トランプ大統領は「日米安保は不公平だ」と繰り返し批判してきた。だが本当にそうなのか。
軍事アナリストの小川和久さんは「日本を失えばアメリカは世界のリーダーの座から滑り落ちる。アメリカも日本を必要としているのに、その事実を日本人もアメリカ人も知らないまま70年以上が過ぎてしまった」という――。
※本稿は、小川和久『13歳からの戦争学』(アスコム)の一部を抜粋・再編集したものです。
■トランプ「日米安保は不公平だ」
ドナルド・トランプ氏は、第1次政権当時(2017-2021年)から日米安保について繰り返し批判的な発言をしてきました。「日米安保は不公平だ」「日本はアメリカに守ってもらうだけで、アメリカを守る義務がない」「日本はもっとお金を払うべきだ」といった発言です。
2025年1月に再び大統領に就任したトランプ氏は、本当に日本を守る気があるのでしょうか?
まず、トランプ氏の「不公平だ」という指摘について考えてみましょう。
たしかに、日米安保条約には非対称性があります。第5条では、日本の施政下にある領域が攻撃されたときのアメリカの義務について書かれていますが、アメリカが攻撃されたときに日本が参戦する義務は明記されていません。この点で、トランプ氏の指摘には一理あるように見えます。
しかし、これには歴史的な経緯があります。
日本国憲法第9条は、「戦力の不保持」と「交戦権の否認」を定めています。この制約がある以上、日本がアメリカと完全に対等な軍事同盟を結ぶことは困難です。

また、日本がアメリカを助けに行くためには太平洋を渡る必要があります。そのための陸海空の能力を備えた軍事力を日本が持つことは、日本の再軍備当時のアメリカからすると旧日本軍の復活の悪夢と重なり、許容できなかった面があります。
公式な文書が残っている訳ではありませんが、海上自衛隊には対潜水艦戦能力、航空自衛隊には日本列島の防空能力だけを突出させ、渡洋上陸作戦など不可能な自衛隊の構造にした面が感じられるのです。
トランプ氏と話すとき、日本の首相はこんな面も説明すると理解が進むのではないでしょうか。
■それでもアメリカが日本を手放せないワケ
さらに、日本は在日米軍の駐留経費の大部分(約86~93%)を負担しており、これは同盟国の中で突出して高い比率です。
「同盟強靱化予算(どうめいきょうじんかよさん)」(旧思いやり予算)は年間約2110億円(5年間の平均)、在日米軍関係経費は全体で年間8000億円を超えています。不公平だといわれる理由はないのです。
なぜ、日本がこれほど重要なのでしょうか。理由は大きく三つあります。
日本の基地は、アメリカの世界戦略にとって不可欠な戦略的根拠地(パワー・プロジェクション・プラットホーム)だからです。それは次の三つの理由によります。
第一に、地理的な条件です。
日本列島は、中国、ロシア、北朝鮮という三つの核保有国・軍事大国に隣接しています。しかも、太平洋とアジア大陸を結ぶ海上交通路(シーレーン)の要衝(ようしょう)に位置しています。
世界の貿易の約4割が通過するアジアの海を見渡せる場所に、これほど高度な産業基盤と政治的安定を同時に持つ同盟国はありません。
■お金では買えない価値がある
第二に、インフラとしての米軍基地です。日本列島に置かれた76カ所の米軍施設には、空母が停泊できる深い港(横須賀)、大型輸送機が離着陸できる長い滑走路(横田、嘉手納)、そして膨大な燃料・弾薬の貯蔵施設があります。三沢基地(青森)の情報機能もアメリカ本土並みです。
横須賀はアメリカ本土以外で唯一、空母の大規模修理ができる港であり、広島県内にある3カ所の陸軍弾薬庫(秋月弾薬廠)は合計約7万5000トンの貯蔵能力を持ち、極東最大の規模を誇ります。
アメリカのほかの同盟国には、このような機能は備わっていません。こうした施設を一から建設するには、数十年の歳月と数兆円規模の投資が必要です。
第三に、同盟国としての信頼性です。日本は70年以上にわたって民主主義と法の支配を維持し、日米安保条約を一度も破ったことがありません。
政変で反米政権になったり、テロの脅威にさらされたりするリスクがほとんどない。
この政治的安定は、軍事基地にとって何よりも重要な条件です。
これらの、太平洋の日付変更線から西、アフリカ南端の喜望峰(きぼうほう)までの範囲で行動する米軍を支える能力は、第一線部隊を支える燃料・弾薬の貯蔵能力と情報収集能力を含め、アメリカ本土のものと比べても遜色ありません。
それを、日本国の防衛と重ねて自衛隊が守っています。
■日本を失えば、世界のリーダーの座も失う
この日本列島という戦略的根拠地を失うと、アメリカは喜望峰までの範囲で行動する米軍を支える能力の80%ほどを失います。日本の代わりをできる同盟国はないので、世界のリーダーの座から滑り落ちてしまうのです。
会社に例えるとイギリス、ドイツ、韓国などの同盟国の基地は支店や営業所のレベルですが、日本はアメリカ本土が東京本社なら、大阪本社の位置づけなのです。
さきほど述べたように、戦力の面ではアメリカと日本は非対称的ですが、その一方で米軍を支える能力はアメリカ本土並みで、それを合わせると日本はアメリカの同盟国の中で最も双務性の高い、つまり対等に近い重要な同盟国なのです。
私が見るところ、トランプ氏の発言は、必ずしも「日本を見捨てる」という意味ではありません。むしろ、「日本はもっと防衛費を増やし、自ら防衛する能力を高めるべきだ。そうすれば、アメリカも喜んで日本を支援する」というメッセージだと解釈できます。
実際、トランプ政権の1期目を振り返ってみても、日米安保が弱体化したわけではありません。むしろ、中国の脅威を前に、日米の軍事協力は強化されました。

トランプ大統領は、日本の防衛費増額を強く求めましたが、同時に「日米同盟は揺るぎない」とも繰り返し述べています。
トランプ氏はビジネスマン的な発想を持っています。彼にとって同盟は「取引」です。「日本がもっと負担すれば、アメリカももっと貢献する。日本が負担を減らせば、アメリカも貢献を減らす」という等式で考えています。
この考え方は、伝統的な外交官や軍人とは異なりますが、必ずしも非合理的ではありません。
■不満広がるアメリカにどう答えるか
重要なのは、トランプ氏の発言の背後にあるアメリカ社会の変化です。アメリカ国民の間で、「なぜ、アメリカが他国の防衛に莫大な費用を負担しなければならないのか」という疑問が広がっているからです。これはトランプ氏だけの考えではなく、共和党の多くの議員や有権者が共有する感情です。
では、日本はどう対応すべきでしょうか。
第一に、防衛費の増額でアメリカ側の不信感を払拭する必要があります。日本政府は2027年度までに防衛費をGDP比2%まで引き上げる計画を発表しました。
これは、NATO諸国が目指している水準と同じです。この約束を確実に実行することが、トランプ政権との信頼関係を築く第一歩です。
第二に、日本の防衛能力の実質的な向上です。単にアメリカから高額な兵器を買うだけでなく、日本が自ら敵基地攻撃能力(反撃能力)、サイバー防衛能力、宇宙・電磁波領域での能力を高めることが重要です。
第三に、地域の安全保障への貢献です。日本はすでに、オーストラリア、インド、東南アジア諸国との安全保障協力を強化しています。これらの国々との連携を深めることで、「日本はアジア太平洋地域の安定に貢献している」とアメリカに示すことができます。
第四に、経済的な貢献です。アメリカが重視するのは、単なる軍事だけではありません。経済、技術、エネルギーなど、幅広い分野での協力が日米関係を強化します。特に、半導体などの先端技術分野での協力は、アメリカにとって極めて重要です。
■「守ってくれる」ではなく「必要」
そして最も重要なのは、日本がアメリカにとって唯一無二の戦略的根拠地であることを、機会を捉えてはアメリカの世論に伝えていくことです。

それなのに、「アメリカが日本を守ってくれている」ということだけが日本社会に広く浸透しています。「アメリカも日本が必要」という事実を日本人は知りません。なぜでしょうか。
最大の問題は、日本の官僚、学者、メディアがアメリカ側の公開資料にちゃんとアプローチしていないことです。
アメリカは民主主義国家であり、国防総省の年次報告書、軍高官の議会証言、シンクタンクの研究報告など、膨大な戦略文書を公開しています。そこには、「日本の基地は死活的に重要」「日本を失えばアメリカの太平洋戦略は成り立たない」といった記述が繰り返し登場します。深掘りすれば詳細なデータも出てきます。英語で書かれているとはいえ、誰でもアクセスできる公開情報です。
にもかかわらず、こうした資料を読み込み、日本の戦略的価値を国民に伝える努力がほとんどなされていません。これは国家的怠慢(たいまん)というほかありません。結果として、日本人、そしてアメリカ人の多くは「アメリカが日本を必要としている」という事実を知らないまま、70年以上が過ぎてしまったのです。
いまこそ、日本の政治家、官僚、自衛官、そしてメディアは、根拠もなしに「アメリカに守ってもらっているから逆らえない」と信じ込む思考停止から抜け出し、「アメリカ政府のデータをもとに、日本の戦略的価値を語れる」ようにならなければなりません。
トランプ大統領が日本を守るかどうかは、結局のところ、日本次第でもあります。日本が「守ってもらうのが当然」という姿勢では、アメリカの支援は得られません。
しかし、日本が「自ら戦う覚悟を持ち、そのための能力を高めている」姿勢を示せば、アメリカも日本を見捨てることはないでしょう。

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小川 和久(おがわ・かずひさ)

軍事アナリスト

陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大学神学部中退。地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。外交・安全保障・危機管理(防災、テロ対策、重要インフラ防護など)の分野で政府の政策立案に関わり、2012年4月から、静岡県立大学特任教授として静岡県の危機管理体制の改善に取り組んでいる。主な著書に『日本人が知らない台湾有事』(文藝春秋)『メディアが報じない戦争のリアル』(SBクリエイティブ)など。

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(軍事アナリスト 小川 和久)
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