自民党総裁選挙は9月22日に告示され、投開票が10月4日に行われる。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「とくに注目すべきは『無派閥の150票』という、選挙の“ブラックボックス”とも言える党員の浮動票だ。
これらの票が今、SNSによって大きく揺れ動いている」という――。
■自民党総裁選に起きた「異変」
自民党総裁選とは、単なる党内のリーダー選びではない。それは、本来的には政権のリーダー=次期総理大臣を決める“事実上の国政選挙”であり、同時に党内の権力構造をめぐる複雑なゲームでもある。したがって、それは「表」と「裏」、「建前」と「本音」――そして「実力」と「見せ方」が複雑に絡み合う、“二階建て構造”の選挙戦である。
表の顔は議員票。ここには派閥、実務力、政策通、顔の広さといった、いわば「政局のリアリズム」が支配する。水面下の根回し、選挙後の見返り、永田町力学の“見えざる手”が働く。「組織戦」の王道であり、「建前」を超えた“本音の駆け引き”が繰り広げられる場でもある。
「組織戦」の王道が変化し、裏の地殻変動のように蠢いているのが党員票だ。これは地方の党員、支部、地方議員による“もうひとつの民意”であり、そこにはムード、共感、SNSで醸成される“空気”が大きく作用する。ここでは「誰が構想力を示せるか」「誰が共感を集められるか」が問われる。つまりこれは「空気戦」の主戦場であり、「見せ方」の巧拙が大きく票を左右する。

■リーダーを決める「本質的な問い」とは
とくに最近の総裁選では、この“空気票”が、組織票の流れすら変える現象が起きている。SNSやテレビ報道で生まれた「時代の空気」が、地方党員に波及し、それが支部会や都道府県連に影響を与え、最終的には中央の議員票の動きまでも揺さぶる。つまり、表(組織)を動かすのは、裏(空気)であるという逆転現象も起き得るのだ。
さらに、候補者に求められるのは、実務能力や政策力といった「実力」だけではない。むしろ今の時代においては、その実力を“どのように伝えるか”“誰にどう見せるか”という「発信力」と「物語化の力」が重要となる。
たとえ実力があっても、“語られなければ存在しない”に等しい。それがメディア社会の現実だ。
このように、自民党総裁選は、かつてのような派閥と人脈だけで決まる時代ではなくなった。「組織票×空気票」「実力×見せ方」「政局×世論」――この複雑な掛け算をどう解くかが、次のリーダーを決める本質的な問いなのである。
■「組織票×空気票」の二重構造
あらためて、まず“構造戦”の中核にあるのが議員票である。ここには、派閥・人間関係・実務的信頼・役職配分といった、いわば「政局の技術」が支配する。推薦人確保から始まり、事前調整・根回し・派閥内の力学によって票が動く、極めてリアルな政治の舞台だ。

一方、見逃してはならないのが、党員票の内部にも組織と空気の二重構造が存在しているという事実である。
たしかにSNSは、“空気票”としての党員層を動かす装置である。だが、党員票もその半分以上は各都道府県連・支部の組織ネットワークに根ざした“準組織票”であり、テレビやネットだけでは動かない。
つまり、党員票とは「空気票」であると同時に、「地域組織によって誘導される票」でもあるのだ。SNSは空気をつくり、空気が地元の支部会を動かし、支部会が党員票を誘導する――その連動構造を読み解く必要がある。
■「リーダーとしての人格」が可視化される空間
総裁選の“もう一つの戦場”である空気戦において、SNSは決定的な武器となる。
X(旧Twitter)では、政策・理念・危機対応を語り、政治記者や党員・地方議員とのコミュニケーションが行われる。Instagramでは、日常や人柄・生活感といった“共感資産”を可視化できる。YouTubeでは、候補者の思想・構想・長期ビジョンを深く届けられる。
それぞれのSNSが持つ構造を理解し、どの層に、どのトーンで、何を語るかというメッセージ設計が重要である。単に「Xが強いから有利」「フォロワー数が多いから勝つ」という単線的な議論ではない。
SNSとは、情報発信の場であると同時に、「リーダーとしての人格が可視化される空間」でもある。

人気と支持は違う。フォロワー数と信頼は一致しない。バズと得票の間には大きな断絶がある。
たとえSNSで話題を呼んでも、リーダーとしての構想力、危機管理力、外交的視座が語られていなければ、党員も国民も本質では評価しない。
SNSは“テレビや新聞に映る候補の人格の土台”をつくる場である。構想なき発信はノイズに過ぎず、構想を宿した発信は信頼の土壌を耕す。候補者の“人間力”と“構想力”がSNSを通じて試される時代なのだ。
■SNSを起点に総裁選の「流れ」は変わる
「ポスト石破」の候補者たちにとって、SNSは単なる広報手段ではない。それは、国民との信頼形成のインフラであり、“時代に選ばれる器”を証明する社会的オーディションの舞台である。
とくに地方の若手議員や新党員層、無派閥系の支持層は、テレビではなくSNSから空気を感じ取り、候補者の“本当の姿”を測っている。
SNSとは、「現場に足を運ぶ第一タッチポイント」であり、「支部長会議の話題をつくる発火点」であり、「メディア報道の起点」である。
SNSを制する者が空気をつくり、空気が支部を揺らし、支部が票を生む。

そのとき、総裁選の“流れ”は変わる。
かつての総裁選では、「誰が推薦人を集めたか」が結果を決めた。だが今は、「誰が時代を背負えるか」が問われる。政策だけでなく、“覚悟・構想・信頼”という人格資本こそがリーダーの条件となった。
そのすべてを日々、SNS空間で国民が審査している。
総裁選とは、派閥の論理だけでなく、時代の空気、社会の共感、そして国民の信頼が交差する複層的なゲームである。そこでSNS戦略をどう設計し、どの構造とつなげ、いかなる人格を投影できるか――そのすべてが次の日本のリーダーを決めるのだ。
■「無派閥の150票」がどう動くか
総裁選はもはや、“派閥の談合”で決まる時代ではない。
確かに、議員票では構造がモノを言う。だが、党員票は異なる軌道で動く。とくに注目すべきは、その中に存在する「無派閥の150票」という、選挙の“ブラックボックス”とも言える浮動票だ。今回はこの層が150票前後にまで拡大する可能性がある。
党員票は議員票と違って派閥の縛りが弱く、候補者の個性や政策、時流に左右されやすい。とくに今回は「派閥推薦よりも、SNSやメディアを通じた空気感」で動く傾向が強いと見られている。今回の総裁選では、都市部・若年層・SNS高影響ゾーンに存在する推定50~60票が決定打となる「キングメーカー」的な浮動票になると考えられる。
この150票が、今、SNSによって大きく揺れ動いているのだ。「150票」という数字は、SNSの空気と連動しやすい党員票のコアボリュームとして機能する。
SNSは単なる情報発信の道具ではない。それは、共感と議論を通じて“票に変わる空気”を醸成するインフラである。
SNSが本当に力を持つのは、「誰が何を言ったか」よりも、「誰にどう響いたか」「どう拡がったか」だ。そこに可視化された支持が、やがて地元の支部会の空気を変え、実際の票に転化していく。
これこそがSNSの「票化の回路」である。
■自民党総裁選における「票」の構造
たとえば――
・X(旧Twitter)は、地方議員や政治記者との信頼構築に強く作用する。

・Instagramは、無党派層や若年党員に対する“好感と共感”の獲得装置となる。


・YouTubeは、「ビジョンと人間性」を物語として届ける“映像による説得力”を持つ。
SNS戦略とは、単なるテクノロジーではなく、「票に変わる物語を、どう伝え、どう拡散し、どう定着させるか」という構造設計そのものである。
自民党総裁選の票は、以下のような構造を持つ(図表1)。
この「無派閥150票」こそが、SNSの空気によって動く“スイング票”の中核だ。
組織の指示で動かず、テレビ・ネット・SNSからの情報と感情で意思決定をする。この層に響くのは、「政策の細部」よりも「人となり」「物語性」「共感性」なのである。
■「小泉氏のInstagram戦略」と「高市氏のX戦略」
SNSで起きた空気の変化は、こうした連鎖を生む。
1.SNS上で候補者の発信がバズる

2.地方党員が反応し、“この人に惹かれている”という空気が生まれる

3.支部会で話題に上り、「今、来てるらしい」というムードが可視化される

4.地方議員が反応し、票の流れが動き出す

5.派閥内にも“潮目”の変化として伝播する

つまり、SNSとは「空気」を“投票”に変換するエンジンなのだ。
・小泉氏のInstagram戦略は、“ポリティクス”を生活感に翻訳し、日常の延長で共感を得る「空気醸成型」。

・高市氏のX戦略は、信念と政策を簡潔に発信し、支持者層の拡散力を最大化する「理念浸透型」。
両者とも、「SNSで共感と信頼を“票に変える”導線」を明確に持っているという点で、他候補を一歩リードしている。
総裁選において、SNSはもはやPRツールではない。それは、「共感を投票に変え、時代の空気を流れに変える、構造的エンジン」なのである。
たった150票――されど150票。
この無派閥層を動かせる候補が、やがて議員票をも揺るがす存在となる。
SNSを制する者が、空気を制し、空気が政局の未来を変える。
■「ドアノック」から「ストーリーズ」へ
“ストーリーズ”は“支部会”へ届く時代である。
かつて、政治家が有権者に届く手段は限られていた。街頭演説、戸別訪問、地元紙、そしてテレビ――。だが今、情報のルートはSNS→テレビ→地方→支部会→票という「逆流構造」に変貌している。
かつては地元有権者の家を一軒一軒回る「ドアノック」が支持獲得の王道だった。
しかし現代の“最初のノック”は、Instagramのストーリーズであり、Xの投稿であり、YouTubeの語りかけである。
候補者の言葉や姿勢がまずSNS上で拡散し、そこに反応したテレビやネットニュースがさらに可視化する。
やがてそれは地方紙やワイドショーに載り、“○○さん、今すごく話題らしいね”という会話とともに、地元支部会へと届く。
「支部会の空気」は、SNSの風が運ぶ。
今や、テレビはSNSの後追いメディアという側面があるのも事実だろう。
注目される政治発言やバズった投稿は、テレビで特集され、そこから一気に認知が全国化する。
つまりSNSが火種となり、テレビがその熱を“社会の表舞台”へと転送する。
これは、政治にとって極めて重要な構造変化だ。
以前は「テレビで注目された人がSNSでバズる」という順序だったが、いまは「SNSで話題になった人がテレビに取り上げられ、地方に届く」という順序に変わった。
言い換えれば、「テレビ出演」も、SNS戦略の“副産物”となった一面もあるのだ。
■SNS→テレビ→地方→支部会という「新しい導線」
現代の総裁選では、以下のよう票獲得の“新導線”が形成されている。
1.SNSでの発信:共感・拡散・議論が起こる
2.テレビ・ネットニュースが注目:発信が“社会性”を帯びる
3.地方で話題化:支部会・地方議員・党員の関心が動く
4.得票へ接続:構造票を超えた“空気票”として可視化される

この流れは、とりわけ「都市型」「若年層」「女性層」「情報感度の高い地方議員・党員」などに強く作用する。
SNS上の1ストーリーが、やがて支部会を動かすことすらある時代。
いま、Instagramのストーリーズは、未来の選挙戦略の“入口”となったのだ。
もちろん、SNSは魔法の杖ではない。
目的なき発信、空虚なパフォーマンス、炎上狙いのバズ投稿では、票にはつながらない。
本当に“票になるSNS”とは、以下の3要素を内包している。
・拡散性(シェアされるか)

・共感性(「いいね」されるか)

・構想性(語られるか)
この三位一体が揃ったとき、SNSはテレビを巻き込み、地方を動かし、支部会を変え、やがて構造票すらも揺さぶる“選挙の起爆装置”となる。
なお、筆者は、先般の参議院選挙で参政党が躍進した際の勝因を「共感→参加→シェア」のSNS戦略であると分析したが、この3つのプロセスも重要であることを指摘しておきたい(詳しくは〈なぜ参政党は躍進したのか…神谷代表の「高齢女性は子ども産めない」でもノーダメージだった恐ろしい理由〉参照)。
■地方党員に届くのは、テレビでも地元紙でもない
SNSとは、単なる「自己紹介」ではなく、「自己形成」の場である。
政策ではなく“人間”が評価される現代政治において、SNSはリーダー像の建設現場であり、国民と党員が人格を測る窓口である。
だからこそ、候補者は「何を語るか」だけでなく、「どう語るか」「なぜ語るか」を問われる。
空気をつくる力。

共感を引き寄せる言葉。

時代にフィットするスタンス。
それらすべてがSNSに可視化され、やがて“総裁にふさわしいかどうか”の社会的評価へと転換されていく。
いまや、テレビや地元紙を待つよりも早く、地方党員の心に届くのはSNSである。
SNSを制する者は、空気を制し、テレビを制し、そして地方を制する。
これは単なる情報発信ではない。「空気→関心→支持→票」という、一貫した戦略の流れを設計する力そのものである。
いよいよ「誰がこのSNS戦略を制しているのか」、候補者ごとの“勝ちパターン”とその票化メカニズムに踏み込んでいく。
■空気を「読める者」ではなく、「つくれる者」
時代を読み、時代を纏い、時代を動かす力はかつて、自民党総裁選の帰趨は派閥の力学で決まっていた。
誰を推すか、誰に貸しをつくるか、誰が読みを外さないか――それは「政局」であり、派閥が握る“構造票”の論理がすべてを決した。
だが、いまやその支配構造は崩れつつある。
世論が、空気が、SNSが政治家の未来を決める。
総裁選が問うのは、「誰が一番“支持されているか”」ではなく、「誰が一番“時代を代表しているか”」という空気の共鳴度なのである。
SNSの時代、候補者はただ政策を語るだけでは票を動かせない。
必要なのは、“空気”を背負う力である。
空気を読める者ではなく、空気を「つくれる者」こそが勝者となる。
この空気とは何か?
それは、国民の苛立ち、希望、問い、そして直感である。
明文化されず、法制化もされず、時に矛盾すら孕むこの“社会の気配”を読み取り、自らの言葉と構想で代弁できるか――これこそが、いまの総裁候補に最も強く問われる資質である。
■「社会的共鳴」はいかにして生まれるか
SNSは、単なる発信ツールではない。
SNSは、政治的空気の形成装置そのものである。
Xでの論点形成、Instagramでの共感醸成、YouTubeでの人格伝達――これらはすべて、“空気の創造”に直結する行為である。
かつてのメディアが報じていたのは「何が起きたか」だった。
いまのSNSが映し出すのは「社会が何を感じているか」である。
候補者は、SNSを通じて空気にアクセスし、空気に話しかけ、空気とともに動いていく。
この空気を読み、受け止め、増幅し、言語化することができたとき、それは“投票行動”へと変換される。
発信力があるだけでは足りない。
発信が共鳴を生み、共鳴が支持へ、支持が得票へと転化していく構造――これが現代の総裁選のリアルである。
これは、人気投票ではない。
「構想力×共感力」の掛け算で生まれる社会的共鳴こそが、“次の総理”を決める条件なのである。
・構想なき共感は、ポピュリズムに堕する。

・共感なき構想は、誰の心にも届かない。
この両輪を持ち、空気の中に「希望」を注ぎ込める者こそが、真に求められる指導者だ。
■総裁選の主戦場は「党内」ではない
空気は、党内ではつくれない。
空気は、社会の中で、国民との対話の中で、時代の要請と摩擦しながら生まれてくる。
そして、いまその空気を最も強く可視化できるメディアがSNSであり、SNSを通じた“空気の支配力”こそが、次のリーダーの選考基準になりつつある。
総裁選は、派閥の足し算ではなく、空気の掛け算で決まる。
その掛け算の中で浮上したリーダーこそが、時代に選ばれたリーダーなのである。
「この人になら託せる」

「この人は、今の日本を体現している」
そう思わせる候補は、政策だけでなく、“空気の質感”までを纏っている。
国民の感情、党員の違和感、社会の閉塞感、未来への問い。
それらを背負い、言葉にし、希望へと昇華できる人物だけが、「空気を纏う総裁」となれる。
そしてその空気が、SNSを通じて全国を覆い、票を動かす。
つまり空気を制する者が、時代を制するのである。
■日本のリーダーに求められる「3つの条件」
目先の得票やSNS戦略、メディア露出の巧拙では測れないものがある。
総裁選とは、政党の内向きな人事ではなく、本来であれば日本という国の「未来の操縦桿」を誰に託すかを決める、国家的選択であるからだ。
では、そのリーダーに本当に必要なものとは何か?
① 大義――理念と志はあるか?
どれだけ人気があり、どれだけスピーチが巧くても、「自分は何のために政治をしているのか?」その“理念”と“志”がなければ、リーダーとしての背骨はない。
・国民の未来のために、何を変えるのか。

・世界の中で、日本をどう位置づけ直すのか。

・一票を託す人々に、どう応えるのか。
大義なきリーダーは、政局の風に流される。

大義を持つリーダーは、風を読み、風を起こす。
② ビジョン――社会全体の理想の姿を描けているか?
日本の社会は今、複雑で多層な課題を抱えている。
格差、人口減少、エネルギー安全保障、AIと人間の共存――それらを繋ぎ、ひとつの“未来像”として語れる力が求められている。
政策の羅列ではなく、「社会の理想図を提示する構想力」。

それが、ビジョンである。

物価高対策、教育、医療、経済、安全保障――すべてが連動した社会の“未来の姿”を語れるか。
それができる人物にこそ、国家のグランドデザインの権限を託すべきである。
③ 構想力×実行力――物語を描き、制度を動かせるか?
構想力とは、未来の理想的なオプションを描き出す想像力であり、実行力とは、それを制度に落とし込む“現実装置”である。
・目指す社会像(=理念)を、

・人々の共感を得るストーリーに変換し、

・さらにそれを、具体的な政策・法案・制度に転換できる力。
この「理念→物語→制度」の三段階、「思想→構造→実装」の三段階を一気通貫で担える人物――それこそが、真に「国の形」を描き、変えられる総理大臣の条件である。

■「優しさ」「強さ」「正しさ」はあるか
そして、以上のリーダーの条件を支えるのは、「3つの人格的資質」である。
(1)優しさ――国民と目線を合わせられるか?
現代の政治リーダーに最も欠けているのが真の「共感の技術」である。
声なき声を聞き、届きにくい場所に届く言葉を紡げるか?
・SNS時代、言葉の鋭さよりも、「目線の高さ」が問われる。

・上から語るのではなく、横から寄り添う力。
それが「優しさ」である。
(2)強さ――世界の修羅場で怯まない胆力があるか?
中国・ロシア・北朝鮮の急接近、緊迫する中東情勢。G7、国連、ASEAN、AI国際会議――いまや総理大臣とは、世界のトップリーダーとの“本番の舞台”に立ち続ける職業だ。
・準備された原稿ではなく、交渉の胆力。

・事なかれ主義ではなく、国家を背負う覚悟。

・同盟国であっても米国に意見できる強さと人間力。
この「強さ」がなければ、国際舞台で日本は埋没する。
(3)正しさ――構造に踏み込み、改革を断行できるか?
政治とカネ、派閥、既得権、過剰な官僚依存――今こそ問われるのは「誰が構造を変えるのか?」である。
・忖度しない。

・聖域を設けない。

・「敵をつくってでも進む」覚悟。
それが「正しさ」である。優しさと強さの底辺に常に必要なものだ。

「優しさ」がなければ共感されず、「強さ」がなければ乗り越えられず、「正しさ」がなければ信頼されない。
この3つが欠けていても勝てる時代は、もう終焉した。
逆に、この三位一体が備わったとき、時代はその人物を求めて動き出す。
総裁選の勝敗は、「誰が空気をつくるか」ではない。
本質は、「誰が信頼を背負えるか」である。
「この人なら、未来を託せる」

「この人となら、この国を変えられる」
そう思えるかどうかが、すべてだ。
次の日本の未来は、「理念×構想×実行×優しさ×強さ×正しさ」の連立方程式で選ばれるべきである。
「共感→参加→シェア」のSNS戦略だけではなく、「思想→構造→実装」で人や社会を動かすトップが求められている。

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田中 道昭(たなか・みちあき)

日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント

専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
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