■憲法改正なくして日本の安全保障はない
憲法9条は自衛隊という日本の「戦力の現実」と「戦力は保持されず行使されない」という虚構に立脚した法体制の間の根本的矛盾を生みだしている。
この9条を抜本的に解決する憲法改正なくして、立憲主義的に統制されたかたちで、日本の主体的安全保障体制を確立することは不可能である。
私は長年にわたりこのことを論じてきた。本年3月11日にプレジデントオンラインで公開された、改憲問題に関する高市首相の姿勢を批判した拙稿で、この問題に触れている(参照、「東大名誉教授『高市首相のやり方は姑息だ』…タカ派のはずが『憲法9条改正』から逃げ回るズルさの正体」、「『反政府デモの鎮圧』に『基本的人権の停止』…高市ブログから発掘された『憲法9条改正私案』のヤバい中身」)。
本稿の前編でも、この問題が孕む危険性について敷衍(ふえん)した。
朝鮮戦争を受けて再軍備した後70年以上にわたり、戦後日本はこの問題を放置し続けてきた。しかし、国際情勢は激変し、日本の安全保障環境も緊迫化している。2022年2月以降のウクライナ戦争、2023年10月以降のガザ戦争は、国際法を無視した軍事的暴力が跋扈(ばっこ)する現実を世界に突き付けている。
さらに、戦後国際秩序の主導国であり、日米安保体制下で日本の同盟国である米国も、第2次トランプ政権下で、放縦化・無責任化してしまった。新年早々、ヴェネズエラ侵攻、2月末以降はイラン侵攻と、国際法を公然と蹂躙する侵略に走っている。
特にイラン侵攻は、長期化・泥沼化する危険性を孕み、石油輸入の90%以上を中東に依存する日本にとっても深刻な危機である。
■日本はイラン攻撃に加担している
前編で批判した「9条があってよかった」という9条礼賛言説は、さらに深刻な事実の歪曲をはらんでいる。日本が法律上、米国のイラン侵攻に軍事協力できるだけでなく、既に軍事協力してしまっているという事実を隠蔽しているのである。以下、この点を説明する。実は、集団的自衛権行使解禁以前ですら、ヴェトナム戦争からアフガニスタン戦争・イラク戦争に至るまで、日本は他国に対する米国の軍事侵攻に対し、在日米軍基地の提供や兵站支援などを通じて、戦時国際法上、米国の交戦行動に対する協力・支援とみなされる加担をしてきた。
■在日米軍基地はイラン侵攻の出撃拠点として既に使用されている
既に報道されているように、今般のイラン侵攻でも、米国は沖縄の在日米軍基地から2000人以上の海兵隊員をイランに向けて派遣しつつある。
イラン領土――恐らくカーグ島――への海兵隊の上陸を支援する強襲揚陸艦トリポリも佐世保港から出港している。
さらにイラン空爆に使用されたトマホークの一部は横須賀基地から出港した米国イージス艦ミリウスとジョン・フィンより発射されたものである。
既に米国がイランと交戦状態になっている時点での、米国による在日米軍基地のこのような活用は、国際法上、米国の交戦行動への日本の加担とみなされる。
■日本の船舶と在日米軍基地は「攻撃対象」
実際、イラン革命防衛隊元司令官ホセイン・カナニモガダムは、3月21日に放映されたTBSのニュース番組で、次のように発言している。
「現時点で、日本にあるアメリカ軍基地がイラン攻撃のために使用されているという情報は持っていません。しかし、もしアメリカ海軍が日本にある基地を使用すれば、我々は日本の船舶とアメリカ軍基地を攻撃せざるを得ません。
残念ながら、カナニモガダムのいう「情報」は既にイランが有している。イランは米国・イスラエルとの交戦が主眼で、他の諸国がこの2大敵国に多少の軍事的加担をしたからといって、直ちに他の協力国に対し戦線を拡大する軍事的余力はないと思われる。そのため、その加担の程度が一定の閾値以下で、しかも石油購入で経済支援するというような代償措置もあるなら攻撃を自制するだろう。
■湾岸諸国は攻撃を受けている
しかし、これは戦略的自制に過ぎず、法的制約ではない。イランに対し政治的交渉のさなかに先制攻撃したのは米国とイスラエルであり、両国の軍事侵攻に後方支援・兵站支援する第三国に対する攻撃は、カナニモガダムが主張するように、イランにとって正当な自衛権行使の一部である。
実際、サウジアラビア、UAE、クウェート、カタール、バーレーンなど米軍基地を置く湾岸諸国は既に激しい攻撃をイランから受けている。
英紙テレグラフの3月26日の報道によると、2月28日の開戦以降、イランが中東地域の軍事基地104カ所を攻撃し、このうち米軍基地13カ所は被害が大きく、部隊が生活できない状態になっており、駐留米兵は一部の基地から撤収し、現在、近隣のホテルや事務所で勤務しているという。
日本は米国のイラン侵攻に既に加担しているにもかかわらず、イランの戦略的自制により、攻撃を免れているだけである。
しかし、イラン指導層が空襲で次々殺害されており、後継指導者たちは一層過激化していると伝えられている。イランの戦略的自制がいつまで続くかは分からない。
■「自衛隊の派遣」はあり得る
さらに、故安倍晋三元首相は90%以上の石油を中東に依存する日本にとって、ホルムズ海峡機雷封鎖は存立危機事態になり、自衛隊を出動させると主張した。
高市首相は安倍晋三への心服を公言している。
トランプは4月7日にイランとの一時停戦を宣言したものの交渉が決裂し、ホルムズ海峡逆封鎖という対抗策を打ち出した。しかし、ホルムズ海峡全面封鎖は、イランの石油収入を絶つだけでなく、中東産油国と中東の石油に依存する世界中の国々の経済を破壊し、米国にもそれが跳ね返るため、長く続けられるはずがない。逆封鎖策が持続可能性をもつには、米国の要求に従ってイラン指定航路利用を止めた諸国には、安全航行を米国が保証する代替航路を提供しなければならない。そのためにはイランの機雷を掃海する必要がある。米国が派遣している駆逐艦にも限定的な機雷掃海能力があるが、大規模な掃海には専門的な掃海艇と掃海部隊が必要である。そのためにトランプが海上自衛隊に掃海協力の圧力をかけてくる可能性を想定外にするのは許されない。
だがもし日本が自衛隊を出動させるなら、カナニモガダムが「見たくはない」と警告する事態が現実化するであろう。日本は既に米軍への出撃拠点提供でイラン侵攻への軍事協力をしており、自衛隊参戦もいまや「法律上できること」である。憲法9条の下で、この様な危険な状態に日本は置かれていることを、日本人は自覚しなければならない。
■高市首相は「なりすまし護憲派」に化けるつもりなのか
3月11日にプレジデントオンラインに公開した前掲拙稿で、憲法9条改正問題に対する高市首相のヌエ的姿勢を私は批判した。
およそ20年前には、高市首相は自身のブログで立憲主義的人権保障を骨抜きにするような危険な国家緊急事態宣言制度と抱き合わせになった愚劣で危険な9条改正案を提唱していた。
それにもかかわらず、本年2月の抜き打ち解散総選挙では、憲法9条を変えるのか変えないのか、9条2項温存して自衛隊明記するという、全く問題の解決になっていない安倍加憲案に追随する現在の自民党の「改憲モドキ案」を維持するのか、それを超えて9条2項明文改正に進むのか、明文改正するとすればどう改正するつもりなのかについて、何ら触れず、選挙を、政策論争を棚上げした「サナエ人気投票」にすり替えて、自民党を大勝させた。
しかし、自民党大勝で憲法改正が現実的な政治的射程に入った今も、高市首相は9条改正問題について具体的な論議をプッシュしていない。
それどころか高市首相は「イラン侵攻への米国の軍事協力要請に対する歯止めとして9条が効いている」という愚かな9条礼賛論者の誤解・願望思考を利用して、「トランプ会談をうまく切り抜けた」というイメージ操作をし、自らへの世論の支持を維持しようとしているのではないかと疑わせる。
若かりし高市は「愚劣で危険な改憲派」、解散総選挙前後の高市は「9条改正モドキ案を正す気のない似非改憲派」だったが、いまや高市は「護憲派」やそのシンパの誤解にすり寄る「なりすまし護憲派」に化けようとしているかに私には見える。
■9条カードは「保守の悲しい知恵」
米国の圧力に対し、まともに政治的交渉で立ち向かえないので9条を利用するというのは、第2次安倍政権以前の歴代保守政権が活用した方便だった。
米国が占領期に日本を非武装化する憲法9条を押し付けながら、朝鮮戦争後は日本再軍備に方針転換し、国際情勢の緊迫化の度ごとに軍拡要請をしてきたのに対し、吉田茂以降、歴代保守政権は解釈改憲で応じてきた。
だが、米国から実際に軍事協力を求められるたび、「専守防衛・個別的自衛権の枠だけは超えられない、これは米国が押し付けた憲法9条の限界であって、そこは理解してほしい」と懇願して切り抜けてきたのである。
私はこれを「保守の悲しい知恵」と呼んでいる。「悲しい」のは「属国」が「属国」の立場で必死に「宗主国」に懇願しているかのような姿を感じてしまうからだ。ただ、それでも、米国からの集団的自衛権行使解禁圧力を撥ねつけてきた点では、それは一つの政治的な「知恵」だった。
■「9条カード」を捨ててしまった
しかし、第2次安倍政権は安保関連法制で日本側の集団的自衛権行使を解禁し、自衛隊派遣範囲の地理的限定さえ取り払った。
しかも、見返りに日本有事の際の米軍の出動に関し具体的なコミットメントを米国から取り付けることすらなかった(日米安保条約5条は自動執行性がなく、米国は米軍の参戦を、自国憲法を根拠に拒否する可能性を留保している)。
私は第2次安倍政権のこの対応は日本の政治的自立性を示すどころか、米国に対する根拠なき「見捨てられ不安」に基づく愚策であると批判した(拙著『憲法の涙』毎日新聞出版、2016年、第4章など参照)。
前編で指摘したように、集団的自衛権行使解禁は米国が日本に求めてきたもので、日本がそれに踏み切ったことを米国は大歓迎した。米国政府は、第2次トランプ政権も含めて、日本の歴代保守政権が「保守の悲しい知恵」により使ってきた「9条カード」を第2次安倍政権が捨ててくれたたことをよく知っている。
■9条問題の正面解決から逃げるな
さらに、安倍政権による集団的自衛権解禁を支持する高市は、首相になった後、台湾有事問題で、米国ですら保持している「戦略的曖昧性」を捨て去って、台湾海上封鎖の際に「存立危機事態」認定をして自衛隊を出動させるという「元気な発言」をしたが、これはごく最近の話であって、トランプもこのことを覚えていないはずがない。
イラン情勢の展開は予測不可能であり、トランプの日本への要請がどうなるかも予測不可能だ。日本が「9条の制約」を根拠に米国の軍事協力要請圧力をかわせないことは、先述したように、高市首相自身がよく知っているはずである。それが分からないのなら首相を務める資格はない。
同じ旧敗戦国であるドイツやイタリアですら、米国のイラン侵攻への軍事協力、特に侵攻のための自国内米軍基地使用を拒否しているにもかかわらず、日本がイラン侵攻に対してこのような毅然たる態度をとれず米国の軍事的属国と化しているのは、直接には日米地位協定と関わるが、ドイツもイタリアも米国との二国間協定で自国内米軍基地に対する統制権を確保しているにもかかわらず、日本がこの属国的な地位協定を変えられない根本的理由は憲法9条にある。
憲法9条により、自衛隊が「日陰者・半人前の軍隊」にされているだけでなく、憲法的・法的に統制されないため、暴発をコントロールできない銃のように「危なすぎて使えない軍隊」となっている。この事態が放置されてきたのは、「いざとなったら米国が守ってくれるから、自衛隊を憲法上曖昧な存在にしたままでも大丈夫」という甘えがあったからである。
それなのに、立憲主義的に統制された主体的な安全保障体制を日本が確立するために必要なまともな9条改正に向けた政治的プロセスを高市首相が推進しようとしないのは、一体なぜか。「9条の制約が米国の圧力に対するカードとして有効だ」などという9条礼賛論者の愚劣な誤解のおかげで、「トランプの圧力をうまく切り抜けた」という誤解が保守層にまで広がっており、その結果、高市の高支持率が維持されている。高市はこの状況を利用して、9条改正を検討しているふりだけして先送りし続けるのが自己の権力基盤を維持する上で得策だと考えているのか?
もしそうだとしたら、米国が「ならず者超大国(a Rogue Superpower)」と化し、世界秩序を安定化させるどころか、根底から攪乱し、日本の軍事的・経済的安全保障環境も緊迫化させているこの危機的状況において、日本の国益を守り、公正な世界秩序形成への日本の貢献力を高める責任を担う首相を務める資格は高市にはない。
「高市はトランプ会談で中東への自衛隊出動を約束したかったが、周囲がそれをさせなかったので、辞意を一時漏らした」との噂も流れているようである。この噂は、真偽は別として、根本的に的外れである。高市が辞任すべきだとしたら、その理由は、欧州各国首脳のように、「これは日本の戦争ではないから自衛隊は出動させられない」ときっぱり拒否できなかったこと、そしてその原因である9条問題の抜本的解決をさぼっていることにある。
高市早苗よ、ホワイトハウスで口を開けて踊る愛嬌ある姿でトランプ政権を喜ばせている場合ではないことを知り給え。
「日本列島を、強く豊かに」する真正保守の政治家としての自負が本当に高市にあるのなら、日本がマッカーサー元帥に言われた「精神年齢12歳の少年」から、米国と対等に渡り合える大人に成熟するために必要不可欠な9条問題の抜本的解決という課題に、いまこそ政治生命をかけて立ち向かうときである。
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井上 達夫(いのうえ・たつお)
法哲学者・東京大学名誉教授
1954年、大阪府生まれ。法哲学専攻。ハーバード大学哲学科客員研究員、ニューヨーク大学法科大学院客員教授、ボン大学ヨーロッパ統合研究所上級研究員、日本法哲学会理事長、日本学術会議会員等を歴任。『共生の作法』(創文社)でサントリー学芸賞、『法という企て』(東京大学出版会)で和辻哲郎文化賞を受賞。主な著書に『ウクライナ戦争と向きあう』(信山社)、『立憲主義という企て』(東京大学出版会)、『世界正義論』(筑摩書房)、『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』(毎日新聞出版)など、『脱属国論』(毎日新聞出版、共著)など。
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(法哲学者・東京大学名誉教授 井上 達夫)

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