食糧法の改正法案が国会に提出された。農政アナリストの山下一仁さんは「減反を強化する食糧安全保障を脅かす改悪だ。
鈴木農水大臣は『輸出を増やして需要を拡大するため、減反ではない』と説明するが、高米価で価格競争力がないなかで増やそうとすれば多額の補助金が必要になる」という――。
■閣議決定された「減反強化」法案
4月3日、コメの減反政策を強化する食糧法改正法案が閣議決定され国会に提出された。「生産調整」という記述を削り、「需要に応じた生産」という文言に変更するという内容だ。
本連載でこれまで述べてきたように、「需要に応じた生産」という文言は「減反=生産調整」を指すために使われてきた(参考記事)。鈴木農水相は、生産調整という文言は法律から削除し、「需要に応じた生産」という文言を導入するので、減反ではないと主張している。また、主食用だけでなく輸出用等も含めて「需要=生産を増やす」ので、これまた減反ではないと強弁している。
次は、同日の記者会見での同氏の発言である。
米の需要を拡大し、これに応じた生産を推進するため、従来の米の需要の減少を前提とした生産調整に関する規定を見直すこととしたところであります。
この生産調整方針に関する規定が米の需要減少、これを要するに主食用の国内需要の減少というのを前提とした上での生産調整ということでありましたから、その規定自体をまず廃止をします。私たちこの需要というのは、輸出や米粉、そして酒米や様々な用途の米というのがありますが、この需要をしっかりと開拓をして、そして輸出促進、生産性向上などに関する施策など、生産の持続的な発展を図る施策を講じることを、これも合わせて法律上位置付けをしますので、皆さんおっしゃるように需要に応じた生産がイコール生産調整なんだということには全くなりませんし、逆に需要は基本的には伸ばしていく、そこに応じた生産を行っていただくと。

需要を増やし、それに応じた生産をするので、減反ではないというレトリックは、彼が一貫して使っているものだ。昨年12月19日の記者会見では「『需要に応じた生産」とは、需要が増える場合は、それに応じて生産を増やすことになります。
ですから、いわゆる減反政策を意味するものでは全くありません」と言っている。
本稿で、これが詭弁に過ぎないことを詳しく解説していきたい。
■国民を騙す詐欺的なウソ
そもそも減反についての理解が完全に間違っている。半世紀に及ぶ減反の歴史についても不勉強である。
潜在的な生産力(例えば1000万トン)に対して実際の生産量を(例えば700万トンに)減少させることが減反である。その生産量がある年650万トンで翌年700万トンに増えても1000万トン以下にするなら、それは減反である。過去の減反の歴史でも生産量を増やしたことはあった。
また、これまで、「需要に応じた生産」という場合の“需要”とは、本来、主食用のコメの需要である。その価格を維持するために減反してきたのである。
その“需要”を主食用に輸出用等を含む需要にすり替えて、需要が増えるから減反ではないと主張しているのだ。これは詐欺師の主張である。
■鈴木大臣はメンタル最強
これまでは主食用のコメを減産するので減反だが、主食用のコメは減産しても他用途米を加えるとそれより生産が増えるので減反ではないと言うのだ。
しかも、この他用途米もこれまで生産されてきたものである。
例えて言うなら、これまで対象としてきた白いコメ(700万トン)だけではなく赤いコメ(50万トン)も対象に加えるから需要が700万トンから750万トンに増えるので、これまでの政策と異なり減反ではないと言う。これは、ペテンとしか言いようがない。このような主張を臆面もなく堂々と行うことに、鈴木氏のメンタルの強さが表れている。私だったら、とてもできない。
上の例で、仮に、他用途のコメの需要が30万トンに減少した場合、他用途米を含めたコメの総生産量は750万トンから720万トンに減少する。この場合は生産が減るので減反というのだろうか?
■コメの値段が元に戻らない理由
減反の目的は、主食用のコメを潜在生産力以下に減産することで、その価格を高く維持することである。しかも、鈴木氏は来年産の主食用のコメを30万トン以上減産することを表明している。
主食用のコメの値段は下がらない。これこそ減反に他ならない。
市場では、コメがどれだけ生産されても必ずそれに見合った需要が存在する。キャベツが卸売市場にどれだけ供給されても必ずさばけるのと同じである。
市場では常に「需要に応じた生産」なのだ。
違うのは価格である。供給が多ければ下がるし、少ないと上がる。
「減反=生産調整」とは、政府が関与しないと1000万トン生産されるものを、補助金と指導で市場に介入し、望ましい米価水準を達成できるよう“一定水準”に減少させることである。例えば1000万トンのコメの潜在生産力があってそのまま生産すると低い米価(図では7000円)となる場合に、補助金を使って1000万トンから生産量を(例えば700万トンに)制限して米価を(1万5000円に)高くするのが減反である。これを農水省は勝手に「需要に応じた生産」と言って、国民を騙してきたのだ。
■マスコミも騙されなくなった
私は、マスコミが鈴木氏の主張を鵜呑みにするのではないかと恐れていたが、杞憂のようだ。
4月10日の京都新聞社説は、「食糧法の改正案 コメ農家の意欲そぐな」と題して、次のように主張している。
「令和の米騒動」の反省を踏まえた増産方針を覆し、なぜ再びコメ作りに制約を課すのか。

政府が、コメを「需要に応じて生産する」と明記した食糧法改正案を国会に提出した。

過剰生産を抑えて、価格の下落を防ぐという。だが人口減で長期的には需要が伸びにくいとされる中、実質は1970年代から続けた「減反政策」の恒久化を宣言したようにしか見えない。

農家、消費者ともに納得でき、持続可能な政策といえるのか。品質や生産性の向上と販路開拓に注力する農家からは、自主的な努力を妨げかねないとの声も出る。
鈴木憲和農相は「従来のコメ需要の減少を前提とした生産調整に関する規定を廃止する」とも述べたが、詳しい説明はない。コメの需給や価格の動向に国がどう関わるのか、曖昧なままだ。国会でただしてもらいたい。(中略)

供給の過剰を極度に恐れるのでなく、不足を防ぐことに重点を移すことが、長年の懸案である食料安全保障の観点からも重要だ。(中略)

米価を巡っては、コメの業界団体が今月、生産・流通に必要なコストを精米で5キロ2816円と見積もる新指標を発表した。実態を反映していないとの異論もあり、分かりにくさは否めない。

■ウソを重ねてきた農水省
京都新聞は鈴木氏や農水省に騙されていない。マスコミはウソつき農水省を信じなくなっているのだろう。
農水省の本心はJA農協と零細農家のために高米価を維持したいということで一貫している。国民や消費者という視点は欠如している。

このため同省は2年前からウソにウソを重ねてきた。24年にスーパーの棚からコメがなくなったとき、コメは十分にあるとして、備蓄米の放出を拒否した。供給が増えて米価が下がることを恐れたからだ。しかし、民間在庫の状況からコメが足りていないのは明白だった。24年産米(新米)が供給されると価格が落ち着くと言ったのに上昇すると、だれかわからない流通業者がコメを隠しているとか流通が目詰まりしているとか、根拠もなく主張した。しかし、2度も調べたが、そんなコメはどこにもなかった。逆に、25年産は豊作なのに、JA農協が在庫を積み増すという操作を行い、コメの値段を一段と騰貴させていることに対して、何の手だても講じない。
このように国民を騙し続け、しかもウソがばれているのに、農水省の役人の誰一人として責任を取ろうとしない。自民党農林部会で幹部が謝罪しただけで、いまだに記者会見を開いて国民に謝罪しようとはしない。
それに、今回の輸出等を入れるとコメの需要が増えるので減反ではないというウソである。
■高米価を維持するための異常な政策
しかも、鈴木氏が考えている「輸出を増やす」方法は、「減反を廃止して生産量を増やし(図表1では1000万トン)価格を下げて輸出も増やす」という真っ当な政策ではない。(減反)補助金を増やして、輸出しようというものだ。

「輸出」や「米粉」など主食用のコメ以外の用途のコメは、これまでも農水省は減反政策に組み込む形で利用してきた。
主食用のコメを減らすために、当初は麦や大豆などコメ以外の作物への転作が促されてきた。しかし、零細な兼業農家はこれらの転作作物を作る技術も機械も持たないため、転作が進まなかった。そこで考えられたのが、コメをコメの転作作物とする異常な政策だ。
「輸出用」や「米粉用」のコメは、高い主食用のコメの価格では流通できない。そこで、主食用のコメとの価格差を減反(=転作)補助金として農家に交付することで、これらの用途のコメの生産・流通が可能になるようにしてきた。
つまり、これまでも他用途のコメは減反政策の中に取り入れられ、政策対象とされてきたのだ。新しく他用途のコメの需要を作り出すのではない。
■貿易戦争を誘発する危険な農政
この政策の問題は二つある。
一つは、一物一価ではなく政策で一物多価という歪みを作り上げるので、例えば飼料用として買った業者が主食用に転売すると必ず儲かるという不正を誘発する。実際にもこのような不正が行われたので、これを防止するため罰則による禁止規定を設けている(食糧法による“用途限定米穀の用途外使用の禁止”)。逆に言うと、自由な市場経済では一物多価が成立することはないので、転売禁止の規制も必要ない。
もう一つは貿易戦争の誘発である。単に減反をやめて価格を下げ輸出を増やすことにはWTO(世界貿易機関)のルール上、何の問題もない。しかし、輸出用米についての減反補助金はWTOで禁止されている輸出補助金(定義は輸出に際して交付される補助金)である。コメの関税は700%であると問題視しているトランプがWTOに提訴すると、WTOでは他の分野での対抗措置(クロス・リタリエイションという)が認められているので、彼は日本の自動車に合法的に高関税をかけることができる。
■輸出競争力を失った日本米
そもそも鈴木氏が主張するように、他用途のコメの需要が増えるのだろうか?
米粉用や酒米などは、急激に需要が増えるとは思わない。期待しているのは、輸出であるが、これが増えるのだろうか?
同氏も含め農水省の役人の大きな欠点は、価格が果たす役割を理解しないことだ。何十年も農水省が作る需給計画には価格という要素がない。「価格が上がると需要が減り、下がると需要が増える」ことを理解できない。輸出についても、海外で輸出フェアを行えば輸出が増えると思い込んでいる。「価格が高いから輸出が増えない」「価格を低くしないと輸出を増やせない」ことを、理解しないのだ。
次は、日本の米価とカリフォルニア産の米価の比較である。両者の価格差が接近、時には逆転していたが、昨今の米価高騰で価格差が大幅に開いてしまったことが分かる。日本米の価格競争力が失われているのだ。
■どうやって輸出を増やすのか?
次に政府が主食用として輸入しているミニマムアクセス米10万トン(編集部注:WTOの農業合意に基づき、日本が原則として輸入を義務付けられている年間約77万トンの外国産米のうち主食用は10万トンとなっている)の枠の消化率を見てみよう。
かつては内外価格差が大きくこの消化率は100%だったものが、近年内外価格差が解消・逆転するなかで消化率が大きく低下していた。これが最近の米価高騰で再び100%となっている。
さらに、低関税のミニマムアクセス(MA)の枠外の民間輸入でも、極端な円安や輸入禁止的な関税を乗り越えて、カリフォルニア米が大量に輸入されている。2025年度は4月~10月だけで8万8000トンの輸入である。大幅な価格差の中で日本米の輸出を行うことは不可能である。
■巨額の財政負担と食料危機を招く
農水省は、2030年にコメの輸出量を35万トン(2023年実績の約8倍)とする目標を掲げている。25年産の3万6000円の米価で無理に輸出を増やそうとすれば、現在輸出用に用意している減反補助金の単価を大幅に増額しなければならない。これだけで約1600億円もの膨大な財政負担が必要となる。
しかも、これでカバーできるのは、水田面積230万ヘクタールのうち7万ヘクタールに過ぎない。130万ヘクタールに主食用のコメを作付けしても、残る90万ヘクタールは麦や大豆等に転作(減反)しなければならない。減反の仕組みに何らの変更もない。しかも、今の異常な主食用米の価格では、農家に主食用米から他作物に転作するよう誘導するためには、減反補助金の単価を増やさなければならない。減反の財政負担は今の3500億円から大幅に増加する。
このような財政負担を用意できないと、主食用のコメの30万トンの減産に非主食用のコメも減産となるので、トータルとしてコメの需要は減少し減産となる。このような状況で台湾有事が起きれば、日本国民は半年で餓死する(参考記事)。
これは、鈴木氏の主張に従っても、“減反”ではないだろうか?

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山下 一仁(やました・かずひと)

農政アナリスト、前キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。

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(農政アナリスト、前キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
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