■万博来場者の「足」となっているe Mover
閉会まで1カ月を切った大阪・関西万博。閉幕が近づいてきたこともあって9月に入ってからは平日も大混雑となっている。その万博の会場内の外周路で走り回っているのが、大阪メトロが運営するバス「e Mover」である。
全車両が電気を動力源として走行するEVバスでおよそ3~5分間隔で運行されている。チケットは1回利用(400円)と1日乗り放題(1000円)の2種類がある。
また、e Moverには自動運転バスもある。通常のe Moverとは走るコースも異なっている。なお、「自動運転」といっても、ドライバーは運転席に座っており、「無人運転」というわけではない。
今年4月の万博開幕以来、このe Moverに使われている車両は自動運転車含め不具合が多発している。
■北九州の企業が150台、大阪メトロに納入
これらのEVバスは中国の製造会社、威驰腾汽車(福建WISDOM)、南京恒天领锐汽車有限公司(KINWIN/YANCHENG)、愛中和汽車(VAMO)の3社によって製造されており、北九州市に本社をかまえるEVモーターズ・ジャパン(代表取締役社長・佐藤裕之、以下EVM-J)という会社が輸入し供給している。
同社は2019年4月1日に設立された新しいEVベンチャー企業で、社長の佐藤氏は同じく北九州市内のソフトエナジーコントロールズで最高技術責任者や代表取締役に就任し、退職の後にEVM-Jを設立し現在に至る。また、EVM-J副社長の角英信氏もソフトエナジーで代表取締役に就任。
EVM-Jが万博に100台のEVバスを納入するというリリースが出たのは2023年6月15日。EV関連のメディアにも寄稿している筆者は当然、同社の名前と北九州にあることを知っていたが、納入の実績がほとんどなく設立間もないEVベンチャーが、いきなり万博で100台もの電気バスを納入したことを知って、当時、非常に驚いた。
しかも1社独占で100台。最終的には現在150台に増えており、さらに、大阪市内を走るオンデマンドバスも2025年3月末までに同じ大阪市高速電気軌道株式会社(大阪メトロ・大阪市交通局)に40台が納入されている。
なお、このオンデマンドバスは9月1日、大阪市福島区で中央分離帯に乗り上げる事故を起こしている。「ハンドルがきかなくなった」ことで中央分離帯に乗り上げたそうだが、回送中でけが人が出なかったことは不幸中の幸いだった。
■両面テープがはがれてセンサーカメラが脱落
EVM-Jが輸入するバスは、大阪万博のためだけではない。全国各地にわずか2年間で300台強の電気バスを納車してきた。2022年から購入事業者にEVバスの引き渡しを始めているが、納入が本格化したのは2023年以降である。
その早すぎる納車があだとなっているのか、それらのバスでは不具合が多発している。報道されているのが、福岡県筑後市に4台納入されたEVマイクロバスだ。
※西日本新聞「福岡・筑後市のEVバスまた不具合で使用停止 スクールバス4台、導入2週間相次ぐ誤作動」(2025年8月10日)
関係者によると、ほかにもこんな技術的トラブルが起きているという。
・制御系統の不具合
・始動するとクラクションが鳴り続ける
・電池関連トラブル多数
・駆動系部品の損傷や溶接不良が頻発
・走行中にブレーキチャンバー(トラックやバスなど大型車両のエアブレーキシステムに不可欠な重要なコンポーネント)が脱落
中には車両トラブルと言えるのかどうか分からないが、両面テープがはがれたせいで自動ブレーキのセンサーカメラが脱落した、というものもあった。センサーカメラが脱落したら当然、自動ブレーキは働かない。非常に恐ろしい。
■国交相が「全車両の総点検」を指示
万博来場者を送迎する自動運転バスもトラブル続きだ。万博開幕から間もない4月28日に、回送中の車両がコンクリートの壁に接触する事故が起き、現在も自動運転は停止されている。
EVM-Jは6月、「大阪・関西万博にて運行される 自動運転シャトルバスの事故原因の調査報告について」というリリースを発表。自動運転システムの設定ミスでブレーキが作動しなかったことが原因だったとして、「EVバス車両側の不具合ではない」とした。
その後も、7月21日には客を乗せた車両が中央分離帯の縁石に接触する事故が起きている。
本来ならば世界に日本の技術力を示す舞台が、逆に「信頼を損なう展示」となりかねない深刻な事態となっている。
この事態に国交省も動き始めた。
■輸入EVの審査は驚くほど「緩い」
中国や欧州のEVバスについて詳しいエンジニアは、EVM-Jが扱う電気バスについてどういう印象を持っているのか。
「中国には多数のEVメーカーがあります。エンジン車と違って部品点数が少ないEVは、大型バスであってもさまざまな部品を寄せ集めて短期間で新しいEVバスを完成させることは可能です。
そして、本来は輸入車に対して厳しい認証制度がある日本ですが、これがEVやFCEV(水素自動車)などの低公害車は簡単に言うと審査が緩くなる傾向があります。当然ですが、ガソリン車では必須の排ガステストもありません。言い方は悪いのですが、適当に見様見真似でEVバスを作っても日本でナンバーがついてしまうんです。
もちろん、日本の保安基準は最低限、満たす必要がありますが。同じ中国製の並行輸入車でも、乗用車とEVバスとではナンバー取得の難易度はまったく違います」
このエンジニアは、EVM-JのEVバスを「試作車レベルの完成度」とバッサリ切り捨てた。
■「国内初のEVスクールバス」も残念な結果に
EVM-Jのバスに不具合が多発している話を聞いた時、筆者は「それは中国製造のバスですか? 国内製造のバスですか?」と思わず情報提供者に問いかけた。EVM-Jは「国内の工場で最終組み立て」だとして、同社が扱うEVバスは「国産である」とアピールしていたからだ。
複数の関係者に確認したところ「100億円をかけて作った工場で現在行われているのは、組み立てではなく最終のこまごまとした架装(乗降ボタンや行先表示、料金箱の設置など)だけとのこと。
関係者はこう話す。
「中国製造のものですよ。そもそも、EVM-Jは国内では組み立てしていません。少なくとも万博用のEVバス150台はすべて、中国メーカーが中国の工場で製造しています。国内で最終組み立てなんて効率が悪すぎるでしょう? 常識的に考えて、日本でバスの架装をすることがあったとしても、組み立ては非現実的だと思いませんか?」
EVM-J広報に「最終組み立ては国内で行われているのか」と確認したが、「総点検で多忙につき回答には時間がかかります」とのことで期日までに回答は得られなかった。
もちろん、国産ではなく中国製でも、厳格な品質管理のもとに製造されていれば問題ないのだが、複数の関係者が話すには、同じ中国製EVバスであるBYDとはモノづくりに対する心構えからして全く異なるという。
■安全安心を重視したBYDのモノづくり
BYD製EVバスが最初に日本で採用されたのは京都の路線バス「プリンセスライン」で、2015年2月から5台の運行が始まった。10年以上の実績があり、日本にはこれまで約500台が輸入され、日本各地で品質、安全第一で運行されている。
バスメーカーの技術者はこう評価する。
「日本を含む世界市場で多くの実績と信頼を積み重ねてきたBYDと比べると『モノづくり』への意識からして全く異なります。世界最大のEVメーカーとして電気バスに関しても、彼らは非常にまじめなモノづくりをしています。
自動車の性能、安全性に対して世界トップレベルの要件が求められる日本市場に参入する際も、素直に有識者のアドバイスを聞いて、コストが多少上がっても安全で安心な欧州製の部品に交換をしていました。また、日本で運用されてからも、導入したバス会社などからの意見や改善要望に誠意とスピードを持って即座に対応しています」
■使用停止中の4台に7000万円の補助金
最後に問題提起をしたいのは、不具合が多発するEVバスであっても、多額の補助金が書類提出だけで出されているという事実だ。
これは、環境省が主体となって進める事業で「商用車等の電動化促進事業(経済産業省、国土交通省連携事業)」なる補助金制度である。
同クラスのディーゼルバスとの価格差額の3分の2、EVバス本体価格の4分の1等となっており、さらにそれぞれの品質(電費の良さなど)も加味されて車種ごとに基準額が定められている。
EVM-Jの車両に対する補助金基準額をまとめた図表1を見てほしい。例えば先ほど紹介した、筑後市に納入されたEVバス(YANCHENG V8-Micro Bus 6.99m高床仕様)の補助金基準額は1797万2000円である。4台なので計7188万8000円だ。
なお、こちらは「九電でんきバスサービス」が展開するサブスク形式で運行されるので、九州電力に確認したところ、補助金を受け取って活用しているのはパートナー企業の芙蓉オートリースとのことであった。
■補助金のための実車審査はなし
この補助金の審査内容について環境省の担当部署に聞いたところ、以下のような答えが返ってきた。
「基本は必要書類を出していただくことです。電費が優れているなどの性能の良さが補助金額に反映される場合もあります。実車を持ち込んでの審査は必要なく、すべてカタログ数値を書き込んでいただく形になります」
EVの購入補助金といえば、乗用車や小型商用車に対するCEV(クリーンエネルギー自動車導入促進)補助金がおなじみだが、CEV補助金の場合、金額を決めるには電費の実測をはじめ非常に厳しい審査が実施されている。
一方、EVバスは書類審査だけで車体本体を持ち込む必要はない。たとえ運用途中で不具合が多発して数カ月にわたって使用停止になったとしても、補助金が減額されることもない。
■公共の乗り物なのに、甘すぎないか?
そして驚くことに、日本で10年以上の実績があり高品質で知られるBYDのEVバスに対する補助金基準額と比較すると、EVM-J扱いのバスのほうがは数百万円高額となっている。電気バスの補助金はもともとの販売価格がベースになるため、EVM-Jの販売価格が気になるところだ。
今後は、国交省がEVM-Jに対して立ち入り検査を行うことが予想される。どんな結果が出てくるのか、気になるところだ。
「EV後進国」の日本は並行輸入の電気バスの性能や品質に対する審査をもっと厳しくすべきではないだろうか。
老若男女、高齢者や障がい者、妊婦も乳幼児も乗る公共の乗り物に対して審査や管理が危険なほど甘いのが不思議である。
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加藤 久美子(かとう・くみこ)
自動車生活ジャーナリスト
山口県下関市生まれ。大学時代は神奈川トヨタのディーラーで納車引き取りのバイトに明け暮れ、卒業後は日刊自動車新聞社に入社。95年よりフリー。2000年に自らの妊娠をきっかけに「妊婦のシートベルト着用を推進する会」を立ち上げ、この活動がきっかけで2008年11月「交通の方法に関する教則」(国家公安委員会告示)においてシートベルト教則が改訂された。育児雑誌や自動車メディア、TVのニュース番組などでチャイルドシートに関わる正しい情報を発信し続けている。「クルマで悲しい目にあった人の声を伝えたい」という思いから、盗難・詐欺・横領・交通事故など物騒なテーマの執筆が近年は急増中。現在の愛車は27万km走行、1998年登録のアルファ・ロメオ916スパイダー。
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(自動車生活ジャーナリスト 加藤 久美子)