米国によるイラン攻撃は、日本にどのような影響を与えるのか。防衛大学校共同研究員の伊藤隆太さんは「高市首相はナフサ由来の化学製品は枯渇しないと語っているが、本質的な問題点は別にある。
重要なのは入手経路の安定性と、用途の優先順位だ」という――。
■「ナフサ論争」で見落とされていること
米国とイランは4月8日、2週間の停戦に入った。だが、4月9日時点で危機は終わっていない。和平協議はまとまっておらず、レバノンをめぐる戦闘は停戦を揺さぶり続けている。
しかもホルムズ海峡では、イランが船舶に自国水域寄りの航路を求めるなか、過去24時間に通過した船はわずか6隻にとどまり、平時の約140隻を大きく下回った。停戦は成立しても、物流はまだ戻っていないのである。
だからこそ、「物価はいつ戻るのか」という関心は当然としても、それだけでは今回の危機の本質を捉えきれない。経済安全保障の観点から日本が本当に問うべきなのは、医療、物流、化学、交通、廃棄物処理といった国家機能を支える物資を、危機の中でもどのルートで調達し、どの経路で現場まで運び続けられるのかという点である。
4月3日行われた赤澤経済産業大臣の記者会見によると、経済産業省のタスクフォースが4月2日の初会合で真っ先に確認したのは、小児用カテーテルの滅菌用A重油、九州地方の路線バス向け軽油、医療機器の滅菌に必要な酸化エチレンガス、塗料用シンナー、自治体の廃棄物処理だった。危機の核心が、値札より先に、供給網の持続可能性にあることを示す点検対象である。
そして、今後の焦点として挙がったのが、プラスチックや合成繊維の基礎原料となるナフサの在庫である。赤澤大臣は記者会見で「化学品全体の国内需要4カ月分を確保しております」と語ったが、果たしてナフサはどこまでもつのだろうか。

■意見が食い違うTBSと高市首相
ナフサの在庫をめぐり、政府とメディアのあいだで論争も起きた。
2026年4月4日に放送された「報道特集」(TBS系)で、専門家の「間違いなく今の状況が続いたら6月には詰むんですよ、日本」という発言を紹介。SNS上で批判を受けたからか、報道特集は4月7日に番組の公式Xで「需要に供給が追いつかなくなり、日本にとって深刻な影響が出る恐れがある」という趣旨での発言だったと、番組内容を補足する投稿をしている。
これに対し、高市首相は4月5日に自身のXで、中東以外からの輸入拡大によって、ナフサ由来の化学製品の在庫期間は半年以上に延びるとの見通しを示した。
つまり、TBSと政府が正面から食い違っているというより、見ている地点が違うのである。前者は、川上のナフサ供給と現場の目詰まりが続いた場合に起きる機能不全を見ている。後者は、代替輸入や中間製品在庫まで含めた総量で、日本の耐久力を説明している。
だが、どちらの議論も結局は、代替調達が続くこと、物流が回ること、そして次の船が来ることを前提にしている。停戦後もホルムズの通航が平時の1割未満にとどまる以上、在庫は時間を稼げても、ルートが戻らなければ安心にはならない。
今回の危機で日本が本当に問うべきなのは、「ガソリン代はいつ下がるのか」「日用品はどこまで値上がりするのか」という問いのさらに手前にある問題である。
病院の滅菌資材、バスの燃料、包装資材、ごみ処理、化学原料を、危機の最中でもどの経路で回し続けられるのか。今回明らかになったのは、日本が危機時の物資調達をなお「値段」と「量」で語りがちで、「経路」と「優先順位」の問題としては十分に語ってこなかったという、より深い脆さなのである。

■「安く手に入るか」は本質ではない
経済安全保障の観点で見ると、今回の危機で政府が真っ先に点検した対象は示唆的だ。さきほども紹介したように、経済産業省のタスクフォースが最初に確認したのは、ガソリンの値札ではない。ナフサに関係するものでいえば、医療機器の滅菌に必要な酸化エチレンガス、塗料用シンナー、自治体の廃棄物処理などだった。
ここに本質がある。危機のときに国家が最優先で守るべきなのは、消費者心理に直結する価格だけではない。病院が止まらないこと、ごみ収集車が走れること、食品や医療品の包装材が切れないことだ。
ナフサは単なる「プラスチック原料」ではない。生活必需品、医療資材、物流資材の背後にある基礎素材であり、見えにくいインフラなのである。
実際、資源エネルギー庁は元売り・輸入事業者に対し、系列内外や新規取引先も含めた供給を要請し、各地方経産局に専用の相談窓口まで設けた。これは逆にいえば、すでに市場の自動調整だけでは十分でない局面に入っていることの証左でもある。政府が本気で見ているのは、「安いかどうか」より「止まらないかどうか」だ。
■経済よりも政治が問題のカギを握っている
ここで考えるべきは、在庫の数字そのものより、その数字を成り立たせている前提だ。
どれだけ在庫があっても、尽きる前に次の荷が着かなければ意味がない。そして、その「次」が来るかどうかを決めるのは、もはや相場だけではない。
4月10日、ロイターは、ホルムズ海峡の混乱を受けてアジア向けの米国産原油に1バレルあたり30~40ドルのプレミアムがついたと報じた
戦争危険保険の引き受け停止も起きている。ここまでくると、問題は「高い石油」ではない。「そもそも船が動くのか」「保険が付くのか」「寄港できるのか」という段階に入る。
さらに象徴的なのは、ホルムズ海峡を通る船が、価格より「誰が通航を許されるのか」という外交・政治の論理に左右され始めていることだ。東南アジア各国はイランとの個別交渉で通航許可を得たと公表し、ロイターも日本やマレーシアなどにつながる一部船舶の通過を伝えている。
市場が「値段で買える世界」から「誰が通れるかの世界」に近づいたとき、国家の強さを決めるのは備蓄量の多寡だけではない。ルートの太さ、外交力、代替調達の速さである。
■日本の弱点は「中東依存」だけではない
日本は原油の9割超を中東に依存している。しかも資源エネルギー庁が示すように、日本を含む東アジアの原油輸入は、ホルムズ海峡とマラッカ海峡という二つのチョークポイントを通る。
要するに、日本の弱点は「中東依存」だけではない。「通り道への依存」でもある。
石油化学でも同じ構図がある。独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)によれば、日本のエチレン生産は製油所でつくるナフサと輸入ナフサの両方に依存し、輸入ナフサの比率は6割、そのうち約半分が中東由来だ。
つまりナフサ不足論争とは、石油化学だけの特殊な問題ではない。エネルギー、物流、化学、医療、生活資材が同じ地政学的ボトルネックにぶら下がっていることの、見えやすい症状にすぎない。
だから、いま問うべきは「ナフサは本当に足りるのか」だけではない。中東以外からの調達を次の危機でもすぐ増やせるのか。船腹、保険、港湾、積み替えまで含めて、実際に動く計画を持っているのか。国家として見るべき数字は、在庫日数だけではない。
■必要なのは「国産切り替え」ではない
ここで誤解してはいけないのは、経済安全保障がそのまま「すべて国産化せよ」という話ではないことだ。コーヒー豆も衣料品も、すべて国内で賄う必要はない。
平時に国際分業を使い、安く調達すること自体は合理的である。
だが、医療、交通、廃棄物処理、食品包装、基礎化学品のように、止まった瞬間に社会全体へ波及する分野は別だ。そこでは「安ければいい」より、「切れても切り替えられる」「有事に増やせる」「国内か友好国で最低限は回せる」ことのほうがはるかに重要になる。
必要なのは全面的な国産化ではない。第一に、どの原料と中間材が国家機能に直結するのかを、石油そのものだけでなく川中・川下まで含めて洗い出すこと。第二に、中東以外の調達先を平時から増やし、船舶、保険、港湾まで含む実動計画を整えること。第三に、採算だけで切ってはいけない国内の最低限の製油・石化・補修能力を残すこと。第四に、有事には何を優先供給するのかを官民で事前に決めておくことだ。
危機対応は、その場の根性論では回らない。平時にどれだけ非効率に見えても、「戻せる」「回せる」「つなげられる」能力を薄くても残しておくことが、国家の強さになる。
■「平常運転」を貫けるのか
多くの国民が「物価はいつ戻るのか」と問うのは当然である。原油が落ち着けば、ガソリンや石化製品の値上がり圧力も、いずれ和らぐかもしれない。
だが、その問いだけで危機を測ると、本質を見失う。
高市首相は4月7日の会見で、日本全体として必要な量は確保されており、ナフサ由来の化学製品や医療関連物資、食品包装用容器、ごみ袋、半導体関連物資についても、継続供給可能な期間を把握したうえで、在庫活用や国内外での製造拡大・継続などの対策を進めていると説明した。
さらに政府は、一部で供給の偏りや流通の目詰まりが生じていることも認めている。政府が安定供給に手を打っていること自体は確かである。だが、その視点では不十分である。政府が示す「確保量」や「在庫月数」は安心材料にはなっても、それだけでは十分ではない。危機管理で本当に問われるのは、総量ではなく、社会の末端まで供給を平時どおり接続できるかどうかである。
■最悪のシナリオは「高い石油」ではなく「止まる日本」
最悪のシナリオは、原油が高いことそのものではない。病院で必要な滅菌資材が細る。路線バスの燃料が偏在する。ごみ処理や包装資材が目詰まりする。企業は原料を確保できても、保険や船腹や通航許可が追いつかず、供給が面でつながらない。つまり、日本という国家の平常運転が、外部の許可と偶然の物流に左右される状態である。
戦前、日本は石油の9割以上を輸入に依存し、全面禁輸によって一気に戦略的選択肢を失った。歴史の教訓は、危機になれば戦争になるという短絡ではない。供給ルートを握られた国は、価格より先に選択肢を失うということだ。
「安ければ得」という論理は平時ではかなり正しい。だが、有事にはそれだけでは国家は回らない。いま日本が議論すべきなのは、ナフサが何カ月分あるかという数字の勝ち負けではない。次の船を、次の原料を、次の生活基盤を、どのルートで確実につなぐのか――その設計図こそが、これからの経済安全保障の本丸である。

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伊藤 隆太(いとう・りゅうた)

防衛大学校 共同研究員/戦略コンサルタント

防衛大学校共同研究員、NovaPillar Advisory LLC戦略コンサルタント、博士(法学)。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院法学研究科後期博士課程修了。慶應義塾大学・広島大学助教、日本国際問題研究所研究員等を経て今に至る。Co-Chairs of the IPSA Research Committees (RC12)、APSA Committee of Best International Security Article等を歴任。単著論文はInternational Affairs誌に‘Hybrid Balancing as Classical Realist Statecraft’ (2022)、‘Hubris Balancing’ (2023)、International Relations誌に‘A Neoclassical Realist Model of Overconfidence and the Japan–Soviet Neutrality Pact in 1941’ (2023)、‘Outrage Balancing’ (2026)、単著研究書は『進化政治学と国際政治理論』(芙蓉書房出版、2020)、『進化政治学と戦争』(芙蓉書房出版、2021)、『進化政治学と平和』(芙蓉書房出版、2022)、編著研究書に『インド太平洋をめぐる国際関係』(芙蓉書房出版、2024)等がある。

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(防衛大学校 共同研究員/戦略コンサルタント 伊藤 隆太)
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