高齢者を専門とする精神科医として長年診療を続けてきた和田秀樹氏は「死を前にした患者が口にする後悔には、はっきりとした共通点がある。それは“やらなかった後悔”だ」と言う。
では、死の直前になって最も悔やまれることとは何か。和田氏が語る、老後のお金と時間の正しい使い方とは――。
※本稿は、プレジデント公式YouTubeチャンネル「死ぬときに後悔しないお金と時間の使い方」をもとに編集したものです。
■「旅行に行けなくなって、楽しみが何もない」
私は高齢者を専門とする精神科医として、長年にわたって多くの患者さんと向き合ってきました。最近は病棟付きの仕事をしていないから、臨終の場に立ち会うことはほとんどありません。それでも、死期が近づく前の段階から、患者さんたちが口にする言葉には、ある共通のパターンがあります。
「旅行に行けなくなって、何も楽しみがないんですよ」

「美味しいものを食べに行きたいけど、東京まで出ていくのが億劫になってしまって」
こうした言葉を漏らす人が、実に多いのです。足腰が弱れば遠出は難しくなります。体力が落ちれば、かつては当たり前に楽しんでいたことが、一つひとつできなくなっていきます。これは、医師として高齢患者を診続けてきた私が、繰り返し目にしてきた光景です。
「やってしまった後悔」より「やらなかった後悔」のほうが、人の心に長く、深く刻まれる。多くの高齢患者に向き合った経験から、私はそう確信しています。

■金刀比羅さんの石段で気づいたこと
私自身にも、忘れられない体験があります。2年ほど前、講演のために香川県を訪れた際、せっかくだからと旅行を兼ねてレンタカーを借りました。金刀比羅さんの近くを通りかかり、「お蕎麦でも食べよう」と駐車場に停めたところ、「あと1000段」という案内が目に入りました。
その瞬間、ふと思ったのです。「次に来た時に、のぼれる自信がないな」と。
私は心不全という病気も抱えていますし、足腰もそれほど丈夫ではありません。若い頃のように体が動くとは限らない。だからこそ「今のぼっておこう」と決意し、頑張って上まで登り切りました。
達成感はもちろんありました。だがそれ以上に大きかったのは、「次は本当に無理かもしれない」という現実を、正面から受け止められたことです。後で聞けば、途中まで車で行けるルートもあるらしいのですが(笑)、それでも体を動かしながら、自分の足で一段一段のぼりきったことは、今も鮮明に記憶に残っています。
「今のぼっておかないと」と感じた瞬間に行動するか、後回しにするか。
その選択が、後の後悔を決定的に左右するのです。
■「旅行寿命」と「グルメ寿命」は、体の寿命より先に尽きる
80歳、85歳まで生きられたとしても、「旅行寿命」や「グルメ寿命」は体の寿命より先に尽きることがあります。これは、高齢患者を診続けてきた医師としての、偽らざる実感です。
月に100万円を飲食に使っていると豪語していた人でも、施設に入れば食費は10万円で収まってしまいます。フェラーリを買って喜んでいた人でも、乗れなくなる時期が必ず来ます。旅行好きだった人が、ある日を境に遠出が一切できなくなることもあります。お金はあるのに、使う元気がない。これが老いの現実です。
年を取れば取るほど、お金は物理的に使えなくなっていきます。ならば、使えるうちに使うしかありません。行きたい場所があるなら、今年中に行っておく。「来年は少し難しいかな」と感じた瞬間が、すぐ動くべきサインです。
そう感じてから実際に動けなくなるまでの時間は、思っているよりずっと短いものです。
■「アリとキリギリス」の教訓は、現代では逆になる
「老後のお金を使ってしまうと、後で困るのではないか」。そう心配する人は少なくありません。日本人は、アリのようにコツコツ貯めることを美徳とし、キリギリスのように使うことへの根深い罪悪感があります。
しかし、食糧不足の時代に生まれたこの寓話は、物が余っている現代には当てはまりません。今の時代、アリは「死ぬまで楽しみを知らないで死にました」となる可能性が十分にあります。キリギリスは「最後まで好きなことができました」となることも、十分にあり得るのです。
米国のベストセラー、『DIE WITH ZERO』(ビル・パーキンス著、邦題『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』)の著者も言っているように、人間が死ぬ時に棺桶に持っていけるのはお金ではありません。思い出です。
認知症になったら忘れてしまうと言う人もいます。しかし認知症の人は、新しいことは覚えられなくても、若い頃の記憶はしっかりと残っていることが多いのです。思い出として脳に刻み込まれた経験は、お金や地位よりずっと長く、本人の内側に生き続けます。
そういう意味でも、経験に投資することの価値は、老いが深まるほど大きくなるのです。
■老後の蓄えは「切り崩すためにある」
ここで一つ、はっきり言っておきたいことがあります。老後の蓄えは、本来、切り崩すためにあるものです。子供に残すために貯めるものではありません。
「無駄遣いして、子供に回る財産が減ったら困る」と言われることもあります。子供に嫌われたくないという気持ちも分かります。だが、今の子供世代が、親の老後の面倒を見る体力的・金銭的な余裕があるかどうかは、実のところ分かりません。
さらに言えば、20年も経てばヒューマノイドロボットが介護や家事全般を担うようになる可能性があります。イーロン・マスクによれば、3年以内に人間の外科医に匹敵するロボットが登場するといいます。AIも想像以上のスピードで進化しています。「寂しくてたまらない」とAIに打ち明ければ、ちゃんと話し相手になってくれる時代が、すでに来ています。
子供に残すための貯蓄も大切ですが、それ以上に、今の自分の「旅行寿命」「グルメ寿命」が尽きる前に経験に投資することを、もっと真剣に考えてほしいのです。

■「周りの目」を気にしても、実害はほとんどない
「2週間も家を空けて旅行三昧とは、いい気なもんだ」と言われるのが嫌で、なかなか動き出せない人もいます。日本人の最も苦手なものの一つが、周りの目でしょう。
しかし、仮に周りの目を気にしなかったところで、実害はほとんどありません。今は、多くの人がマンションに住み、隣に誰が住んでいるかさえ知らないことも珍しくない時代です。「あの家は能天気だ」と思われたとしても、向こうが内心羨ましいと思っている可能性だって十分あります。
しかも、日本は意外にまともな福祉国家です。介護保険を申し込みに行けば、ケアマネージャーがついてくれます。自宅で生活する居宅介護支援であれば、ケアプランをつくってもらったり、相談したりする費用はゼロです。有料老人ホームの評判なども、地域のことをよく知るケアマネージャーに相談すれば教えてもらえます。
近所付き合いを頑張っても、いざという時にどれほど役立つかは分かりません。それよりも、制度を賢く使いながら、自分の好きなことをする時間を確保するほうが、人生の質をずっと高めてくれます。
■「偽りの自己」で生きた時間を、定年後に取り戻す
私が「人生は二毛作で考えたほうがいい」と言い続けているのには、理由があります。

英国の精神分析学者、ドナルド・ウィニコットが提唱した言葉に、「トゥルー・セルフ(真の自己)」と「フォルス・セルフ(偽りの自己)」という概念があります。赤ん坊の頃は泣きたい時に泣き、親の都合など考えません。それが「真の自己」です。しかし成長するにつれ、しつけや教育を通じて「偽りの自己」を身につけていきます。社会に適応するためには必要なことですが、それだけでは心が窒息してしまいます。
仕事をしている間は、家庭を持ち、家も買わなければなりません。だから給与水準や安定性を優先して会社を選びます。本当にやりたいこととは、どうしても少しずれが生じます。それは仕方のないことです。
しかし定年後は違います。年金に月10万円を足せれば十分と思えるなら、本当にやりたかった仕事を選ぶことができます。喫茶店のマスターをやりたかった人は、それをやればいいのです。音楽が好きな人はコンサートのスタッフをやればいい。私自身も映画を作っていますが、映画業界では「安くていいから現場に関わりたかった」と言えば、雇ってもらえることがあります。2毛作目の人生でこそ、「真の自己」で生きる選択ができるのです。
■「気が合う人と最後まで一緒にいる」ことも、やらなかった後悔になる
「やらなかった後悔」として、意外に多いのがパートナーに関することです。
定年後、子供も独立して、夫婦二人で顔を突き合わせる時間が急に増えます。運良く気が合う夫婦なら、むしろここから人生が盛り上がるでしょう。しかし「何も楽しくない」という状況になった時、昔なら「あと10年の我慢」だったのが、今は「あと30年の我慢」になります。寿命が延びたことで、我慢の時間も大幅に長くなってしまいました。
私の東大医学部の同級生が、ここ4~5年のうちに3人再婚しました。1人目はイケメンの教授で、1回目と2回はモデルのような女性と結婚して、2回とも離婚。3人目の結婚相手は公立校の同窓会で出会った女性で、すごく幸せそうにしています。2人目は近所の喫茶店のママさんに相談に乗ってもらううちに意気投合し、再婚しました。3人目はアメリカの大学で准教授までなった同級生。離婚して、シングルファーザーになり、日本に帰国後、高校時代の同級生と再婚しました。
3人に共通しているのは、年齢も外見も関係なく、「気が合う人と一緒になった」ということです。このぐらいの年齢になると、「若い」「きれい」より「気が合うかどうか」のほうが、関係の幸福度を左右する大きなファクターになります。
■財産を残そうとするほど、後悔が深まる
問題は、そういった出会いがあっても、子供の反対で踏み切れないケースが非常に多いことです。特に財産が多い人ほど、「財産目当てに決まっている」と子供から猛反対されます。結局、子供のために諦めて、最後は後悔することになります。「あの人と一緒になっていれば、死ぬまで面倒を見てもらえたのに」と。
一方で、子供が親の老後を面倒見てくれるとは限りません。子供自身に体力的・経済的な余裕があるかどうかも分かりません。そう考えると、「気が合うパートナーと最後まで一緒にいる」という選択を、財産の問題で諦めることの損失は、思っている以上に大きいのです。
「やらなかった後悔」は、旅行や食事だけではありません。人との関係においても、踏み出さなかったことへの後悔が、晩年の心に重くのしかかります。行きたい場所に行く、食べたいものを食べる、一緒にいたい人と一緒にいる。それを「今できるうちに」やっておくこと。これが、死の直前に最も後悔しない生き方だと、私は確信しています。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、40年にわたり高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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