■増加する中年の未婚者と実家暮らし
近年、中高年期に差し掛かっても独身で実家に暮らし続ける人は珍しくありません。内閣府「男女共同参画局」の公表データによると、未婚率は男女ともに上昇を続けています。50歳時点での未婚割合は、1985年には男性3.7%・女性4.3%にすぎませんでしたが、2020年には男性25.9%・女性16.4%へと激増。実に、男性は約7倍、女性は約3.8倍に増えているのです。
それに伴い、親と同居する中年未婚者も増加し、1995年から2015年の20年間で全体として3.02倍(男性2.86倍、女性3.33倍)に達しました。しかも、親と同居する世帯のうち、5割以上で「親が生計維持の中心者」となっており、親が亡くなった後の生活不安が顕在化しやすい構造にあります。
親の介護や生活の安心感から実家暮らしを選ぶ一方で、その安心が失われた瞬間に生活基盤を喪失するリスクは高いのです。実際の相談でも、「住まい」「生活費」「金銭管理」「孤立」といった点が大きな懸念として挙げられています。
今回筆者にご相談いただいたケースは、きょうだい間で負担をどう分かち合うか、さらには甥や姪といった次世代への影響も避けられません。ご紹介するAさんとBさんの事例は、こうした典型的な不安を色濃く映し出したものといえる事案です。
■還暦を迎えて浮上した長男の不安
「自分が先に亡くなったあと、妹のことで子どもたちに迷惑をかけたくない」
還暦を迎えたAさん(60歳・一部上場企業勤務)は、長年胸に抱えてきた不安にようやく本格的に向き合うことにしました。
きっかけは、継続雇用という形ではあるものの、一旦定年退職を迎えたことでした。その不安とは、4歳年下の妹Bさん(56歳)のことです。Bさんは持病の影響で体調に波があり、就労経験は限定的。現在は生まれ育った実家で一人暮らしをしています。きょうだい仲は決して悪くありませんが、Aさんが万が一の時、Bさんの面倒を見るのは自ずとAさんの妻や子どもたち(大学生と高校生)になります。
Aさんの実家はかつて地元で商売を営み、社員数人を抱えた商店でした。Bさんも正社員として厚生年金に加入し、持病と向き合いながら体調の良い時期には店舗業務を担当。時には実家の家事を一手に引き受けるなど、両親にとって頼りになる存在でした。給与を受け取りながら、家族の一員として重要な役割を果たしていたのです。
■働く場所を失った妹のBさん
しかし時代の波には勝てず、近くに大型スーパーが開業すると、客足は目に見えて鈍化。追い打ちをかけるように父親がガンを患い、事業継続が困難になりました。土地とそれなりの資産があったため、暮らしに不自由することはありませんでしたが、Bさんにとって生きがいでもあった「働く場所」を失うことになったのです。
一方、Aさんは大学入学と同時に実家を出て、そのまま就職、結婚という人生を歩みました。実家とは良好な関係を築いておりました。両親の高齢化も追い打ちをかけ、家業は完全に廃業。父は他界し、母は認知症を発症して施設に入居することになりました。
この一連の変化により、Bさんはそのまま実家に残り、生活費の多くを母名義の公的年金と終身型の個人年金で賄う生活となりました。安定した収入源と住まいは確保されていましたが、社会とのつながりや生活の張りを失った状況に、Aさんは深い懸念を抱くようになったのです。
■買い物依存の傾向があるBさんへの不安
Bさんは何かにつけAさんを頼りにしてきました。しかし、Aさんが最も心配していたのは、Bさんの買い物依存傾向や気分の浮き沈みによる金銭管理の不安定さでした。過去にクレジットカードを使い過ぎてしまった苦い経験があり、Aさんは対策として「デビットカード」の活用を提案しました。
デビットカードは預金口座から即時引き落とされるため、残高以上の支出を防げます。Aさんは毎月の生活費予算をBさんの口座に入れ、買い物履歴を確認しながら家計管理の練習をさせることにしました。
当初は順調でしたが、テレビショッピングの誘惑に負けたり、気分が高揚すると衝動的に高額商品を購入したりと、計画が崩れることもありました。
■母の死後は生活費が8万円に…
Aさんが想定したのは、母の死後、あるいはAさん自身に万が一のとき、Bさんの生活が破綻し、その負担が子どもたち(Bさんにとっては甥と姪)に及ぶシナリオです。現在、Bさんの生活費は月20万円ほどで、障害基礎年金(月約6万9000円)に加え、母名義の公的年金と個人年金から13万円余りを充てています。しかし、母の死後はこのお金が途絶えます。
特にAさんが不安視していたのは、①収入の大幅減少、②住まいの確保、③金銭管理能力の低下、④孤立によるトラブル増加という4つのリスクです。月20万円から約6万9000円への収入激減は、現在の生活水準維持を不可能にします。Bさんが65歳になれば老齢厚生年金(年約20万円)が加わり、月換算で約8万5000円と現在の半分以下です。
築40年を超える実家の維持管理もBさん一人では困難で、金銭管理の問題も深刻です。現在でもデビットカードでの管理に苦労している状況で、収入減による不安やストレスが加われば、衝動的な支出や詐欺被害のリスクも高まります。
これらが同時に進行すれば、経済的・精神的負担が次世代に跳ね返る危険性があります。Aさんの子どもたちは現在大学生と高校生で、就職や結婚といった重要な局面を迎えます。
■2500万円の預貯金で老後も暮らせるのか
Bさん自身も、母の死後に生活費が自分の公的年金だけになることに漠然とした不安を抱えていました。兄のAさんには2000万円と実家、妹のBさんには2500万円を相続したため、Bさんには2500万円の預貯金はあるものの、このままで老後まで資金がもつのか自信がありません。そんなとき、旧知の友人から「信頼できるFPがいるから相談してみたら?」と勧められ、連絡をもらったのが筆者です。
面談では、NISAを活用した一部運用を提案しました。しかしBさんは「兄のAさんから投資には手を出さないように言われている」と説明します。過去に金融機関の窓口で勧められるまま金融商品を購入し損失を出した苦い経験があり、それ以来、Aさんからは投資を避けるよう助言を受けてきました。
Bさんから「兄とも話をしてほしい」と依頼があり、Aさんを交えて3者で資産管理方針を協議。その結果、毎月の生活費をしっかり管理できれば、障害年金と老齢厚生年金、そして預貯金の計画的な取り崩しで生涯の生活資金は確保できることが確認できました。数字で将来像を可視化したことで、Bさんの不安は具体的な行動計画へと変わっていきました。
その後、Bさんは病院への通院に加え、訪問看護サービスを定期的に利用し、症状の安定と再発予防に努めています。訪問看護では、服薬や生活リズムの支援、医師との連携、孤立防止などを行い、日常生活の質向上を図っています。
■相続トラブルを未然に防ぐための対策
不動産の問題も重要でした。実家は築40年以上で、父の相続時にAさんが単独で相続しました。父が亡くなる3年前に大規模修繕を行っており、住み続けることは可能ですが、庭付き一戸建てで独り身には広すぎ、駅から徒歩25分と立地条件も厳しい。庭の管理や家の維持はBさんには負担が大きいとAさんは判断しました。
そこでAさんは、Bさんが将来も安心して暮らせる住まいとして、首都圏郊外のニュータウンにある大規模マンションを購入しました。世帯数は300戸ほど、専有面積は2LDK・60m2台。購入価格は約1800万円で、マンション価格が高騰する前の2022年に築5年の新古物件として取得したものです。
駅から徒歩15分ですが、近隣には大型ショッピングモールがあり、Bさんのかかりつけ医へのアクセスも良好。さらに、管理費・修繕積立金は月1万円台と、将来的にBさんが払い続けやすい水準に抑えられています。
Aさんは一部上場企業の管理職として年収約1200万円、妻も教員として年収約800万円の共働き世帯です。教育費はこの世帯収入で賄い、父からの相続で受け取った預貯金2000万円(実家不動産以外の資産)は手をつけずに温存してきました。
妹Bさんは年金収入のみということもあり2500万円には手をつけず、Aさんの預貯金2000万円を使い、Bさんの将来の住まいを整えてあげることにしました。
代償分割は相続人間の合意と手続きで実現可能ですが、税務や登記の取り扱いが複雑になる場合もあります。Aさんは「こうした計画は専門家と相談しながら進めるべき」と考え、司法書士や税理士への相談も視野に入れています。これにより、Bさんの住まいの安定と資産の行方を明確にし、相続トラブルを未然に防ぐことを目指しています。
■生活改善のためのキャッシュフロー
前述の3者面談で作成したキャッシュフロー表は、Bさんにとって将来の見通しを具体的に描く第一歩となりました。その際、Aさんからは「投資商品の販売を目的としないFP」であることを確認されました。
キャッシュフロー表の作成では、まずBさんの直近の生活費をヒアリングし、食費・光熱費・医療費・娯楽費を「基本生活費」として整理しました。さらに、大型家電の買い替えなど突発的な出費を想定し、臨時支出として130万円を計上。こうした条件を反映したうえで、年金収入と預貯金の取り崩しを組み合わせ90歳までの長期シミュレーションを行いました。
この時点で、Bさんは社会福祉協議会の金銭管理サービスを利用し始めていましたが、まだ完全に生活費をコントロールできていたわけではありません。しかし、キャッシュフロー表で「月15万円に収められれば、2500万円の預貯金は約28年持ち、90歳近くまで暮らしていける」という数字を目にしたことで、生活改善の目標が具体化しました。「このペースなら何とかなる」という実感が芽生え、Bさんのやる気と安心につながったのです。
さらにAさんから「自分がいなくなった後の伴走者」として、継続的なつながりを依頼されました。年1回の定期面談に加え、急な支出や判断に迷う場面では随時相談できる体制を整備し、孤立による判断ミスを防ぐセーフティネットとして機能させています。
■突然降りかかるトラブルに備える
Aさんの行動は、「自分の老後」と「きょうだいの老後」を同時に設計する好例です。多くの人は自分の老後資金や介護に意識が向きがちですが、経済的・精神的に脆弱なきょうだいがいる場合、その将来設計も併せて考える必要があります。放置すれば、問題は必ず次世代に引き継がれるからです。
具体的なアクションとして重要なのは「現状把握」です。きょうだいの収入状況、資産、住まい、健康状態、人間関係を正確に把握し、親の死亡や自分の死亡といった「変化のタイミング」で何が起こるかをシミュレーションします。
次に「制度の活用」です。障害年金、生活保護、地域の福祉サービス、訪問看護、家事代行、見守りサービスなど、利用できる制度を事前に調べ、申請方法や条件を確認しておきます。
そして「支援ネットワークの構築」です。信頼できるFP、弁護士、司法書士といった専門家とのつながりを作り、定期的な相談体制を整えます。親族だけで抱え込まず、プロの力を借りることで、より良い解決策が見つかります。「うちは大丈夫」と思っていても、突然の変化は必ず訪れます。今から行動を始めれば、選択肢は格段に広がるのです。
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三原 由紀(みはら・ゆき)
ファイナンシャルプランナー
1965年東京都生まれ。成蹊大学卒業後、食品メーカーに勤務。専業主婦、パートを経て、2015年に起業、定年後の生活設計を専門とする「プレ定年専門FP®」として活動。2025年、国内で唯一「老年学学位プログラム」がある桜美林大学大学院にて修士(老年学)を取得。公的保険アドバイザー、相続診断士。著書に『書けば貯まる! 今から始める自分にピッタリな老後のお金の作り方』(翔泳社)、『定年後に後悔しないお金の大正解100』(永岡書店)などがある。
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(ファイナンシャルプランナー 三原 由紀)