人間関係で悩んでいる子どもにはどんな声かけをすればいいのか。千代田区立麹町中学や横浜創英中学・高等学校で校長を務めた工藤勇一さんは「『みんな仲良くしましょう』と教える教員は多い。
だが、いろんな性格の子どもがたまたま集められた空間で、それを実現するのは難しい」という――。
※本稿は、工藤勇一・苫野一徳『子どもたちに民主主義を教えよう 対立から合意を導く力を育む』(あさま社)の一部を再編集したものです。
■「心の教育」の問題
【苫野】(本書の)前章では「民主主義の本質とは何か」というテーマを軸に、日本の学校教育が目指すべき方向性について話をしました。本章では、それを妨げている学校の問題について、ご一緒に考えていきたいと思います。
【工藤】実は、民主主義の成熟を妨げてきたものに、これまで日本でよいとされてきたものがあります。それが「心の教育」です。
具体的な言葉を挙げれば「思いやり」「無償の愛」「仲良くしましょう」「一致団結」「心をひとつに」「絆」……挙げればキリがありません。日本の学校でこれらの言葉を使わない教員はたぶんいないし、「心の教育」を否定する教員もいないでしょう。だって教育学部で教えていますからね。僕以外に「心の教育」を真っ向から否定する人に会ったことがありません。「知・徳・体」という一見素敵に見えるこの目標が教育界を苦しめ、子どもも教員も保護者も不幸にしている大きな要因だと思います。
「心の教育」の問題は、できもしないことをゴールに設定していることです。
これがいろいろな歪みを生むんです。
■対立の平和的解決には対話が必要
【工藤】先日もSNSである有名な方が「誰一人置き去りにしない学校をつくるためにはどうしたらいいか」と投稿されていたんですけど、その結論が「思いやりの心を持つこと」だったんです。そして案の定、その投稿に対して「いいね!」がいっぱいつくんですよ。
現実的に考えてほしいのですが、社会を持続可能にするためには対立をどんどん解きほぐしていかないといけませんね。対立を解きほぐすために何が必要かというと、どんな対立があるのかを明確にしないといけません。そして対立を平和的に解決するには、お互いの利益を損ねないためにはどうしたらいいか対話を重ねないといけない。
こうした一連のプロセスを一切飛ばして、「思いやり」「美しい心」「愛」といったもので解決しようとするのは、あまりにも乱暴すぎます。そんなつかみどころのない話でお茶を濁すのではなくて、ちゃんと現実を直視して、感情を切り分けて、理性的に物事を考える。これが「誰一人置き去りにしない社会」をつくる唯一の方法だと思っているんです。
■理性的に考えるという大人対応
【工藤】それはウクライナ戦争をみても明らかですよね。「戦争反対! プーチンはひどい! ウクライナの人たちがかわいそう!」って僕も日々感じていますけど、それをただ吐露するだけでは問題解決に1ミリもつながりません。なぜロシアが攻めたのか。
どんな条件なら譲歩を引き出せそうなのか。プーチンが一番こだわっていることは何か。どのタイミングで交渉すれば被害を最小限に食い止められるのか。そういうところまで踏み込んで考えないと対立関係は一向に解消しないはずです。
そしてそれを必死に考えているのがEUの首脳や外交官たちだと思うんです。どれだけ腹ワタが煮えくりかえっていてもあくまでも理性的に考える。これが成熟した大人対応だと僕は思うんですね。
■心の教育よりも「行動の教育」
【苫野】何でもかんでも心を教育すればうまくいくという考えは、教育における「心理主義」と呼ばれ、教育学でも長らく批判されてきました。それに対して工藤さんは、「心の教育よりも行動の教育だ」とおっしゃっていますよね。
【工藤】はい。行動ならすぐに変えられるじゃないですか。たとえば日本の学校は「思いやり」の教育ばかりしますけど、電車やバスで席を譲る人は昔より少なくなっていると感じています。
僕の知り合いが最近アメリカに引っ越したんですけど、小さなお子さんを連れてマンハッタンでバスに乗ったら、3、4人が一斉に席を譲ろうとしてくれて、「次で降りるから大丈夫です。ありがとう」と言ってバスの後方に移動したら、そこでも3、4人が席を譲ろうとしてくれたそうなんです。
【苫野】素敵ですね。
【工藤】それが日常なんですね。ではなぜ心の教育を重視している日本では席を譲る人が少ないのでしょうか。そもそも席を譲るかどうかさえ考えているとは思えない人もいます。考えてはみても「断られたら浮いてしまう」とか「目立ってしまう」、「偽善者だと思われたくない」などの不安が腰を重くさせているのかもしれません。
■「みんなで仲良く」は無理
【苫野】なるほど。どれだけ心の教育をやっても、行動が伴わないんだったらあまり意味はないですね。
【工藤】はい。むしろ行動よりも心の方を重視しているんです。でも席を譲る行為にそんな理屈どうでもいいじゃないですか。
大事なのは、困った人がいたら助ける行為をするか、しないかでしょう。
「仲良くしましょう」もまったく同じ話ですよね。幼稚園や小学校にいけばどの教員も「みんな仲良くしましょう」と教えます。もしそれでみんな仲良くできれば、実に平和で心地よい学級になるでしょう。けれど、いろんな性格の子どもがたまたま集められた空間で「はい。みんな仲良くしましょうね」って無理なんです。中には、こだわりがあって、そもそもコミュニケーションが苦手な特性をもった子どもだっている。大人だって難しいことですから。
もちろん一生懸命、友好的に振る舞おうとする子どももいますよ。でもそんな子どもでも絶対に苦手な子が一人や二人いますよね。問題はそのときなんです。小さなときから大人たちに「仲良くしなさい」と言われている。
でもいまの自分にはどうしても仲良くなれない子がいる。すると子どもってそのギャップに苦しむことになるんですね。ギャップの埋め方がわからない。
■嫌いな人がいてもいい
【工藤】僕の息子がかつて、幼稚園に行きたくないと言いだしたことがありました。そのとき息子が人間関係で悩んでいると直感的にわかったんですね。そこで僕はこんな声をかけたんです。
「実はお父さん、職場で嫌いな人がいるんだよね」
あのときの息子の驚きと安堵の表情がいまでも忘れられません。息子は友だちと仲良くなれない自分を責めていたんです。そのあと僕はこう続けました。
「でもお父さんはその人に嫌いな態度は見せないし、毎日あいさつもするよ。もちろん攻撃などしない。先生が言っている『仲良くする』って実はそういうことなんじゃない。
別にみんなを好きになる必要なんてないんだよ」
【苫野】すばらしいです。
【工藤】大人は子どもたちに対して、どんな場面ではどんな行動が望ましいのかを教えればいいんです。そこに「心」の話を持ちだすから話がややこしくなるんです。

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工藤 勇一(くどう・ゆういち)

教育アドバイザー、元横浜創英中学・高等学校校長

1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長等を経て、2014年から千代田区立麹町中学校長。2020年から横浜創英中学・高等学校校長。2024年4月より横浜創英中高アドバイザー。教育再生実行会議委員、経済産業省「未来の教室」とEdTech研究会委員等、公職を歴任。著作に『学校の「当たり前」をやめた。 生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』(時事通信社)、『子どもが生きる力をつけるために親ができること』(かんき出版)など。

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苫野 一徳(とまの・いっとく)

哲学者、熊本大学教育学部准教授

1980年生まれ。専門は哲学、教育学。著書に『教育の力』(講談社現代新書)『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)『勉強するのは何のため?』(日本評論社)他多数。

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(教育アドバイザー、元横浜創英中学・高等学校校長 工藤 勇一、哲学者、熊本大学教育学部准教授 苫野 一徳)
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