■米価高騰を招いたまさかの理由
世間の注目の熱はすっかり冷めてしまったようだが、ここ1カ月ほどで「令和のコメ騒動」に注目すべき新展開が生じた。
農水省がついに、米価高騰を招いた「本当の理由」を説明し始めたのだ。
2022年秋、政府は2023年産米の生産量の目安を、前年を下回る669万トンに設定した。2022年秋はいまだコロナ禍の只中で、コメ需要の回復は難しく、その分だけ生産量を減らす必要があると考えられていたのだろう。
しかし、その農水省のヨミは外れた。2023年以降、インバウンドの復活を含め、コロナ禍からの経済回復は急激に進み、コメの需要量も増加した。結果的に2023年秋以降に出回った2023年産米の量はまったく不十分で、2024年6月末時点での国内の民間在庫量は153万トンという記録的な低水準となった。
つまり、昨年夏以降にコメ騒動が顕在化したのは、2023年産米の生産量が不十分だったことに原因があった。そして、生産量が少なくなった原因は、農水省がコロナ禍からの経済回復などの見通しを読み誤ったことにある。
■「コメは足りている」と言い張ってきた農水省
それにもかかわらず、これまで農水省は「コメは足りている。米価が高いのは流通の問題だ」と説明してきた。
しかしその後、2024年産の新米が出回るようになってもコメの価格は一向に下がらなかった。すると政府は、一部のブローカー的な業者によるコメの買い占め・売り惜しみを原因として指摘するようになった。実際、この時期にはコメと関係のない建設業者などの倉庫からコメの在庫が見つかったり、メルカリなどのフリマサイトで高額なコメの出品が相次いだりしたことが大きな話題となった。そこで政府は、米価安定のための備蓄米放出という前例のない決断を下す。政府が抱える大量の備蓄米を市場に放出することで、コメの流通を止めている業者を牽制しようとしたのだ。そして、今年3月からは実際に備蓄米の流通も始まり、「古古古米」などのキーワードはちょっとした流行語にもなった。
■農水省幹部による異例の陳謝
だが、それでも米価は思うように下がらなかった。この頃から、関係者の間では「米価が高いのは、単純にコメの生産量が足りていないからでは?」という声が上がり始めた。農水省の指摘が正しいのであれば、備蓄米の放出による米価下落をおそれたブローカー的業者から一気にコメが流れ始めるはずだった。現実にはそうなっていない以上、流通の目詰まりなどは大した規模ではなく「単純にコメが足りていないのでは」と考えるのが自然だ。
そして、このほど農水省が明らかにした「本当の理由」とは、まさに“それ”だったのだ。
昨年から農水省は一貫して「コメは足りている」と説明してきたが、それが誤りだったことを農水省が正式に認めたのだ。今年の8月8日には渡邊毅事務次官やコメを所管する山口靖農産局長など、農水省幹部が揃って自民党の会合に出席し「コメが足りているとずっと申し上げていたことについて謝る」として、議員らに頭を下げた。現役の事務次官や局長たちが党の会合で揃って頭を下げるというのは異例だ。
■「令和の米騒動」の発端は農水省にある
なぜ農水省の幹部がここまでして陳謝するのか。それは、コメの生産量は事実上、政府によってコントロールされているためだ。
米価の暴落を防ぐためにコメの生産量を抑制する「減反政策」は、1970年代から長らく続いた後、安倍政権下の2018年に一応は終了したことになっている。だが、コメの生産量を政府がまったく管理しないと米価が暴落し、コメの生産基盤が崩壊してしまう。そこで、2018年以降も、政府が需要量の見通しを立ててコメの生産量の目安を設定するという政策が採られている。したがって、「コメが足りない」ということは政府の見通しが誤っていたということを意味する。「令和の米騒動」の一つの原因として、こうした農水省の判断ミスにあると考えるべきだ。
■「米卸の利益率は500%増」小泉発言の責任
だが、もう一つ忘れてならないのは小泉進次郎大臣の発言だ。
小泉農相が就任したのは今年5月のことであり、米価高騰の原因となった3年前の判断の際には農政の責任者ではなかった。しかし、米価高騰の検証を踏まえて、小泉農相にも責任をとるべき点があることは見逃せない。というのも、小泉農相はこれまで、事実関係が不正確な情報を持ち出しつつ「米価高騰の原因が流通業界にある」という印象を消費者に植え付けるような発言を繰り返してきた。
その最たる例が6月5日の衆院農水委員会での発言だ。この場で小泉農相は「社名は言わないが、ある大手卸の営業利益率は前年比500%だ」と述べ、流通業者が米価をつり上げているかのような発言を残した。
■米価高騰の原因として名が挙がった卸会社
その後、小泉農相によって「ある大手卸」と言及された先が、大手米卸の木徳神糧であることが報じられた。たしかに同社米穀事業の2025年第1四半期の営業利益は前年比487%と、大きく業績が伸びた。だが、同社は「小泉発言」後のプレスリリースにおいて「増益の背景は、長年にわたる『米余り』環境下での構造的な低収益体質において、市況の急変が勃発した結果の反動」として、あくまで増益は「限定的な事象」であると説明した。そして今回の検証結果によって、米卸の大幅な増益が米価高騰の原因ではなかったことが改めて示された。米価高騰の原因について不正確な印象を消費者に植え付けたのみならず、国会の場で特定の民間事業者の業績にまで言及したことについて、小泉農相は何らかの態度を示すべきだろう。
■今後もコメ価格は下がらないのか
2024年産米は生産量が需要量を下回る事態になった一方で、今後出回る2025年産米は十分な生産量が確保できそうな見通しとなっている。だが、これから新米がスーパー店頭などに並ぶようになっても、価格が下がる可能性はそれほど高くない。
というのも、産地からコメを送り出す役割を担っている各地の農協が、昨年を上回る価格を提示して農家からコメを集める準備を進めているのだ。
一般的に、コメは各地の農協などが集荷し、米卸などの流通網に流される。農協がコメを集める際には、概算金と呼ばれる仮払い金額を農家に提示し、その価格を了承した農家が農協へコメを出荷する。だが、コメ不足が大きな話題となった昨年は、農協以外の業者が概算金をはるかに超える金額で農家からコメを買い集め、農協によるコメ集荷率は例年を大きく下回った。その反省から、現在農協では集荷率の回復に向けた施策が次々と打ち出されている。
■コメ5キロが4166円に…
なかでも注目を集めているのが、異例とも言える高値の概算金設定だ。概算金とは、JAがコメを集荷する際に農家に支払う前払い金で、その年の小売価格を左右する指標となる。
国内最大の産地である新潟県では、コシヒカリ(1等・60キロ)に税込み3万円の概算金が設定され、昨年比で1万3000円高という極めて高い水準となっている。他の主力産地でも、昨年から1万円以上、概算金を上げる動きが相次いでおり、この高値水準は小売価格へ転嫁される可能性が高い。
具体的にいくらで小売価格が落ち着くのかはスーパーの方針や産地によっても異なるだろうが、仮に概算金が60キロあたり3万円として試算をしてみよう。
「小泉発言」の的となった木徳神糧が反論しているように、これまで米価は低迷状態が続き、生産コストを回収できるような価格設定も難しい状況だった。たしかに、数年前と比べれば米価は高騰しているが、生産コストに見合った価格設定という当たり前の理屈から言えば、現在の米価は決して不当とは言えない。「令和の米騒動」は日本のコメの“ニューノーマル”に向けた過渡期として考えるべきだろう。
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市村 敏伸(いちむら・としのぶ)
農と食のライター
1997年生、北海道大学大学院博士後期課程在学中。大学在学中からライターとして「現代ビジネス」、『週刊東洋経済』などに農と食にまつわる記事を寄稿。専門は農業経済学。
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(農と食のライター 市村 敏伸)