中国は本当に台湾に侵攻するのか。軍事アナリストの小川和久さんは「侵攻すれば経済制裁や軍事的失敗のリスクを抱えることになり、割に合わない選択だ。
だが、指導者が常に合理的に判断するとは限らない」という――。
※本稿は、小川和久『13歳からの戦争学』(アスコム)の一部を抜粋・再編集したものです。
■「中国の台湾侵攻」は単なる噂ではない
台湾海峡をめぐる緊張は、いま世界でもっとも危険な発火点の一つといわれています。「中国が台湾に侵攻する」という話は、単なる噂ではありません。
中国は2025年だけを見ても2回も台湾周辺で大規模な軍事演習を行っており、台湾の防空識別圏への中国軍機の侵入は日常的に行われています。だから、実際に起こりうるシナリオとして、各国の軍事専門家が真剣に分析しているのです。
なぜ、中国は台湾を狙うのでしょうか。それを理解するには、中国と台湾の歴史をさかのぼる必要があります。
1949年、中国では共産党と国民党による内戦がありました。共産党が勝利し、毛沢東(もうたくとう)が中華人民共和国を建国しました。一方、敗れた蔣介石(しょうかいせき)率いる国民党は台湾へ逃れ、そこで「中華民国」政府を存続させました。つまり、一つの中国に二つの政府が並び立つことになったのです。

中国共産党は「台湾は中国の一部であり、いずれ統一する」と主張し続けています。これは中国にとって単なる領土問題ではなく、共産党の正統性そのものに関わる問題なのです。
習近平国家主席は「台湾統一は中華民族の偉大な復興の一部だ」と繰り返し述べ、「武力行使も辞さない」とも明言しています。
■中国は準備を着々と進めている
中国の軍事的な準備はどうでしょう。
中国は、台湾侵攻に向けて着々と準備を進めています。人民解放軍はこの20年間で劇的に近代化しました。空母を建造し、最新鋭の戦闘機を配備し、精密誘導ミサイルを大量に保有しています。とりわけ台湾に照準を合わせた短距離・中距離ミサイルは、2000発以上にのぼると推定されています。
中国軍は、台湾周辺で頻繁に軍事演習を行っています。2022年8月、アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問した際、中国は台湾を取り囲むように大規模な軍事演習を実施しました。これは事実上、台湾封鎖を予告するものでした。
さらに、中国軍の戦闘機や軍艦が台湾の防空識別圏に侵入する回数は年々増えています。
2023年には年間約1700機でしたが、2024年には急増して約3600機と過去最多を記録。さらに2025年は1~2月だけで約740機と、前年同期の約4倍のペースで推移しています。
これは台湾軍を疲弊させ、いざというときに十分な対応ができないようにする狙いがあります。
■習近平「2027年までに」
ここ数年、アメリカの軍事専門家の間では「2027年までに台湾侵攻の準備が整う」という見方が有力です。習近平主席が、人民解放軍に「2027年までに台湾侵攻能力を持て」と命じたという情報に基づいています。
といっても、「準備が整う=必ず侵攻する」ではありません。中国にとって台湾侵攻は巨大なリスクをともなうからです。
まず、軍事的に成功する保証がありません。台湾海峡はもっとも狭いところでも幅130キロメートルあり、海を渡っての上陸作戦はきわめて困難です。
軍事の世界には昔から「攻者3倍の法則」という考え方があり、攻める側は守る側の3倍以上の兵力がないと目標を達成できないとされています。
台湾のように守る側が堅固な場合、攻める兵力はもっと必要です。台湾には常備兵力20万人、予備役250万人がいます。
そのうち、能力の高い部隊を合わせると最低でも30~40万人になり、これを圧倒するには最低でも100万人の兵力が必要になるのは軍事専門家の常識なのです。
■計算上、侵攻は難しい
100万人以上の兵力を海を渡って上陸させるには、3000万トンから5000万トンの輸送船を用意する必要があり、台湾侵攻は130万人以上を投入した第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦の何倍も難しいといわれています。
台湾侵攻に投入される兵力については、船積みの計算式で考える必要があります。兵員や装備品は角砂糖のように隙間なく詰め込むことはできないからです。
無駄な空間を含めた容積トンという考え方をしますが、人間一人を4容積トン、重さ40トンの戦車を90容積トンという風に計算します。
これをもとに100万人の兵力と必要な装備品、それに少なくとも1週間分の燃料、弾薬、食料を運ぼうとすると、3000万~5000万トンの船腹量が必要になります。
しかし、中国の民間輸送船6200万トンは大部分が経済活動に従事しており、成功するかどうかわからない作戦に回すことは難しいという問題もあります。軍艦は兵器のかたまりですから、4万トン級の強襲揚陸艦でも陸戦隊(海兵隊)を1隻あたり1600人しか積めないのです。
■台湾有事は世界経済の危機に
経済的・政治的リスクもあります。
もし中国が台湾に侵攻すれば、国際社会から厳しい経済制裁を受けるでしょう。ロシアがウクライナ侵攻後に受けた制裁どころではありません。それは、中国経済の規模がロシアとは比較にならないほど大きいからです。

ロシアのGDP(国内総生産)は約2兆ドルで、世界第11位です(2023年)。一方、中国のGDPは約18兆ドルで、アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国です。
中国は「世界の工場」と呼ばれ、スマートフォンやパソコン、家電製品、衣類など、私たちの生活に欠かせない製品の多くが中国でつくられています。また、中国はアメリカにとっても日本にとっても最大の貿易相手国です。
つまり、中国に制裁を科すということは、制裁する側の国々にも深刻な打撃を与えることを意味します。中国製品が輸入できなくなれば、世界中で物不足やインフレ(物価上昇)が起きるでしょう。
逆に中国も、外国からの部品や技術、食料やエネルギーを大量に輸入しているため、制裁によって経済が大混乱に陥ります。
さらに重要なのは、台湾が世界の半導体の60%以上を生産していることです。特に最先端の半導体は、台湾のTSMCという企業がほぼ独占しています。
半導体は、スマートフォンやパソコンだけでなく、自動車、医療機器、家電製品など、現代社会のあらゆる製品に使われている「産業のコメ」です。
台湾で戦争が起これば、世界中の工場で生産がストップし、経済への打撃は壊滅的なものになるでしょう。そして、中国自身もこの半導体に大きく依存していますから、台湾侵攻は自らに跳ね返るブーメランになりかねません。

このように、中国経済は世界と深く結びついており、台湾有事は文字通り「世界経済の危機」となるのです。
■台湾侵攻は静かに進む
もし中国が台湾侵攻を決断した場合、どのようなシナリオが考えられるでしょうか。もっとも可能性が高いとされるのは、いきなり全面侵攻するのではなく、段階的にエスカレートさせるシナリオです。
第一段階は、経済封鎖です。
台湾周辺の海域と空域を封鎖し、物資の出入りを止めます。台湾は食料もエネルギーも輸入に頼っているため、封鎖が続くようだと数カ月で降伏せざるを得なくなります。
第二段階は、サイバー攻撃と情報戦です。
台湾の電力網、通信網、金融システムを麻痺させ、社会を混乱に陥れます。同時にフェイクニュースを流し、台湾住民の戦意を削いでいきます。そういう中で、中国寄りの政治家による傀儡(かいらい)政権を樹立しようとするでしょう。第三段階は、離島の占領です。
台湾本島を攻める前に、金門島や馬祖島といった小さな島を占領します。
「抵抗を続ければ、次は本島だ」と脅すのです。そして、最終段階が本島への上陸作戦です。
ただし、ここまで来る前に台湾が屈服することを、中国は期待しています。
第四段階は、首都・台北の占領を目指した短期決戦です。
中国は台湾全土を占領する能力がないことを自覚しています。しかし、中国はアメリカの海兵隊にあたる陸戦隊を6個旅団・3万人擁しています。
この部隊を4万トン級の強襲揚陸艦などで台湾北部に上陸させ、アメリカ軍の本隊が到着するまでの1カ月以内に台湾を降伏させようというシナリオです。
これが成功すれば「武力統一」の達成となります。
■「侵攻は割に合わない選択」だが…
結論として、中国による台湾侵攻の可能性はたしかに存在します。しかし、それが必ず起こるわけではありません。
中国にとって台湾統一は悲願ですが、同時に巨大なリスクでもあります。経済的損失、国際的孤立、そして軍事的失敗の可能性。これらを冷静に計算すれば、侵攻は割に合わない選択です。
しかし、歴史を振り返れば、指導者が常に合理的な判断をするとは限りません。プライド、焦り、誤算、こうした要因が破滅的な決断を導くことがあります。
だからこそアメリカ、日本、そして国際社会は、中国に対して「台湾侵攻は許さない」という強いメッセージを送り続ける必要があるのです。
同時に対話のチャンネルである、首脳会談や外相会談、軍同士のホットライン(緊急連絡回線)、そして民間レベルの経済・学術交流なども維持し、誤解や偶発的な事故から戦争へとエスカレートしないようにしなければなりません。

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小川 和久(おがわ・かずひさ)

軍事アナリスト

陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大学神学部中退。地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。外交・安全保障・危機管理(防災、テロ対策、重要インフラ防護など)の分野で政府の政策立案に関わり、2012年4月から、静岡県立大学特任教授として静岡県の危機管理体制の改善に取り組んでいる。主な著書に『日本人が知らない台湾有事』(文藝春秋)『メディアが報じない戦争のリアル』(SBクリエイティブ)など。

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(軍事アナリスト 小川 和久)
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