遺伝は体や心にどれだけ影響するのか。キングス・カレッジ・ロンドン精神医学研究所教授ロバート・プロミンさんは「イギリスの若年成人5000人調査では、自閉症について『遺伝の寄与率はどれくらいと思うか』と聞いた問いへの回答の平均は42%だった。
すでに大半の人が、心理的形質にはDNAが関係していることを受け容れているが、その影響を低く見積もりすぎていることがわかった」という――。
※本稿は、ロバート・プロミン(著)、田中文(訳)『こころは遺伝する』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■意外と高い、体重の遺伝率
表1に、2017年に5000人の若年成人を対象にイギリスでおこなわれた調査の結果を示した(2)。表の右側は何十年にもわたる遺伝学研究にもとづく推定値である。
遺伝率についての人々の考えと研究結果との開きが大きかったのは、体重と胃潰瘍だ。
人々が体重と胃潰瘍は最も遺伝率が低い身体的形質だと考えているのに対し、研究結果はこのふたつが最も遺伝率が高い形質に含まれることを示している。
人々は平均で、体重の遺伝率は40%、胃潰瘍は29%だと回答したのに対し、遺伝学研究の結果からは、体重と胃潰瘍の遺伝率はどちらも70%ほどだと推定されている。
他の形質にくらべて、なぜ体重と胃潰瘍の遺伝的影響が小さいと思ったのか回答者に訊ねたところ、こんな答えが返ってきた。「体重には意志の力が影響するし、胃潰瘍はストレスが原因だから」。意志の力とストレスはどちらも環境に起因すると人々は考えているのだ。しかしこの考えは正しくないし、その理由を知るのは重要である。
体重には意志の力が関係していると人々が考える理由は、食べるのをやめれば、当然、体重は減るからだ。
私たちの文化は太りすぎの人に冷たい目を向ける傾向にある。肥満の人は自制心が足りないせいで食べるのをやめられないと思うからだ。
しかし体重の違いの70%がDNA差異で説明されるという研究結果は、だれでも食べるのをやめれば体重が減るという自明の理と矛盾してはいない。食べ物が突然手に入らなくなったり、胃バンディング手術を受けて食べられる量が少なくなったりすれば、だれでも体重が減る。
遺伝学研究が注目するのは、違いをもたらす「可能性のある」要因ではなく、ある集団における個人差を「実際にもたらしている」要因である。要するに、遺伝学研究とは「可能性」ではなく、「現状」を描写する研究だといえる。
■学業成績の個人差の半分以上は遺伝
体重の遺伝率が70%だということは、あなたのまわりにいる人たちの体重の違いに寄与する要因のほとんどは遺伝であり、食事や運動やライフスタイルの違いはあまり寄与していないことを意味する。遺伝的な理由によって、体重が増えやすく、減らすのがとてもむずかしい人がいるということだ。
同様に、胃潰瘍の原因がストレスだという思い込みの正しさを裏づける証拠もない。実際のところ、胃潰瘍はしばしば細菌感染を原因とするが、だからといって、DNA差異が影響しないわけではない。
食べ物の誘惑に負けやすいかどうかにかかわる遺伝的傾向が体重に影響するのと同様に、感染しやすさにも遺伝が大きく影響することがわかっている。
このように、環境への感受性の違いにも遺伝がかかわっていて、そうした遺伝的な違いもまた、私たちの生物学的、心理的な個人差を生み出す重要なメカニズムなのだ。

では、心理的形質についてはどうだろう? 図表1の残りの9つの形質についての人々の回答の平均値は36%とかなり高かったものの、研究による推定値の平均である58%よりはだいぶ低かった。
回答と研究結果との開きが最も大きかった形質のひとつが、私の研究テーマでもある学業成績である。人々の回答の平均が29%だったのに対し、遺伝学研究の結果からは一貫して、学業成績の遺伝率は60%ほどだと示されている。
子どもの学校での成績の個人差の半分以上が、生まれもった遺伝的差異によるのだ。
■「心の遺伝」は低く見積もられている
回答の平均値を見ただけではわからないが、じつは、回答者の考えには広い幅があり、最も広いばらつきが見られたのが心理的形質についての回答だった。
たとえば、自閉症についての回答の平均は42%だったものの、6%の人は「自閉症は100%遺伝による」と回答し、14%の人は「遺伝はまったく影響しない」と回答している。
もしあなたが心理的形質への遺伝的影響を低く見積もっているとしても、それはあなただけではない。心理的形質への遺伝的影響についての人々の考えには大きなばらつきがあって、回答者全体の15%が、心理的形質に遺伝はまったく影響しないと答えている。
こうした幅が生じたのは、心理的形質への遺伝的影響はゼロだと考える「環境決定論者」や、100%遺伝的影響によると信じる「遺伝決定論者」が回答者のなかにいたからだろうか? そうではない。ある形質について遺伝の影響が大きいと見積もった人たちと、別の形質について同様の考えをもった人たちは同一ではなかったのである(7)。
本書をどんなふうに書くかを決めるうえで、この調査結果は決定的な役割をはたした。その昔、心理学者と世間の人たちがまだ遺伝の影響の重要性を受け容れていなかったころなら、図表1で示した「遺伝学研究の結果」を裏づける証拠をこと細かにお伝えしたはずだ。

■あらゆる心理的形質には大きな遺伝的影響
でもこの調査から、いまでは時代の空気が十分に変化しているために、そうした苦労をしなくてもいいことがわかった。もうすでに大半の人が、心理的形質にはDNAが関係していることを受け容れているのだ。ただし、その影響を低く見積もりすぎていることもわかった。
時代の空気についての私の読みが正しいことを願っている。もしまちがっているなら、膨大な量の研究結果を吟味しなければならないからだ。
なにしろ、これまでに何万件もの研究がおこなわれており、過去5年のあいだだけでもじつに2万本以上の論文が発表されているのだ(8)。とはいえ、そうした研究についてここで要約しても退屈だろう。心理学のどの分野でも結論は概ね同じなのだから。
その結論とは、図表1で示したように、あらゆる心理的形質は遺伝の影響を大きく受けており、遺伝率の平均はおよそ50%だというものだ。
遺伝的影響はあまりに広いため、これは「行動遺伝学の第一原則」と呼ばれている(9)。つまり「あらゆる心理的形質には有意で大きな遺伝的影響がある」という原則である。
※本文中の原註は本記事では省略しています。
詳細は『こころは遺伝する』書籍をご参照ください。

----------

ロバート・プロミン
キングス・カレッジ・ロンドン精神医学研究所教授

行動遺伝学会会長に史上最年少で選出された、行動遺伝学の世界的権威。2002年には同会から行動遺伝学における卓越した生涯研究に対してドブシャンスキー記念賞を、04年には心理科学協会からウィリアム・ジェームズ・フェロー賞を授与されたほか、児童発達研究学会と国際知能研究学会からそれぞれ生涯功労賞を授与された。アメリカ芸術科学アカデミー、ブリティッシュ・アカデミー(英国学士院)、アメリカ政治社会科学アカデミー、英国医学アカデミーのフェローにも選出。科学史上最も著名な心理学者100人に選ばれている。

----------

(キングス・カレッジ・ロンドン精神医学研究所教授 ロバート・プロミン)
編集部おすすめ