9月に入っても最高気温35度を超える日が予報されている。糖尿病専門医の矢野宏行さんは「実は急性の糖尿病患者が多く運ばれてくるのが真夏。
よく知っている商品だからといって、成分表もチェックせずにコンビニなどで買ったドリンクを大量に飲むのは危険だ」という――。
■9月に入っても、まだまだ残暑で汗をかく
猛暑日の連続という時期は過ぎましたが、9月に入っても残暑が厳しく、外を歩けば汗が出てきます。行楽や運動会などのシーズンでもあり、屋外に出ることも増えるので、まだまだ「水分補給をしっかりしなければ」と思いますよね。それ自体は、糖尿病の患者さんはもちろん、そうでない人にとっても大切なことでありますが、喉が渇くと、ついコンビニや自販機でスポーツドリンクや清涼飲料水を買ってしまいがち。でも、ここに大きな落とし穴があるんです。
私が糖尿病専門医として強く警鐘を鳴らしているのが、いわゆる「ペットボトル症候群」。これは糖分の高いスポーツドリンクや清涼飲料水を飲み過ぎたことによって急激な高血糖を起こす状態を指します。メジャーなスポーツドリンクは、若い人や健康に自信のある人ほど「体にいい」「熱中症予防に必要」と信じてガブ飲みしてしまい、気がついたら1日2リットル以上も摂取していた……なんてケースも少なくありません。
■スポーツドリンクには角砂糖8個分の糖分が
スポーツドリンクのペットボトル1本分、500mlの中には、角砂糖にしておよそ8~10個、製品によっては12個分もの糖が入っています。たとえば「100mlあたり6.2g」と書かれていたら、500mlで31g。角砂糖8個分です。目の前に角砂糖を8個置かれて「これを今食べてください」と言われたら驚きますよね。
でも、液体だと簡単に飲み干せてしまう。それが恐ろしいんです。
体が脱水状態のときに高濃度の糖液を一気に流し込むと、血糖値は急上昇します。そして血糖が上がれば利尿作用が働き、さらに体の水分が失われる。せっかく水分補給をしているはずなのに、逆に脱水が進行する悪循環に陥ってしまうんです。
■夏に多発する救急搬送の原因
私が大学病院に勤めていた頃も、このペットボトル症候群で救急搬送されてきた患者さんを何人も診ました。正常なら140mg/dLまで(食後)の血糖値が400、500mgを超え、場合によっては600mgに達する。意識がもうろうとなり、昏睡に陥ることもある。すぐに点滴やインスリン治療をしなければ命に関わる危険な状態です。
特に真夏から初秋にかけては要注意です。気温と湿度が高く、汗で水分が失われ、体が脱水状態になりやすい。その状態で「熱中症予防だから」と甘い清涼飲料水を大量に飲むと、一気に血糖値が跳ね上がり、倒れてしまう。
これは糖尿病と診断されていない人でも起こり得るのです。
■16歳の発症例も…部活などでのリスク
ペットボトル症候群は中高年だけでなく、若い世代にも起こります。たとえば私が診察した16歳の高校生。部活中にスポーツドリンクを大量に飲んでいて、学校の健康診断で尿糖が陽性となり、検査の結果、糖尿病と診断しました。子どもや若者でも、こうした飲み方で糖尿病を発症してしまうことがあるんです。
本来なら部活動中の水分補給は麦茶や水で十分です。しかし「味がないと嫌だ」と言ってスポーツドリンクを選んでしまう。親御さんや指導者も、商品のイメージから、子どもたちにとっては飲みやすくて体に良さそうだと思い込んでいる。そういった人は、ペットボトルのラベルにある成分表示を見ていないことが多い。これが非常に危険なんです。
■喉の渇きは危険なサインかも?
「喉が渇いて仕方がない」「尿の回数が増えた」「夜中にトイレに起きるようになった」――これらは血糖値が高くなっているサインかもしれません。疲れやすさや頭がぼんやりする感覚も、実は高血糖が原因ということがあります。
夏場にスポーツドリンクをよく飲んでいた人は、こうした症状がないか振り返ってみてください。血糖値が上がった状態というのは、約2カ月後に定着し、症状として出てくることが多いのです。
もし心当たりがあるなら、一度血糖値を測定することをおすすめします。最近は大型のドラッグストアで指先から簡単に血糖値やヘモグロビンA1c(HbA1c)を測れるサービスがあります。病院に行く時間がなくてもセルフチェックが可能ですし、もし、数値が基準を超えていればすぐに内科を受診してください。
■糖質はゼロでも…人工甘味料の落とし穴
また、「カロリーゼロ」や「糖質オフ」と書かれた清涼飲料なら大丈夫、と思う方もいるでしょう。確かにアセスルファムKやスクラロースといった人工甘味料は直接血糖値を上げることはありません。でも長期的に摂取すると腸内細菌のバランスを変え、太りやすく糖尿病になりやすい体質を作るのではないか、という研究結果も出ています。
甘い味を体が感じると「これから血糖値が上がる」と脳や膵臓が誤認し、インスリン分泌や食欲に影響することもわかっています。「ゼロカロリーなら安心」とは言い切れません。やはり基本は水や麦茶。味気なくても、それが最も安全な選択肢なのです。

■正しい水分補給法とは?
では、どう水分を取ればいいのか。私が患者さんにいつも伝えているのは、「常温の水を、こまめに、少しずつ」です。キンキンに冷えた飲み物を一気飲みすると、胃腸に負担をかけ、交感神経を刺激して血糖コントロールが乱れます。常温の水をひとくち、ふたくちずつ、喉が渇く前に補給するのが理想です。
さらに有効なのが「食事の30分前にコップ2杯の水を飲む」こと。研究では、これを続けると体重が減り、食後血糖値の上昇も抑えられると報告されています。胃が膨らんで満腹感が得られるため、食べ過ぎ防止にもつながります。糖尿病治療とダイエット、両方に効果があるシンプルな方法です。
■無糖の炭酸水で小腹対策をするのも手
もうひとつの工夫は「無糖の炭酸水を活用する」ことです。甘い炭酸飲料ではなく、ミネラルウォーターなどを使った炭酸水。これを飲むと胃が膨らみ、満腹感を得やすくなります。患者さんの中には「水を炭酸水に変えただけで間食が減り、体重が8kg落ちてヘモグロビンA1cが10%から6%台まで改善した」という人もいました。

血糖値が高い状態が続くと、目や腎臓、神経といった全身に合併症を引き起こします。さらに怖いのが脳梗塞や心筋梗塞。糖尿病の人はそうでない人に比べて脳梗塞は4倍、心筋梗塞は3倍発症しやすいといわれています。脱水が重なると発症リスクはさらに高まります。
つまり「喉が渇いたから甘い飲み物を飲む」という習慣は、将来の命に関わる病気の引き金になりかねない。たかが1本のペットボトル、されど1本。毎日の積み重ねが体を作るのです。
■ふだんから家族や職場でできる工夫
子どもに持たせる飲み物は水や麦茶にする。オフィスには常温の水を常備する。運動会やスポーツの試合、建設現場や交通整理の現場でも、できるだけ砂糖の入っていない飲料を配布する。こうした小さな工夫で、ペットボトル症候群は防ぐことができます。
「味がないと飲めない」という人もいますが、その場合はお茶のバリエーションを増やすのも一つの方法です。
麦茶、ほうじ茶、そば茶。香ばしい風味を楽しみながら、安全に水分補給ができます。
糖尿病は生活習慣病です。食事、運動、ストレス、そして飲み物。日々の積み重ねが血糖値を左右します。だからこそ「水分の取り方を変える」ことが第一歩になるのです。実際に水の飲み方を変えただけで、ヘモグロビンA1cが10%から6%台まで改善した患者さんを私は見てきました。
大げさに聞こえるかもしれませんが、たったこれだけで人生が変わることもあるんです。薬を減らしたい、合併症の不安から解放されたい――そんな方はぜひ今日から始めてください。
■夏が過ぎても油断は禁物
気候変動の影響もあり、9月、10月も残暑が続きそうです。だからこそ今、水分補給のやり方を見直す絶好のタイミングです。「喉が渇いたらスポーツドリンク」ではなく、「普段は水やお茶」。どうしても刺激が欲しいときは「無糖炭酸水」。人工甘味料入り飲料も長期的にはリスクがあると理解し、ペットボトルの選び方に気を配ってください。
健康な人ほど「自分は大丈夫」と思いがちですが、ペットボトル症候群は誰にでも起こり得ます。この秋も油断せず、賢い水分補給で血糖コントロールを守っていきましょう。

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矢野 宏行(やの・ひろゆき)

糖尿病専門医

やのメディカルクリニック勝どき院長。医学博士。1981年生まれ。2006年に日本医科大学卒業後、同大学附属病院に勤務。その後、国立国際医療研究センター研究所の糖尿病研究センターで糖尿病について研究をする。2023年、やのメディカルクリニック勝どきを開院。「Dr.ゆきなり」としてYouTubeでも情報発信をしている。著書に『ミスター血糖値が教える 7日間でひとりでに血糖値が下がるすごい方法』(アスコム)、『自分でできる! 薬に頼らない糖尿病の大正解』(ライフサイエンス出版)がある。

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(糖尿病専門医 矢野 宏行)
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