※本稿は、鈴木雅光『銀行の本店はなぜ仰々しいのか?』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■なぜ無名の会社が証券界の頂点に立てたか
口座数では日本最大手証券会社の野村證券を超えた、SBIホールディングスの傘下のSBI証券の前身が誕生したのは、何と第二次世界大戦中の1944年でした。といってもSBI証券などという洒落た名前を用いていたはずはなく、当時の社名は大沢証券でした。
おそらく聞いたことのない証券会社だと思います。それもそのはずで、1998年時点で持っていた支店数は5店舗。従業員は65名という小さな証券会社でした。それが折からの証券不況によって業績が悪化し、経営危機に陥っていたのです。それを救ったのが、ソフトバンクです。
当時、マネックス証券をはじめとしてインターネット証券が次々に立ち上がるなか、ソフトバンクも証券ビジネスに参入する機会をうかがっていました。とはいえ、証券会社のための準備会社を設立し、東京証券取引所の会員権や証券取引を行うための免許を取得するには、時間がかかります。
そこはさすが孫さんと言うべきか、その時間を節約して、一気に証券ビジネスへ参入するため、その両方を持っている大沢証券を買収したのです。そして、米国のE*TRADEグループと共に合弁会社である「イー・トレード株式会社」を設立し、ソフトバンクグループがその株式の58%を取得することになりました。
■孫正義が惚れた北尾吉孝の凄腕キャリア
1998年10月、イー・トレード株式会社を通じて大沢証券の全株式を取得し、1999年に「イー・トレード証券株式会社」に商号を変更。これが現在のインターネット証券会社であるSBI証券の始祖になります。
イー・トレード証券がSBI証券になるまでの経緯を簡単に言うと、2003年にイー・トレード証券の親会社であるイー・トレード株式会社を、ソフトバンク・インベストメントが買収しました。このソフトバンク・インベストメントの頭文字を取ったのが、SBIです。
その3年後の2006年に、イー・トレード証券は商号をSBIイー・トレード証券に変更しますが、2008年にE*TRADEの商標使用ライセンス契約が終了したことに伴い、株式会社SBI証券に商号が変更されました。これがSBI証券誕生までの経緯です。また、SBIホールディングスは、1999年にソフトバンクの金融子会社であるソフトバンク・インベストメントとして、その歴史をスタートさせました。その時、ソフトバンク・インベストメントの代表に就任したのが、野村證券でキャリアを築いてきた北尾吉孝現SBIホールディングス代表取締役会長兼社長です。これは孫正義ソフトバンク会長からの直々のスカウトだったと聞いています。
■巨大金融SBIを襲う後継者問題の影
その後、紆余曲折を経て、2005年7月に持株会社体制に移行し、SBIホールディングスを設立。2006年8月には、ソフトバンクから完全に独立しました。
現在、証券関連・銀行関連・保険関連・不動産関連・フィンテックなどの金融サービス事業、資産運用事業、投資事業、暗号資産事業、次世代事業という5つの事業領域ごとに、それぞれ多数の企業を傘下に収めて、一大金融グループを形成しています。
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのSBIホールディングスですが、果たして将来性はどうなのかと考えた時、いささか怖い面があるのも事実です。それは、まだご存命中なのに、このようなことを申し上げるのは失礼かもしれませんが、現在、同ホールディングスの代表取締役会長兼社長を務めている北尾吉孝氏が引退した時、このグループはどうなってしまうのだろうということです。
SBIホールディングスは第4のメガバンク構想や新生銀行の買収、3000億円ものSBI新生銀行の公的資金返済など資金はいくらあっても足りない状態でした。
そこで2022年6月に、三井住友フィナンシャルグループはSBIホールディングスに出資し、包括的資本業務提携を結ぶと発表しました。
■勝ちを確信したはずの買収劇の「誤差」
つまり、資金繰りに困ったと思われるSBIホールディングスが、三井住友フィナンシャルグループから出資を仰いだことになりますが、果たしてこの話に乗るべきか否かで、三井住友フィナンシャルグループでは議論が紛糾したそうです。
「もしもこの話に乗ったら、三井住友フィナンシャルグループが北尾氏に食われてしまう」というのが本音だったのでしょう。最終的に包括的資本業務提携を決断したのは、太田純前三井住友フィナンシャルグループ代表執行役社長でした。
「SBIホールディングスには北尾氏に匹敵するだけの人材がいない。だから、このディールは私たちの勝ちだ」ということで出資を決断したと言われています。当時、太田前社長は64歳、対して北尾吉孝会長兼社長が71歳でしたから、年齢的に考えれば、先に第一線を退くのは北尾氏です。そういう読みも、おそらく出資を決断した背景にはあったのだろうと推察します。しかし、そう読んで判断を下した太田前社長が、病によって先に鬼籍に入ることになろうとは、この時点では全く想定されていませんでした。
■証券会社のエースが続々と辞めていくワケ
こうした経緯を鑑みると、SBIホールディングスの後継者が北尾氏と同等の経営手腕を発揮できるのかという懸念は、根強く残ります。野村證券で培われた北尾氏の圧倒的な手腕と実績が、現在の一大グループ形成の原動力であることは論を俟ちません。
北尾氏の跡を継ぐ人物に、同氏を凌ぐほどのプロフェッショナルとしての知見が備わっているかどうか。この一点こそが、SBIホールディングスの持続的な成長を左右する、最大の鍵と言えます。
インターネット証券会社はもともと個人営業の部隊を持っていないので、ここで注目したいのは店舗型証券会社の個人営業です。証券会社の個人営業は、よきにつけ悪しきにつけ、花形部署ではあります。営業担当者一人一人の成績が数字という形で明確に表れますし、証券会社で出世しようと思ったら、営業で成績を上げるのが一番の近道です。
ところが、店舗型証券会社の個人営業で優秀な成績を上げていた人材がここ数年、証券会社を次々に辞めてしまうという現象が見られます。そして、辞めてどうするのかというと、独立してIFAと称される金融商品仲介業者になるケースが増えているのです。
■店舗のないネット証券が儲かる仕組み
IFAとはIndependent Financial Advisor の略称で、直訳すると「独立系ファイナンシャルアドバイザー」になるのですが、日本では「金融商品仲介業者」という位置づけです。その業務を行うにあたっては、内閣総理大臣への申請と登録が必要です。
金融商品仲介業者とは、証券会社の社員として株式や債券、投資信託などを営業するのではなく、証券会社と資本関係を持たない外部の代理店として、株式や債券、投資信託を販売し、そこから手数料を得る仕事です。
資本関係を持たないとはいえ、株式や債券、投資信託などの金融商品の販売に際しては、証券会社との間で業務委託契約を結ぶ必要があります。そして、ここで収益を稼いでいるのが、インターネット証券会社です。SBI証券、楽天証券、マネックス証券といったインターネット証券会社には、いわゆる個人営業部隊が存在しません。この点だけを見ると、インターネット証券会社は自ら積極的に営業をかけず、受け身の姿勢でも商売が成り立っているように見えるかもしれません。
■顧客第一を実現する新しい販売形式
しかし、当然それだけでは限界があります。そこで活用されるのが「金融商品仲介業者」です。仲介業者を通じて自社の商品を販売してもらえば、確かに手数料の一部を支払う必要はありますが、実質的には、その手数料が営業担当者の“給料”に相当します。
結果として、インターネット証券会社は営業社員を直接雇わずに、営業機能を外部に持たせているのと同じ仕組みになるのです。また、証券会社の営業担当者は、あくまでも自分が社員として所属している証券会社で扱っている金融商品しか販売できませんが、金融商品仲介業者の場合、複数の証券会社と代理店契約を結ぶことができます。
したがって、より幅広い選択肢のなかから、自分のお客さんに適した金融商品を買ってもらうことができます。もっとも証券会社の側からすれば、その金融商品仲介業者が必ず、自分のところで扱っている金融商品を販売してくれるとは限らないので、そこはいささか、もやもやしてしまうところではないかと推察します。
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鈴木 雅光(すずき・まさみつ)
金融ジャーナリスト
岡三証券、公社債新聞社、金融データシステムを経て独立。
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(金融ジャーナリスト 鈴木 雅光)

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