企業において、社員、部下や後輩の不満を減らし、離職率を低くするためにはどうしたらいいのか。多摩大学特別招聘教授で、「行動経済学会」の創設メンバーでもある真壁昭夫さんは「給与や待遇がいいだけではダメだ。
何より大事なのは公平性を示すことだ」という――。
※本稿は、真壁昭夫『知らなかったでは済まされない 行動経済学の話』(高橋書店)の一部を再編集したものです。
■給与や待遇がよくても不満が出る理由
【木村幸輝(以下、木村)】「先生、最近ちょっと深刻なんです。計画が遅れるのも問題ですが、それ以上に若手の離職が続いていて……。正直、焦っています。競合と比べても給与はむしろ悪くないはずなのに、なぜ辞めてしまうのか理由がわからないんです。会議室で彼らの席が空いていくたびに、自分のマネジメント力を疑わずにはいられません」
【真壁教授(以下、教授)】「なるほどな。君は給与や待遇の『絶対額』で説明しようとしているが、人が組織に残るかどうかを決めるのは、額面だけではない。行動経済学で言う『組織的公正』(※1)が揺らいでいる可能性が高い」
【木村】「組織的公正……。つまり、数字よりも“公平に扱われているかどうか”が大事だということですか?」
【教授】「その通りだ。人は『自分が大切に扱われている』と感じられなければ、どれほど給与が良くても不満を抱える。逆に、給与が平均より少し低くても『プロセスが公正である』とわかれば、信頼して働き続けることができる」

※1 組織的公正:組織での意思決定や処遇が公平だと感じられる状態。

グリーンバーグが研究。
■「分配的公正」と「手続き的公正」とは
【教授】「公正さには二つの側面がある。まずは『分配的公正』(※2)。給与や昇進といった“結果”が公平かどうかだ。人は自分の努力と報酬の比率を、常に同僚と比べている」
【木村】「確かに……。先日も打ち上げの帰りに、若手が『あの人と自分は同じくらい働いているのに、なぜ評価が違うんだろう』とこぼしていました。僕は笑って流してしまったんですが、あれは相当な不満だったのかもしれません」
【教授】「もう一つは『手続き的公正』(※3)だ。これは結果そのものよりも、“どうやってその結果が決まったのか”というプロセスの公平さを指す。たとえ結果に多少の不満があっても、その決定プロセスが透明で一貫性があり、本人の意見を聞く場が設けられていれば、人は納得しやすい」
【木村】「逆にプロセスがブラックボックスだと、どんな結果でも『不公平だ』と感じるわけですね」
【教授】「その通り。広告会社に限らず、飲食業でもシフトの割り振りが“店長の気分次第”と見なされると不満が爆発する。不動産営業でも、歩合給の算定基準が曖昧だと、どれだけ稼いでも『正当に評価されていない』と感じて人が離れる。公正さは業界を問わず、人間の根源的なニーズなんだ」

※2 分配的公正:報酬や資源の分配が公平だと感じられる状態。

社会心理学や経済学で研究。

※3 手続き的公正:意思決定の手続きやルールが公平に運用されていると感じられる状態。ティボーとウォーカーの研究に始まり、リンドとタイラーたちが発展させた。
■給与の額よりも大事なのは「納得感」
【木村】「でも先生、それならいっそ給与をもっと引き上げれば不満は収まるのではないですか? “分配”が公平なら、誰も文句は言わないように思えますが」
【教授】「そこが誤解だ。給与を上げても、不満は必ずしも消えない。なぜなら、額よりも『納得感』が問題だからだ。もし昇給の理由が不透明なら、『誰が決めたんだ』『なぜあの人が優遇されるんだ』と、逆に疑念が強まることすらある」
【木村】「つまり、お金で不満を封じ込めるのは限界がある……。うちの会社もボーナスを増やしたのに、なぜか辞める人が増えたのは、まさにそのパターンかもしれません」
【教授】「そうだろう。金額は一時的な満足しか生まない。大事なのは“どう決まったか”というプロセスを納得できる形で示すことだ」
■歴史に見る「不透明さ」のリスク
【教授】「この問題は現代の企業に限らない。江戸時代の年貢でも、取り立ての基準が不透明だと百姓一揆が頻発した。『何割取られるか』よりも『どうやって決まっているか』のほうが人々の怒りを呼んだんだ。
歴史を見ても、公正さを欠いた制度は長続きしない」
【木村】「なるほど……。つまり人は“損をしているかどうか”以上に、“不透明さそのもの”に耐えられないんですね」
【教授】「その通りだ。現代でも同じで、納得できない税制や説明不足の制度は批判を浴びやすい。企業の評価制度も同じ構造を持っている。透明性を欠けば、不満は膨張し、やがて制度全体への不信につながる」
【木村】「確かに……。僕の部下も給与額そのものより『どう決まっているのかわからない』ことを口にしていました。あれは歴史と同じパターンだったんですね」
【教授】「そうだ。だからこそ、マネージャーは“制度の設計者”であると同時に“説明者”でもある。歴史が示すのは、透明性がなければ組織も制度も維持できないという普遍的な教訓なんだ」
■評価基準を明確にし説明責任を果たす
【木村】「では、どうすればプロセスを公正にできるんでしょうか」
【教授】「まずは評価基準を明文化し、誰でも理解できる形で共有することだ。『成果の質』『チームへの貢献』『改善提案の実行度』といった軸を明示し、同じ基準を全員に適用する。そして、評価の過程で本人の意見を述べる機会を設ける。これだけでも『一方的に決められたのではない』と感じられる」
【木村】「確かに、今の評価会議は上層部だけで閉じていて、部下には結果しか伝えていません。
彼らからすれば“何をどう頑張れば良いのか”が見えず、不信感につながっていたのかもしれません」
【教授】「さらにフィードバックを形式的に終わらせないことだ。『なぜこの評価なのか』『どうすれば次に上げられるのか』を具体的に伝える。説明責任を果たすことで、たとえ厳しい評価でも人は受け入れやすくなる」
【木村】「先生の話を聞いて、だんだん見えてきました。うちの離職の原因は給与の額そのものではなく、プロセスの不透明さだったのかもしれません。僕は数字ばかり見て『待遇は悪くない』と安心していましたが、部下の視点では“どう決まっているのかわからない”ことが最大の不満だったんですね」
■公平さを提示し続けて信頼関係を築く
【教授】「その気づきは大きい。公正さは一度ルールを作れば終わりではない。状況に応じて基準を見直し、透明性を維持し続ける努力が必要だ。手を抜けば、すぐに『またブラックボックスに戻った』と受け止められる」
【木村】「確かに……。僕は一度制度を導入すれば安心だと思っていました。でも、公正さは継続的に示し続けてこそ信頼につながるんですね」
【教授】「その通り。制度は枠組みであり、信頼は日々の実践の積み重ねだ」
【木村】「わかりました。次の評価面談から、必ず『なぜこの評価なのか』を具体的に伝えます。
そして制度そのものも見直し、全員に一貫して適用できる仕組みを整えます。プロセスを透明にすることこそ、部下を守り、組織を強くする道だと理解しました」
【教授】「その姿勢を持ち続ければ、部下は『自分は大切に扱われている』と実感する。信頼が積み上がれば、不満は減り、離職も自然と抑えられるだろう」
【木村】「はい。たとえ厳しい判断を下す場面でも、プロセスの透明性を徹底します。公正さを仕組みに根づかせるマネージャーとして、チームを支えていきます!」

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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