約サイト「OMAKASE byGMO」の登録ユーザー数は約40万人となっており、「200人」という枠がいかに狭き門なのかがご理解いただけるでしょう。
■お客様ではなく、「大将が神様」という世界
「お客様は神様だ」という言葉があるように、飲食店とは「お客様に選んでもらうもの、偉いのはお客様」という考え方が一般論でしょう。しかし、このような構造下ではパワーバランスが逆転します。予約権をもらえるかどうかの戦いの中、客は常に緊張感を持ってお店、大将に接します。腕時計などでカウンターに傷をつけない、会話中でも大将の説明が始まればすぐに耳を傾ける、握りがでてきたら3秒以内に食べる、しっかり味わう。暗黙のルールがたくさんあります。中には1本10万円以上する高級なお酒をあえて注文する人もいます。
それでも大将には好みがある。とにかくお金を落としてくれるお客さんが好きな大将もいれば、高いお酒ではなく鮨に向き合ってくれるお客さんが好きな大将もいる。予約権の獲得には再現性がないのです。予約権が与えられた高揚感は何にも変え難い達成感に満ち溢れます。

お金をいくら出しても、待ち続けても手に入らない──そんな「門の閉ざされた世界」だからこそ、富裕層の渇望は高まります。席を確保すること自体が、もはや一種のステータスとなっているのです。
■単なる「原材料費の高騰」ではない
さらに、ある口コミサイトでは店舗に「ゴールド」や「シルバー」といったランクが付与されます。これはミシュラン以上に、近年では集客力やステータス性において影響力を持つ存在となっています。ランク付けがさらなる希少性を生み出し、「全ランク制覇」を目的に動く富裕層も少なくありません。この行動を界隈では“スタンプラリー”と呼び、席を取ることそのものが目的化しています。
クローズドなグルメコミュニティなどでは「『鮨○○』のご予約ができる方はいませんか? もしご予約いただける場合、『鮨△△』の枠をお譲りします」といった予約枠の交換をする人も少なくありません。
高級鮨の高騰は、単なる原価上昇もあります。しかしながら、それだけでは説明ができないのです。背景には、限られた人しか味わえない「特別な体験」への強い欲求と、それを競い合う富裕層の心理が確かに存在しているのです。
余談ですが、この数年、高級鮨の主役であるマグロの値段は上がっていないようです。確かに海水温度の上昇により、魚(特にひかりもの)は採れなくなっている。
良い魚は海外に買われてしまい、「いい値」でないと買えない魚もでてきている。そういった事実は確かに存在していますが、それだけでは説明ができないということです。
■名店の大将が語った「価格の本質」
価格帯は顧客層を大きく変えます。
私が過去に訪れた、金沢の高級鮨の有名店があります。単価は2~3万円。しかも訪れたのは北陸の蟹の季節で、他の店なら5万円を超えてもおかしくありません。そこで大将に「なぜこんなにも安いのか。もっと値上げしてもお客は来るのではないか」と尋ねたことがあります。すると大将はこう言いました。
「周りを見てごらん。若いカップルが複数いるでしょう。僕はそんな人に来てもらって、笑顔になってもらいたいんだ。
5万円にしてもいい。でもそうすると、彼や彼女らは来なくなる。ギラギラした富裕層と外国人観光客ばかり来る店にしたいわけじゃないんだ」
この発言は的を射ていると思います。価格は顧客を決めるものです。価格設定次第で客層は一変します。実際、値上げをしたらクレームが減ったというお店も少なくありません。それは、お財布の大きさだけでなく、顧客層によって価値を感じるポイントが異なるからです。「食オク」のように高値でも取り引きされる例は、まさにその象徴といえます。
■「寿司バブル」は吉と出るか、凶と出るか
また忘れてはいけないのが、リピート率です。「この値段でこのサービスは妥当か、安いか、高すぎるか」という判断は、値段を基準に行われます。この値段なら仕方ないかと、安いサービスは多めに見られやすい一方、高い価格のサービスは目が厳しくなります。
かつては2~3万円でも「高い」と言われた高級鮨が、いまや4~5万円は当たり前、1席100万円で取り引きされる事例まで登場しました。その背景には、原価高騰だけでは説明できない「希少性」と、それを渇望する富裕層の心理があります。
限られた席数、常連優先の予約枠、口コミサイトによるステータス化──こうした構造が、席そのものを“取引対象”へと変えています。お金をいくら出しても手に入らない体験だからこそ、価値はさらに高まるのです。
一方で、価格は顧客層を決定づけ、リピート率にも直結します。高くすれば客層は絞られ、クレームは減るかもしれませんが、期待値のハードルは上がります。安くすれば多様な層が集まりますが、利益やブランドポジションには影響します。
今の「鮨バブル」が、このまま新たな文化として定着するのか、それとも過熱の末に反動を迎えるのか。その答えは、これからの10年で明らかになるでしょう。

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高橋 嘉尋(たかはし・よしひろ)

プライシングスタジオ代表取締役CEO

2019年、慶應義塾大学総合政策学部在学中に「価格1%の見直しが、企業の営業利益を約20%改善させる」ということを知り、その影響力に魅力を感じ、同社を設立。30以上の業界、100以上のサービスの値付けを支援している。著書に『値決めの教科書 勘と経験に頼らないプライシングの新常識』(日経BP)

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(プライシングスタジオ代表取締役CEO 高橋 嘉尋)
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