台湾有事は本当に起きるのか。イスラエルの元諜報部員イタイ・ヨナトさんは「中国は台湾統一に向けてさまざまな工作を行っている。
日本国内では、憲法改正に反対する政治家や沖縄独立を求める地元の声を支援している」という――。(第1回)
※本稿は、イタイ・ヨナト『認知戦 悪意のSNS戦略』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■中国が日本で影響力工作を行っている
日本にとって、台湾は安全保障上のパートナーです。直接的な同盟関係にはないですが、台湾に何かが起こった場合、たとえ日本が望んでいなくても、巻き込まれる可能性が高い。
軍事的な観点から考えると、中国の人民解放軍は、台湾島を包囲するだけで十分だと考えているはずです。
ただ、中国が台湾をいきなり物理的に占領したり、沿岸部に侵攻したりはしなくても、偶発的に戦争が勃発する可能性もあります。中国は東シナ海全体の制海権を獲得しようとしていますが、東シナ海は日本の領海も含まれています。
中国が台湾統一への足がかりとして、日本の最南端の島々をターゲットにしたら、領土・領海をめぐる地政学的な衝突が起こりうる状況になってくる。
中国はそうした事態を想定した上で、日本に対して積極的に影響力工作を開始しているのです。
影響力工作には、三つの戦域があります。それは、自国内(「国内戦線」)、相手国(「ライバル国」)、世界のその他の地域(「第三国」)です。
中国が台湾との紛争をめぐって、日本に大規模な影響力工作をおこなっている狙いを戦域ごとに解説していきましょう。

■国際的に日本を孤立させるワケ
◆中国の狙い

①中国国民を日本との戦争に備えさせること。

②日本を弱体化させること(日本が中台間の戦争へ参戦することを阻止するため)。

③国際的に日本を孤立させること(友軍、おもにアメリカ軍を沖縄から追い出すこと。また、日本をアジアから孤立させること)。
なぜ国際的に日本を孤立させたいのか。それは、将来戦争が起こり、日本が参戦を決断した場合、支援や物資の供給面で、日本の思い通りにならないようにするためです。石油や弾薬の禁輸措置がとられたら、日本がどうなるかを想像してみてください。
影響力工作という戦いは、実際の戦争がおこなわれるだいぶ前から始まっています。効果的な影響力工作を実行するためには、かなり長い期間が必要になります。だいたいの目安は最低5年です。
仮に、中国が2027年までに台湾統一をおこないたいと考えているとしましょう。そのための影響力工作に必要な5年という期間を逆算すると、遅くとも2022年には工作を始めていなければならない。
そして実際、これから詳しく解説するように、中国は対日工作を展開しており、2022年以前から影響力工作を開始していた証拠があります。
■中国が徹底的に植え付ける「日本=悪」
では現在、中国は国民を日本との戦争に備えさせるために、まず中国国内(「国内戦線」)ではどのような工作をおこなっているのでしょうか。
中国共産党は、国内では次のようなナラティブを流布します。
「中国政府は善であり、台湾を取り戻したいと考えている。台湾は我々の内政問題であるにもかかわらず、日本が口を出そうとしている。だから日本は悪であり、日本を攻撃する必要がある」
中国政府は、国民に対して戦争に備えるように促さなければなりません。そこで「日本政府、日本人は悪者である」というイメージを国民に刷り込んだうえで、なぜ国民が戦争に参加しなければならないのかを、国民に納得させるのです。
■拡散された憎悪が日本人児童の犠牲を招いた
中国国内で実際に何が起こっているのかを正確にモニターすることは技術的に難しいので、私はすべてを監視できているわけではありません。しかし、日本人が中国においてテロや暴力の対象になっていることは周知の事実です。
2024年には、日本人学校の児童が犠牲になりました。中国のSNSには、日本に対する憎しみが溢れています。日本と中国にはさまざまな友好の歴史があるのに、中国のSNSは「南京大虐殺」や人体実験をした「731部隊」などの暗い歴史にだけ焦点を当てています。
その結果、日本に対する憎悪が増幅され、中国国内の日本人学校に通う児童が「日本人である」というだけの理由で刺されてしまうのです。
中国政府は、国内のナラティブのコントロールをおこなっています。微博(ウェイボー)や微信(ウィーチャット)など、中国のSNSアプリ内で政府に批判的な内容が流れた場合、1時間以内に削除されます。彼らは国内の言論のすべてを監視し、体制批判を迅速に見つけて削除します。民主国家ではなく、こうした言論統制が簡単にできるので、中国では政府が承認しなければ、いかなるナラティブも流布できません。
つまり、日本への憎しみに溢れたSNSの投稿が削除されずに拡散されていたら、それは中国共産党から支持されていることを意味します。
それが現在、中国でおこなわれていることなのです。
■沖縄で行われている分断工作
私の分析では、中国は日本を弱体化させるために、「ライバル国」の日本国内で、憲法改正に反対する政治家や、沖縄独立を求める地元の声を支援したりしています。
また、中国が「沖縄」を対象に影響力工作を続けてきた事実が、私の会社の調査結果によって浮かび上がってきました。
じつに多くの種類のメッセージが沖縄に向けて発信されていました。たとえば、「沖縄のみなさんは、日本人とは違う歴史的背景をもっています。むしろ中国と歴史的に関係が深い」「日本と一緒にやるよりも、中国のほうが良い」などと、琉球王朝時代に中国に朝貢していた頃のほうが沖縄にとって幸せであったというイメージを喚起させるものが多くありました。

沖縄の活動家たちは地元民ですが、日本は民主主義国家であり、人々は異なる意見を持ち、それを表明することが許されています。しかし、中国は、この状況を利用して、こうした過激な声を増幅させているのでしょう。私の会社の調査では「#freeokinawa」というハッシュタグが、親中派や親ロシア派のアカウントで使用されていることが確認されました。
■インフルエンサーが拡散する憲法改正阻止
日本国内における中国の影響力工作のもう一つの側面は、立法プロセスへの影響、つまり憲法改正の阻止です。それが必ずしも中国によるものであると断定することはできません。
ただ、2021年の衆議院選挙のとき、私の会社がX(当時はツイッター)で日本政治関連の投稿を分析したところ、自民党の批判や、「#スガ総理はパラリンピック中止の決断を」というハッシュタグがついた投稿が、2万のアカウントによって拡散されていました。
奇妙なことに多くのアカウントが特定の14人のインフルエンサーの投稿をシェア(共有)していたのです。また、この2万のうち5000以上のアカウントがボットのような行動を示していました。すなわち、資金力を持つ誰かがキャンペーンをおこなった可能性が高いのです。
■誇りを刺激し心をハッキングする手口
沖縄での中国による影響力工作のなかには、反米感情を刺激するものもありました。
「アメリカは沖縄を支配して蹂躙した」「在日米軍基地に反対しよう」などと主張するものです。総じて語られているのは「アメリカの奴隷になるな」という内容でした。

しかし、何年かに一度、沖縄をめぐって大きな事件が起こると、様相が違ってきます。たとえば、米兵による沖縄県民女性のレイプ事件が発生したり、日本政府が沖縄についての対応を誤ったりするなど、何かしら沖縄県民の感情を刺激する出来事が起こります。すると、中国はそれらの事件を工作活動に積極的に利用するわけです。
まさに、SNSを通じて人々の心に「種まき」をするのです。そして実際に起こった事件をブースターとして使うわけです。
「アメリカ人が沖縄県民をレイプしている」というイメージを強調したメッセージを大量に流すことで、沖縄県民の誇りを刺激し、沖縄の人々の心をハッキングしてしまうのです。
私の会社が2024年5月から8月まで実施した調査では、反米感情を煽る言説がピークを迎えたのは2回ありました。ひとつは6月に米兵の性的暴行容疑に関する裁判の判決があったとき。そして、もうひとつは沖縄返還52周年を迎えた2024年5月15日でした。オンラインメディアの「レッド」がフェイスブックで米軍の沖縄駐留を批判したのです。
この「レッド」はロシアとつながりがあり、オンライン上の影響力工作の手段として機能している可能性が高いことが判明しています。
このような工作は現在も進行中です。


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イタイ・ヨナト
元諜報部員

1968年、イスラエル生まれ。OSINT(公開情報の収集・分析・活用手法)インテリジェンス企業インターセプト9500の創業者兼CEO(最高経営責任者)。イスラエル工科大学で修士号を取得。イスラエル軍に入隊し、諜報部員として様々な作戦に従事。現在、各国政府のアドバイザーを務める。

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(元諜報部員 イタイ・ヨナト)
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